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嘘つきのつくりかた  作者: 青依ヒイナ
Main story
2/20

02.ストラテジー時限装置

 私は今、なぜか佐伯さんと公園のベンチに座っている。

 

 佐伯さんに告げられた取引先との約束時刻にはまだ余裕があった。

 公園にはお昼休み特有のゆったりした雰囲気が流れている。

 周囲には同じようにお弁当や買ってきたものを広げている人たちがいた。

 てっきりお昼は移動する車の中で、コンビニ食だと思っていた。


「買いに行く時間がもったいないから先に買っといた」


 そう言いながら佐伯さんは嬉しそうに4人掛けのベンチの両端に座った私達の間に次々とビニール袋の中身を並べていく。サラダやお惣菜とサンドイッチが数種類。

 これだけの種類をどうやって揃えたのだろう。どれもこれも近くのデパ地下でOLに人気のメニューで並ばないと買えないものだ。


「遠慮なく好きなのどうぞ」


 ポカポカ陽気に誘われて外で食べたくなる気持ち、すごくよくわかる。後方の愁いがなければ。


「……何か企んでます?」


 好待遇な扱いに不穏な空気を感じた。また何かややこしい案件を抱えているのだろうか、それとも大変な作業が待っているのか。訝しげに佐伯さんを見た。

 彼は美味しそうにタンドリーチキンのサンドイッチを頬張っているところだった。

 私の視線に気づいてニッコリと微笑む。そして口の中のサンドイッチが消えてから口を開く。


「いや別に。リサーチついでにね」


 彼に微笑まれるとそれ以上の追求が出来なくなってしまう。有無を言わさない圧力。

 仕方なく私は目の前のランチに意識を向ける。

 後方の愁いはあれどもお腹は空いている。

 さっきから目を奪われていたサーモンとアボカドのサンドイッチを手に取った。


 佐伯さんと一緒に仕事をするようになってそろそろ1年。

 入社2年の差でこんなにも差があるのだろうかと驚く程、彼の仕事振りを側で見ているのはとても勉強になった。

 そんな彼との外出はいつも苦笑いを隠せないでいる。彼の担当している取引先のお陰だ。

 佐伯さんの担当する会社のほとんどは一癖も二癖もある担当者がいる。普通なら一度でOKを貰えるような事案でも、何かと注文をつけては簡単には引き下がらない。その注文は様々だ。

 佐伯さんはそんな担当者たちとの交渉が上手かった。

 できないことはできないとはっきり伝える代わりに、それに遜色ないものを必ず提示して相手を納得させる。もちろんそれに伴う社内へのフォローも忘れない。これも彼の人徳の成せる技なのだろう。

 そこに加えて佐伯さんの笑顔。それが彼の最大の武器だと思う。顔の表情は侮れない。

 多少無理があってもにっこり笑顔の中にある意思の強さで相手ははいと返事する。

 佐伯さんは「営業は勢いも大事だよ」と常々言っている。

 彼がこれまで相手と積み重ねた会話と戦略があってのその笑顔。

 私も最後には彼の笑顔にいつも丸め込まれてしまうのだ。


「ところでさ成瀬、もしかしてにいと付き合ってる?」


 大好物のサーモンサンドに夢中になっていると、突然爆弾投下してくれたこの爽やか王子。


「正確さに欠ける情報を扱うのは営業としてどうかと思いますよ?」


 大人げないように、佐伯さんを見習いニッコリ笑顔と共に大人の対応をしたつもりだった。


「成瀬、お茶こぼれてるこぼれてる」


 すかさず佐伯さんがハンカチを差し出す。

 手に持っていた紙コップは指の力に耐えきれず潰れ、注いだばかりのお茶がスカートを濡らしていた。

  

 「すみません」


 佐伯さんからハンカチを受取りスカートに当てるとネイビーのハンカチがみるみる水分を吸って、さらに濃いネイビーになる。


「いいよ。あんなににいが女の子と、っていうか人と仲良さそうにしてるの珍しいから」

「佐伯さん目悪いんですか?」

「いつも成瀬と話すとき楽しにしてるよ、にいは」


 尊敬する先輩に対して割とひどいことを言ったのに、おおらかに話を続ける佐伯さん。一気に毒気を抜かれた。


「私と新倉、仲良く見えますか?」

「うん」


 私の質問から間を空けず相槌が返ってくる。


「にいは必要最低限の話しかしないからね。興味ないと話しかけもしないし。あ、これうめぇ」


 佐伯さんは海老とアボカドの入ったサンドイッチを頬張ることに夢中だ。

 みるみるうちに口の中へ消えていくサンドイッチを見ながら、私は知っている新倉のイメージを思い浮かべる。

 ――割と女子社員と話してる気がするけど。


「誰とでも別け隔てなく話しているように見えますけどね」

「それがにいの処世術だから。でもあいつ、自分から話し掛けてるの成瀬くらいだよ」


 入社しばらく自分の周囲の女子社員の視線が怖かった理由をやっと知った。


「……あの話し方もですか?」


 新倉は話してみると言葉ほど女っぽいわけではない。ただ、あの口調はずっと気になっていた。



「俺と会ったときには既にあんな感じだったからなぁ。真意は本人に聞いてみたら?」


 佐伯さんは時々意地悪だ。

 新倉に聞いたところで答えてくれるわけがないこと、わかりきっているはずなのに。

 私は残りのサンドイッチを口に放り込み、側に用意してくれていた使い捨てのおしぼりで指を拭いた。


「にいは怖がってんじゃないかなって思うけどね、俺は」


 怖い?

 普段の新倉を見ていると、とてもそんな風には思えない。無理をしていると言うのであれば、相当な場数を踏んでいるように思えてそれはそれで逆に怖い。

 私と話す新倉と他の人が見ている新倉と違うことはわかる。私をからかっている時は本当に楽しそうだからだ。ほんと、底意地が悪い。

 新倉のことを考えていると、最後にはそこに行き着く。


 佐伯さんは一抱えもあったサンドイッチを既に食べ終え、広げたランチの残骸を片付け始めている。

 私は急いでフォークに刺したレタスを口の中に押し込み、もぐもぐしながらごみをまとめて鞄を手にする。

 とうに佐伯さんは私が抱えていたサラダの容器だけを残し、他のものをまとめている。ゴミ箱へそれらを投げると車へ向かって歩き始めた。

 自分も慌ててゴミ箱にぎゅっと袋を押し込んだ。

 運転席に乗り込んだ佐伯さんに追いつくと、慌てて助手席に滑り込む。


「よし。これからのカタギリ製薬との仕事もしっかりこなせるね」


 シートベルトを締めて息をついた私を見て、佐伯さんは小さくガッツポーズをしてハンドルを握った。


「マジですか……」


 行き先は厄介ナンバーワンの取引相手だった。

 わかりきってる戦略なのに、いつも乗せられてしまう。

 佐伯さんはそんな私をチラッと見てフフッと笑うと、楽しそうにアクセルを踏んだ。

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