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嘘つきのつくりかた  作者: 青依ヒイナ
Main story
11/20

11.ノイズの中に隠した感情ーsideS

 会社の廊下を飄々ひょうひょうとした表情で会社の廊下を歩いてくる男。

 男は俺の姿を認めると一瞥し、そのまま通り過ぎようとする。

 ドンッ。

 その行く手を壁についた左手で遮った。

 そいつは驚くこともなく、ゆっくりと立ち止まった。

 俺よりいくらか背の低いは目線を上に向けてやっと俺と目が合う。


「おいおい、男に壁ドンかよ。俺そんな趣味ないからね? (せい)ちゃん」


 にいの冗談に付き合っている暇はない。

 こうでもしてにいを捕まえないと、のらりくらりとかわされてしまうのだ。今なら人があまり通らないことも確認済み。


「にい。成瀬に何したの」


 にいの真顔の冷やかしを聞き流し、真っ直ぐ切り込んだ。

 事のあらましは成瀬から聞いている。成瀬にはにいをフォローするようなことは言ったが、それとこれとは別。

 

「青ちゃんさ、成瀬のこと好きなの?」


 にいは表情を少しも変えず口を開く。


「好きだよ」


 間髪入れずに返事をすると、にいの目だけが大きく見開いて変化した。察するところ、俺を動揺させるつもりで仕掛けた挑発が失敗したというところか?

 成瀬と話してから覚悟は決まっている。否定したって仕方ない。

 何かを悟ったようににいが答えた。


「あら、取り繕うのはやめたのね」


 そして俯き加減で頭をかきながら壁に背中を預け、ひとりごとのように呟いた。


「なんか突っかかってくんなと思ったら、気のせいじゃなかったわけだ」


 こんな調子で論点をずらして煙に巻くのがにいのやり口。乗せられるわけにはいかない。


「にいの行動力は羨ましいと思うけど、力づくってのはどうなの」

「何のこと」

「成瀬、この間泣いてたよ」


 横顔からでもにいの口端が一瞬引きつったのがわかった。

 ずっと観察していなければ見逃すほどの小さな反応だったが。しかしすぐに無表情に戻る。


「青ちゃんには関係ないでしょ」


 斜に構えたまま顔だけが俺に向く。

 それからにいは面倒くさそうに答えた。


「珍しいね、青ちゃんが人の為に動くの。本気なんだ? 成瀬サンのこと」


 無機質な冷たいにいの目が再び俺を見た。

 淡々と、感情の起伏なく俺を挑発してくる。


「青ちゃんに相談するってことは、気があるのは明らかにそっちじゃない。抱き合うほどの仲みたいだし?」

「なんのこと?」


 思い当たる節はある。けれど、にいが何故俺に対してケンカ越しなのか探るためにシラを切った。


「イチャイチャすんのはそっちの勝手だけど、あんな目立つところでやんないでね。わざわざ傘取りに戻ったのに、いつまでも入口に居られたんじゃ通れないでしょ。おかげで風邪引いたのよ、俺」


 掛かった。

 内心、笑いそうになるのを堪えるのが大変だった。

 俺の心当たりとにいの苛立ちの原因は同じ。あの雨の日だった。にいに見られていたとは思わなかったけれど。

 抱き合っていたというのはにいの誤解だ。俺自身に下心がないわけじゃない為否定はしないでおく。

 にいこそ動揺している。成瀬への執着を認めたことをにいは気づいていない。


「お前、それでいいの?」


 執着だけで終わらせていいのか?


「いんじゃないですか? 俺のもんじゃないし」


 にいは視線を落として壁から背中を離した。


「すぐに諦めるのやめたら、もっと良いことあるんじゃないの」

「お似合いじゃない、二人」


 そしてもう力の入っていない俺の腕を鬱陶しそうに払うと、目の前を通り過ぎていった。俺と視線を合わせないまま。

 その背中に毒づいてやろうかとも思いかけてやめた。

 自分に自信がないからこそ強引に立ち回り、結果人を惹きつけるにい。無自覚なのが俺はずっと怖かった。

 にいを挑発したかったのか、宣戦布告がしたかったのか自分でもよくわからない。

 ただ、これ以上あいつのせいで彼女が泣くのを見たくなかっただけだ。


*


 自分の席から離れた広い机で、一人作業している高梨さん。を見掛けて足を止めた。

 作業量は決して少なくない量を頼んでも、正確さと速さに定評のある彼女。俺自身も急ぎの書類処理は高梨さんにお願いすることが多い。


「こないだはありがとう。いつも助かってるよ」

「厳しい先輩のおかげで嫌でも日々レベルアップしてます」


 俺に気がついた彼女は静かに会釈を返し、作業をしながら答えてくれる。


「それ俺への皮肉?」

「そう受け取って頂いて構いません」


 大抵笑顔で挨拶を返してくれる高梨さん。

 いつもと違うクールな態度に何か地雷を踏んでしまったのかと少し焦った。


「いつもと雰囲気違わない?」

「仕事以外で媚売っても仕方ありませんから」

「いいけどね」


 苦笑いをしながらも、彼女の元々の性格だということに安心する。

 女性社員がみんなこんな風に(さば)けた人ならもっと仕事がやりやすいのに。

 「行ってきます」と言い置き出ようとしたところで、高梨さんに呼び止められた。


「仕事のパートナーに日向を選んだのはきまぐれですか?」


 高梨さんが作業の手を止めてじっと俺の目を見る。


「違うよ。新人研修の時の成瀬のプレゼンに惹かれて部長に頼んでついてもらった」


 迷いのない凛としたその眼差し。

 心を見透かされそうな気がして、悟られないように少しだけ視線を逸らした。


「良かった。佐伯さんを見損なわずにすみました」


 目が笑っていない。

 成瀬といい、このコといい、一筋縄ではいかない。


「高梨さんの中で、俺そんなに評価低かったの?」

「少なくともさっきまでは」


 ちょっとおどけてみせても冗談に乗ってこない。


「きっつ」


 どうやら口先でごまかせないタイプの人間だったようだ。


「佐伯さんが日向を重用するのは勝手ですが、自分の飾りとして使うならあのコ、向いてませんよ」

「そんな風に見える?」

「そうやってやり過ごそうとしているところが」


 アルカイックスマイルが更に怖い。


「面白いね、高梨さん」

「いつもそうやって他人を煙に巻いていたんでしょうけど、私には通用しませんよ」

「わからないように振る舞ってるつもりだったんだけどなぁ……」


 彼女はどうやらかなり(さと)い。

 装って不審がられるだけなら、いっそ素で行くか。成瀬の前に伏兵の攻略だ。


「日向のこと好きなんですか?」

「うん」


 周囲に人も少ないことも手伝って素直に観念した。


「即答ですか」

「隠してもしょうがないから」

「一筋縄ではいかないですよ、あのコは」

「知ってる」


 俺と高梨さんは苦笑いを浮かべた。


「高梨さんは俺の味方? それともにいの味方?」

「日向の味方です」


 それも知ってると小さく呟いて俺はその場を後にした。



 ――この間泣いてたよ。

 切り札にした言葉で、にいの反応がかわった。さすがのあいつでも堪えたと見える。

 企画部へ入っても成瀬とにいが二人でいるところを見なくなった。

 そんな中、社内コンペの通知があった。にいと成瀬も参加すると聞いた。

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