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嘘つきのつくりかた  作者: 青依ヒイナ
Main story
18/20

18.壊れてない、割れただけ

 翌日早速、アポが取れたファイズインダストリアルへ佐伯さんと向かった。

 ビルの広いエントランスの正面で名前を告げて、少しすると。

 長身の男性が私たちに声を掛けた。


「新倉さんから聞いています。佐伯さんと成瀬さんですね。加賀美です。お待たせいたしました」

「とんでもないです。こちらこそ、お時間ありがとうございます。よろしくお願いいたします」

「どうぞこちらへ」


 案内されたのはエントランスから奥まった場所にある、応接スペース。

 中庭だろうか。庭をぐるっと囲むように建物が建っており、窓から見える風景はちょっと植物園のようだ。


「早速ですが、単刀直入に言います。この案件は新倉さんでないとお任せできません」


 予想できていた答えだ。

 とはいえ、少し動揺してしまい佐伯さんにちらりと視線をやった。佐伯さんは私の視線を感じて軽く頷いた。


「お二人が悪いとかそういうわけではなく、実はこの案件は結構前から新倉さんと進めていたものなんです。僕も彼だからお任せしようと思ってお受けしました」

「存じております」

「佐伯さんはとても仕事のできる方だと聞いています。ですが、これまでの経緯を直接知っていないと難しいと思います」


 アポがすぐに取れたことで勝手に上手くいくと思い込んでいたが、易々と事が上手く運ぶわけがない。


「加賀美さん。もちろんそう仰ることも承知しています。せっかくお時間頂いたので話だけでも聞いていただけませんか」

「わかりました」


 コン、コン、コン。

 ゆっくり静かに私の傍にあるパーテーションから音が聞こえた。

 視線を移すとパーテーションの隙間から知った顔が手にしたスマートフォンの画面を指差している。

 同時にメッセージが届いた。


『理由つけて席外せ』


「すみません、社へ連絡を取るので少し失礼いたします」


 席を立ち、一礼をする。

 佐伯さんはアイコンタクトでいいよと送る。

 なんだかいけないことをしているようで、そわそわしながら応接スペースを抜ける。


「成瀬、こっち」


 青色のストライプのシャツと紺地にイエローの小紋柄のネクタイをした男がいた。

 今日はいつもより大人しいが、こいつらしさは相変わらずだ。


「新倉、どうしてここに」

「今、どんな感じ?」


 新倉の急かすような問いに、自分の疑問は置いておく。


「加賀美さんがここまでの内容を直接わかってる新倉じゃないとこの仕事は無理だって」

「なんとなくそんな気がしたんだよな。……で、青ちゃんが今時間稼いでくれてるわけね」

「……え?」


 新倉がポンと私の肩を叩いた。


「ここからは任せといて」


 佐伯さんの元へ向かう新倉の後を小走りで追った。


「失礼します。加賀美さん」


「新倉さん」


 加賀美さんが顔を上げる。


「先日はありがとうございました。あ、青ちゃんはそのままで」


 加賀美さんの傍を離れ、席を譲ろうとする佐伯を制した。

 佐伯さんは加賀美さんに席に再び座るよう促し見届けてから自分も座りなおす。


「お電話でお伝えした通り、今後は佐伯と成瀬が担当いたします」

「この案件、かなり込み入っていてややこしいのは新倉さんもご存じでしょう」


 新倉の発言に、加賀美さんは眉をひそめ、難色を示す。


「もちろんです」

「失礼とは思いますが、新しい担当者にお任せするのは少々不安です。新倉さんは今後、全く関わらないのですか」


 加賀美さんは表情を変えない。

 佐伯さんは新倉をじっと見ている。


「彼は私の先輩で多くのことを彼から学んで、こちらも担当させていただいています。佐伯は我が社の営業で最も信頼できる人物です。もちろんこちらの成瀬も」


 追うように佐伯さんが口を開く。


「担当が変わり、ご不安になるのももっともです。まだまだ私も勉強不足なところも多いのでどんなことでも教えてください」

「そうですね。わかりました。信頼している新倉さんがそういうなら間違いないですね。佐伯さん失礼いたしました」

「とんでもないです」


 佐伯さんがニヤリと笑ったのを私は見逃さなかった。


「突然だったので、まだ引き継ぎは十分ではないところもあります。しばらくは新倉も同行いたします」

「よろしくお願いします」


 佐伯さんに続いて私も重ねて頭を下げた。



「ちょっと青ちゃん、何勝手なこと言ってんの」

「俺、嘘は言ってないよ」


 ファイズインダストリアルのビルを出たところで新倉から苦言が飛び出した。

 佐伯さんは悪びれもなく返す。


「青ちゃんのことだから俺が渡した資料は全部頭に入ってんでしょ」


 新倉は左の人差し指でこめかみをトントンとする。


「資料だけじゃ把握しきれないことがあるのは、にいも承知してるよな?」

「……わかったよ。引継ぎ終わったら抜けるからな」


 私にだけ見えるところで佐伯さんが小さくガッツポーズをした。


「あ」

「なに、青ちゃん」

「今、新規で狙ってるとことアポ取れた。ごめん、滅多に時間取れない人だから行ってくる! にい、今日はありがとおかげで助かった!」


 私は走っていこうとする佐伯さんのジャケットの裾を慌ててグイッと掴んだ。


「おわっ」

「佐伯さん、二人にしないでください」


 今にも泣きそうな私に佐伯さんが耳打ちをした。


「にい、今なら普通に話せるよ。大丈夫。にいのプロモーションやプランニングは勉強になるから勉強しておいで。結果、後で報告よろしく」


 それだけ言い置いて、車へ走っていった。


「あいつ、絶対俺が来ること計算の上だったんだろうな。くそ」


 佐伯さんの背中に新倉が毒づいた。

 そして私に向き直る。


「置いてかれちゃってるじゃん。いいの、ついてかなくて」

「今はこっちが優先」


 こうなったら腹を括るしかない。


「なら、しっかりついてきてね。もう1件行くよ」


 新倉はスマートフォンの画面を操作して、トン、とタップした。


「いつもお世話になっております。先日はどうもありがとうございました。はい、その件で。はい、そうです。よろしくお願いします」


 トン。新倉がもう一度画面をタップした。


「なに呆けてんの。はい、行くよ」


 振り返らずに歩く新倉の後ろを私も慌てて追いかけた。



 もう一件の製薬会社からの帰り道。

 新倉が運転する車の助手席に乗っていた。

 密室空間にいるのが嫌だから電車で戻るという私を〝どうせ同じ所へ戻んだから〟と半ば強制的に拉致された。

 早く戻って今日の打ち合わせの内容をまとめたかったし、正直助かるけど。

 なんとなく気づかれないように、ゆっくり新倉に視線を移した。

 新倉はいつもの彼だった。

 隣の席で小言を言う新倉しかほとんど知らなくて、真面目な顔をして仕事をするのを見たのは初めてだ。

 もう2年も同じ企画部で仕事をしておかしな話だ。


「新倉」

「なぁに」

「今まで何度話しかけても無視してたくせに、なんで今日は来てくれたの」

「仕事が落ち着いたから。それに、中途半端なまま仕事渡したから気になってたの」


 少しは罪悪感を持っていたんだろうか。


「青ちゃんのサポートもあるだろうけど、ここまでよくやってんじゃん」


 褒められた。


「どしたの。今日熱あるの?」

「なに。小言言われたかったらいくらでもいうけど。まぁ、いいわ。そういうことが言いたいんだじゃなくて」


 近づいてくる信号が黄色になり、車のスピードが段々落ちていく。


「それで、考えたんだけど。ここから先の企画は青ちゃんとアナタがメインで練り直した方がいいと思うよ」

「……え?」


 信号が赤になった。


「だってそうでしょ。もう企画の半分まで来てんのよ。半分以上も関わってないことがわかったら、さすがにメインでやるわけにいかない。降ろされるでしょ。オレ。青ちゃんの仕事のサポートじゃないって周りも気づき始めてるよ」

「そう、だね。新倉はそれでいいの? 悔しくないの?」


 私はスカートをギュッと握る。新倉は私に向き直った。


「そりゃ、俺のプランだし、アナタと青ちゃんに横取りされるみたいでいい気分しないよ。でもね、これは仕事なの。仲良しごっこじゃないの」


 そんなつもりじゃない。

 そんな私の思いをよそに新倉は話を続ける。


「今日はちょっと大変だったかもしれないけど、ここまでちゃんと進めてるじゃない。さっきのことも含めて。今パートナーは青ちゃんに変わったでしょ? 無責任な誰かさんと違って、頼り甲斐があるから、大丈夫よ」


 信号が青になり、車がゆっくりと動き出す。


「アナタさ。まだまだ俺の足元にも及ばないけど、力はあるのよ」

「新倉……やっぱ今日熱あるの?」

「あのね。俺だって人を認めるときは認めるの。……割と気に入ってんのよ、アナタの考え方。成瀬のこと、もう無視しないから」

「ほんとに?」

「無視のままがいーなら継続するけど」

「その案件はクローズでお願いします」


 どちらからともなくフフッと笑いが漏れて、二人で笑った。

 少しすっきりしている。新倉と仕事がしたくて、もやもやしていたんだと思う。


 

「はい。じゃあとりあえずこないだ渡した紙。持ってんでしょ」


 企画部に戻るなり、新倉は私に向けて手を出してA4のメモを催促する。

 その手の上に私はファイルに挟んだメモを渡した。


「どこまで進んだの」

「ここまで」

「あー、ここまでね。さすが青ちゃん」

「私も」

「はいはい。アナタもね。じゃあ次はこれね」


 ポンと薄いファイルを手渡される。

 ところどころに見慣れた字で付箋がついている。


「に、」


 新倉が私の話を遮った。


「だからさ。わかってんのよ。アナタがちゃんとやってるのは」


 語気強く。新倉の声にただ頷くしかなかった。


「うん……」

「青ちゃんとパートナー上手くやってんじゃない。元々一緒に仕事してたんだからさ。あいつの方がフォロー上手よ」

「そうだね」

「そこは否定しないのね」


 いつもなら〝否定しろよ〟噛みつく癖に新倉は自嘲気味に笑うだけだった。


「俺ね、突っ走るしかできないの。これからはサポートでつくから、青ちゃんと頑張って」


 鞄を手に新倉が背を向けた。


「もう一度聞くけど。新倉はそれでいいの?」


 新倉が振り返った。ちょうど天井のライトで新倉の表情は見えない。


「いいも何も。俺だってチャンスをふいにしたことは理解してるけど、自業自得の結果じゃん。まぁ、企画のアイデア出してるし、寸志くらいならもらえるかもね」


 こんな結果を望んでいたわけじゃない。ちょっと煽ってやる気を出させるつもりだった。

 ぎゅっと口を結んだ。


「……泣きたいなら青ちゃんとこ行けば。役立たずな俺はなんもしてやれねーから。青ちゃんは成瀬サンのこと泣かせずに優しくしてくれるよ」


 涙を堪えてやっと出した言葉は、


「……ほんと、その通り」

「あら、珍しく意見が一致したね。じゃ、そゆことで。ちゃんと見てるから、頑張れ」

「わかった」


 耐えることに強いだけじゃだめだってことはわかってる。

 でもこんな弱さ、持ちたくなかった。

 関係は壊れてない、割れただけ。


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