19.刻々と変わる空色
新倉は宣言通り、サポートについた。
基本的には企画全体の組み立て。
「こういう時どうしてんの」
「こうしてる」
「あーなるほど。さすが青ちゃん」
企画部で軽い情報共有が終わると
「にい、成瀬行くよ」
新倉が担当の取引先、ファイズインダストリアルと神木製薬への同行。
「……って感じだから。はい。じゃあ、今から俺をファイズインダストリアルの加賀美さんだと思ってプラン共有して」
運転は佐伯さん、助手席に新倉、資料を抱えて後部座席に私。
当然のごとく、コンペ準備中も通常業務は待ってくれない。ミーティングはだいたい先方のところへ向かう車の中。
「今回提案するのは――です……この提案の理由は」
最初のくだりのところで新倉がストップをかける。
「成瀬、プラン共有の仕方は知ってるよね? さんはいっ」
偉そうな新倉には少々思うところはあるが、こいつのトークスキルには勝てないから素直に従う。
「1、紹介したいこと。2、紹介したい内容についてのメリットやなぜ提案したいか。3、具体的な内容の案内、だよね」
「よくできました。でもメリットだけじゃなくて期待値設定も必要よ? これしといて言質は必ず取っとくこと。何かあっても“最初にお伝えしてました”で納得してくれるのよ。時間使ってぜーんぶ説明して、後から“そんなこと聞いてない”って言われる方が面倒でしょ?」
新倉の言うことは正解だし、私が期待値設定を忘れがちなことも知られている。わかっているけど……!
「にいの普段の話し方もそれだよな」
「当然。人生効率的にいかなくちゃ」
佐伯さんの言葉に新倉が得意げに答えた。
「……性格わっる」
ボソッと悪態をつく。
「へぇ。ケンカ売るつもりなら買いますけど。アナタのソフトスキルでこの俺をやり込められるんなら」
勝てないことはわかっているが、なんとか言い返してやりたい。
「…………新倉のバーカ」
今の私にはこれが限界。
「ブハッ」
佐伯さんが盛大に吹き出し、しばらく笑いが止まらない。
「佐伯さん笑い過ぎです」
「だって、成瀬かわいいんだもん」
「青ちゃんが甘やかすからこいつ、基礎できてないのよ」
「成瀬のいいところは他にあるから」
「フォローになってません、佐伯さん」
車の中はいつもこんな感じだった。
あれから新倉は不自然なくらい、普段通りの彼。
神木製薬との打ち合わせが終わった後、佐伯さんと私はいつもの得意先回り。
新倉は行くところがある、と別行動になった。
「佐伯さん、新倉ってこの企画どうなるんですか」
「正直なところ、こないだ加賀美さんに言った通り、コンペのパートナーは実質俺になるよ。いろんなところに2人で担当者だって顔出してるし、先方に渡してる資料や契約書にも2人の名前入ってるからね。……にいを企画の担当者に戻したかった成瀬には悪いけど、にいは今後、企画者、サポートとしての関わり方は変わらない」
ハンドルを握ったまま、人差し指でトントントンと打つ。
「にいが関わるのが遅すぎたな」
「そうですよね……」
「俺じゃ不満?」
「いえいえとんでもないです! むしろ佐伯さんとだからこんなにスムーズに進められてます。新倉相手だと毎回喧嘩になって時間かかるし」
佐伯さんを否定したいわけではない。
「一応、俺がいない時の報告は毎回受けてるけど……実際どう? にいと組むのは初めてだよな? ってかあいつ、いつも1人でやってたからチームで動くってできないんじゃね?」
「そうですね。でも同期なのに全然レベルが違って……新倉に教えられることばっかりです。正反対の考え方なので、いつも意見が衝突します」
「俺とはあまりしないしね」
「先輩ですし、納得できることばかりなので」
少し沈黙が流れる。
「俺といると、成瀬は俺についてきてくれるよね。でもさ、俺は従ってばっかじゃ成長しないと思ってる」
「佐伯さんとケンカしろってことですか?」
怪訝な顔をする私に佐伯さんは苦笑する。
「まぁ極端な話ね。成瀬、まだ遠慮してるでしょ。しなくていーよ。自信持ちなよ」
「営業のことはまだまだわからないことが多くて、間違ってることを言いたくないです」
「こっちから切り込んで新しいことをするのは、企画も営業も変わらないよ。だから間違うことを怖がったら成長もない」
自分がある程度のところまで行くと、先へ進めなくなることはよくあった。
その理由は恐れ。今一歩がいつも私は踏み出せないのだ。
「多分さ、部長はそういう化学反応が見たくて成瀬とにいと指名したんじゃないかな。あくまで推測だけどね」
新倉と関わると、悔しいこともイラつくことも多い。でもそれは自分の弱いところを突かれたとき。
「成瀬は普段企画やってるよね。楽しいところってどんなとこ?」
「新しいアイデアがお客さんの笑顔につながる、もっと便利になるそれを実現できたらどんなにいいだろってあれこれ考えるときです」
「次から次へ思いついて、それが実現すると楽しいし、嬉しいよな。わかるよ」
佐伯さんの言葉にこくこくと頷いた。
「営業の楽しいところは、直接お客さんの笑顔が見られるとこなんだ。企画やってても、数字でお客さんの反応はわかるけど、想像するだけでしょ。直接顔や反応をみられるのは営業の特権だと思ってる。それを見たら、成瀬のアイデアももっといいものができると思ってるよ」
車はいつの間にか、会社の近くまで来ていた。
「ね、俺今新しいこと始めようと思ってるんだ。部署の垣根を超えてメンバー集めてチームを作りたい。少しずつ成瀬に仕事を渡してたのは、その準備を進めてるから」
佐伯さんはゆっくりブレーキを踏んでスピードを落とすとサイドブレーキを引く。
そして今までになく、真剣な表情で私を見つめる。
「俺は成瀬と一緒にやりたい」
「佐伯さんのそばでもっと仕事ができるなら、ぜひしたいです」