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98. 鳥になる(銀貨39枚)

 飛来する木を切断。その向こうから迫る金貨を弾く、弾く、弾く。


 背後の光り輝く馬車には近づけるわけにはいかない。

 弾く方向もしっかり選ばねば。


 必中の細剣(イネヴィタブルレイピア)に魔力を込め、全力で振り抜く。


 その斬撃は距離や位置などの因果関係を完全に無視して鎧に傷をつける。


「ぐっ!」

「やあッ!」


 間髪入れずに追撃。

 黄金の鎧に十字の傷が入る。


 傷をもう一度狙えば貫通が狙えるだろう。

 そうすればダメージも入る。

 勝利の道筋が浮き上がって見えてきた。


 これが、修行の成果?

 以前より、確実に着実に強くなっている。




*




 私はこの二週間、暇があれば師匠と修行をして完全発揮(パーフェクション)の習得を目指した。

 でも、器の許容量(キャパシティ)が足りなかったらしい。

 習得は、できなかった。


 でも師匠はこんな事を言ってくれた。


『あきらめることはない。うつわにあった能力(アビリティ)をつくるのだ」

『器にあった、能力?」


 そこから、私は来る日も来る日も、完璧と妥協の間を目指した。

 自分にできる最善。それは全ての者から見ての完璧ではないけれど、自分の身の丈にあった十分な完璧。


 それを、安定して発揮できるように修業し。

 いつからか、それを見極められるようになっていた。


『はぁッ! たっ! でりゃあ!」

『っ……はっ! ……ロズ、もういまやわたしも、そこそこほんきをださねばたいおうできない』


 とある日、木刀での試合中。そんな事を師匠に言われた。

 舞い上がるほど嬉しかったが、顔には出さずにいつも通り、自分なりの完璧を目指す動きをした。


『……隙、あり!』

『うむ、……くっ! よくみている、いっぽんだ』


 本来完璧である師匠はわざと隙を用意したのだろうけど、ひと月前の自分では見抜く事もできなかった、僅かなバランスの揺らぎ。

 それを突いて、私の木刀を受けさせた。


 一本でもなんでもない、けど認めてくれたのだ。

 私の一撃を。


『めんきょかいでんとはいかないが、しゅうとくしたといっていいだろう』

『しゅ、習得と仰いますと』

『うむ』


 それが、私のオリジナルアビリティ。

 完全発揮(パーフェクション)をアレンジしたもの。


無慮十全(インパーフェクション)


 ちょっと格好悪い名前だけど、私らしくて気に入っている。

 

『ロズにとってのさいこうさいぜん。それをめざし、みがきあげていけ』

『はい、わかりました師匠!』




*




「歪みもないただの剣士風情が、三職混合の俺を押すなど」

「剣の専門家に剣を持たせたなら、戦いに於いて敵うものはいない」


 魔法戦士が戦士に敵わぬように。


 能力(アビリティ)は、マスターの持っている身分偽装や師匠の完全発揮などがある。

 これは器の許容量、つまり『力』『魂』『体』を除いた空白部分が大きいほど強い能力を持てうる。


 魔物は『魂』を持たない。だからそれを欲して人間を襲う。

 精霊は『体』を持たない。なので実体化した精霊はその生を謳歌する。

 人間は『力』を持たない。それを能力と技術で補うのだ。


 私は剣の才、つまり器の空白部分は多かった。

 しかし、能力の一つすら持っていなかった。

 技術はプレインワールド家直伝の細剣術があった程度だ。


 だからこそ、無慮十全という容量の大きなアビリティを習得できた。

 完全発揮はその20倍以上容量を食うらしい。

 師匠の器はどうなってるんですか……。


「はぁっ!」

「ッ! 危ないな」


 完全に鎧の傷の十字部分を捕えたと思ったんだが僅かにズレさせられた。

 傷のない部分に当たる。


 至近距離から射出された金貨が3枚、いや5枚私を目がけて飛ぶ。


 それは、当たらない。

 もうすでに回避は済んでいる。命中しない安全な場所がわかるのだ。


 このまま行けば、勝てる。

 私にでも、役に立てるんだ。


 そう思った瞬間の事だった。




 背中から嫌な音が鳴った。

 獣の皮を張った鼓を思いっきり打ち破るような。

 城の屋上から生物が落下した時のような。


 熱い。


 振り向けば、そこに突き立つのは二本の長剣。

 流れ出る血が、私の熱を奪っていく。


 この、この、武骨な刀身は……桜色の煌めきは。

 完全に虚を突かれた。


 アリスもそちらを見て驚愕している。

 メノは油断せず槍を構えた。


「俺の職は『夢追い人』。催眠術師の父と旅商人の母を持つ。職としての能力は、見ての通りだ」


 意識の宿らない瞳でこちらを見る視線は二つ。

 一つは師匠、もう一つは……。


「……シラセ、フランにやられたんですか」

「俺がフランカレドを操って倒した。これでようやく本気が出せる(・・・・・・)


 ギャランクの口元が細かく動き少しずつ釣り上がっていく。

 愉悦を抑えきれないかのように。


 左手の籠手で顔の下半分を隠し、金貨を右手に構えた。


『リタの治療は!?』

『終わってます!』

『出るぜ、どいつをやればいい!』

『……トリアナと組んでギャランクをお願いします!』


 いつものようにアリスが支持を出すが、その意思には迷いがある。

 敵側に、師匠とシラセという最高戦力二人が回ってしまったからだろうか。


『ロズは治療、シルキーとカシューの居る馬車へお願いします』

『……すぐ復帰する』


 止血も覚えたから継戦できる、が、パフォーマンスは落ちる。

 温和しくアリスの指示に従おう。


『フィル、私とメノのサポートを。ロズは終わり次第こちらに』

『……私は、共に過ごした者同士が戦うのを見る事しかできないのか』

『……』


 カシューが呟くように思いを告げる。

 それを聞いて、アリスが辛そうな表情をしている。


 師匠なら、マスターなら、気が利いた言葉を言うだろうか。

 勿論言うだろう。……そうだな。


『後で元気が出る料理を作ってくれたらそれでいい。献立でも考えててくれ』

『……わかった、任せて』


 私はアリスにウィンクして馬車に引っ込んだ。

 彼女は目を見開いてぱちくりさせ、すぐにいつもの穏和な表情になった。


『……そうですね。いざとなったらシルキーが居ます。その時はギャランクをお願いしますね。彼だけでも無効化すれば、二人も元に戻るかもしれません』

『りょーかいです!』


 シルキーのオーバードライブは最後の手段だ。

 なんせ勝ったとしてもしばらく共有が使えなくなる。


 襲撃時の対応が後手になる上にこれだけの人数をまとめるのは困難だ。


『私もオーバードライブは温存します。ただ危険になればすぐに使います』

『よっしゃ、とにかく俺とトリアナがギャランクをブッ殺せば勝ちだ』

『間違ってないですわね!』


 士気は上がった。

 大丈夫、いつも通り戦ってまた普段の私たちに戻ればいい。


 ギャランクを倒そう。

 シラセに、何があったか聞こう。

 そして、不謹慎かもしれないけれど。




 師匠に克とう。




---




 体重を売って、筋肉を買って、翼を買う。


 こんなん程度の事でも空は飛べる。

 浮かなきゃまた調整するだけだし、位置エネルギーを買えばとりあえず高くには上がれるし。

 飛行機なんて要らねえんだ。


 しかしとにかく高くまで飛んで、隣の大陸が視界に入りさえすれば位置売買移動法で一気にワープできると言えばできるが……。

 高すぎるの怖いし。低空飛行で行こう。


 それにしてもすやすやお休みだこと。

 パックのところから離れたから、弄られた記憶はともかくとして流石にここまで催眠術は届かねえと思うんだがなぁ。


「……今回は(・・・)うまくいくといい……ね、お兄ちゃん」

「ん? なんか言ったか?」


 視線を背中に向けても、ぐっすり眠るフェイトが居るだけだ。

 ……起きてるんじゃねえか?


 脇腹を突っついてみても起きる気配はない。


「……ま、面と向かって言いたくなったらまた言ってくれりゃいいさ」


 そう思う事にして、俺は自宅の城へと飛んだ。


 途中、パシュッと音がして、何かを抜けたような感覚があった。

 今のが結界か?


 そうか。


 飛行をやめ、その場にホバリングして留まる。

 これでようやく扉が使える圏内に入ったって事だ。

 じゃあここに扉を作れば西大陸との行き来が楽になるな……。


「……真下の海から鉄筋を伸ばして、腐食を防ぐためにコーティング。足場を作ったらそこに扉を置いて……」


 でーきた。さぁ帰るか。

 もうこの先は我が家だ。


 こんな帰宅をするものがこの世の中には他に居ないだろう。

 さ、みんなが待ってる、早く入ろう。


「ただいま!」


 金貨一枚を手に持ってガチャっと音を立てノブを捻り、思いっきり開いた。

 その先には。


「お、おかえり」


 見たこともない盗賊姿の女。

 ナイフを抜いてこちらに向きかえり少しずつにじり下がっていく。


 もう片手にはそこそこの値がした壺が抱えられている。

 金貨7枚ほどだったろうか。


「………………お名前は?」

「ええーっと……」




 俺は、そっと炸裂恐怖のマクロボックスを取り出した。

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