95. 切断された『もの』(金貨1枚?)
馬車を炉辺に止め、会議を始める。
いそいそと出てきた服装に統一感のない女達が林の中に輪を作る。
小さくなったアリスに驚いたり、フランが居なくなった事に慌てたりする者も居たが、全員落ち着くまで然程時間はかからなかった。
アリスは服装の手直しをトリアナにしてもらっている。
そこまで複雑で高級な衣装ではないので、余った部分を折り込んだりサクッと切って縫い直したり、着たままで仕立て直していく。
彼女なら、服飾職人として生きていく事もできるかもしれない。
一頻り作業が済んだところで、シルキーがぽつりとつぶやいた。
「……こんせぷてぃすと、ってなんですか?」
……、説明するのは難しい。
概念でしかないからだ。
答えあぐねていると、口を開く者が一人。
「数ある職の中でも、最も歪んだ職業の一つ、かな。
概念使いの器は壊れる寸前くらいまでに歪な形状をしてるんだ」
フィルが簡単に説明をした。
間違ってはいない、か。しかしちょっと補足が要る。
まとまったので、続きを引き取ろう。
「限定空間を作り、その中で『独自の解釈』や『矛盾した現象』を起こせる。
これは、概念化した者が世界に設定づけをする能力と同じもの」
「……つまり、……ええと……概念になる為の練習のようなものでしょうか」
「少し違う。そいつらは、概念になり損なったんだ」
私はメノと顔を合わせる。
彼女はこくりと頷いた。
「ブルームの街にも居たんですー、世界の法則を変えるのが目標の少年が」
「11歳で旅に出て、5年で世界を巡って戻ってきた。
嬉々としてこの世を変えると語る彼の目は狂気に満ちていたけれど……」
「私たちはそれを法螺話だと思って聞き流していましたね」
そうだ。私とメノは同じ街の出身で、メノは自らイージスに入った。
メノの家は裕福だったのでイージスでは無償で働いていた。
私の家は没落した。貴族の義務を果たせなくなったのだ。
5つも年下のメノを先輩と敬って頭が上がらないのも、それが一つの原因。
「……その少年、パック=ニゴラスなんて名前じゃないでしょうね?」
アリスがそんな事を聞いてくる。いやそんなわけない。
そこまで、世界というのは上手くできてない。
「いや、違う」
「そうですけど、なんで知ってるんですか?」
……。
……。
私とメノは顔を見合わせた。
これはどういうことだ。
「パックで決まりでしょうね。弄られているのはロズだけというのに違和感がありますが」
「大体一つに繋がってきたな。マスターがロズを引き入れたのはパックを知っていたからか?」
リタが口を挟む。
いや、そんな事一言も言われた記憶はない。
マスターの目に留まるようにとの指示はイージスからで……。
「……イージスの本拠地はどこですか?」
「ブルームにある」
「パックの息がかかっている可能性は?」
そんな、はずは。
……ないとは、言いきれない。
そもそも私は上層部の者とほとんど顔を合わせた事がない。
その発言に返答する事はできなかった。
アリスは構わず矢継ぎ早に質問を飛ばす。
「シルキー、ロズを買おうと思った理由はなんですか?」
「ええと、……けんのさいが……あるからで……」
シルキーの声は震えていた。
確かに、当時のマスターの仲間は近接での戦いができる者が居なかった。
アリスは本質的には魔法使いだし、フィルも武器が使えないし。
だからこそ奴隷市場に居た私に目を付けたのかもしれないけれど。
それだけで、リタをわざわざ歪ませたマスターが、歪んでいない私を仲間に引き入れるだろうか。
「シルキーもしかして、……ロズに何かを見出したんじゃなくて」
「……わからない、です。でもわたしのせんたくがわたしのいしじゃなかったとしたら、……そんな事があるなら……こわいです……」
では、それでは私がここに居る理由は。
誰かから仕組まれただけなのか?
「……考えても仕方ありません。概念使いの話の続きを……」
そこまでアリスが言ったところで、男の声が割り込んで来た。
一瞬反射光で目が眩んだ。
「揃っているようだな。無法地帯の道端で会議とは気楽なものだ」
「あぶねぇ!!」
ギィン
金属音が響く。
リタが前に出て何かを弾き飛ばしたようだ。
飛んで行ったそれは、木にぶつかって食い込んだ。
目を擦って焦点を合わせる。
……あれは、金貨か?
その金貨と同じ、金色の鎧を着た男が木陰から姿を現した。彼は少しだけ目を見開いた。
「今のを弾ける奴がいるとは聞いておらぬ。思ったより……数が多いな。
……? シラセが居ないようだが」
「ギャ……ギャランク!?」
「アリスか? 久しいな。……何ゆえ当時より小さくなっている?」
アリスが声を上げる。知り合い、か?
だが今、攻撃を仕掛けられたようだ。
そういえばシラセが居ない。
今の発言から、敵同士の連携が取れていない?
ギャランクと呼ばれた男は右手の人差し指を丸めて金貨を乗せ、親指を引っかけて弾き飛ばす準備をしてある。
あれだけでリタが危険と判断するレベルの威力を出せるのか?
ゴッ、と金貨が発射されたとは思えない音が、金色男の手元から鳴る。
ギギギンッ
三閃。リタが再び弾き飛ばしてくれたようだが、あの一瞬で三枚も金貨を飛ばしたのか。
「げほっ! ……わりぃ、しくった」
三枚では、なかった。
四枚目の金貨が脇腹に突き刺さり、彼女の口から血が流れる。
そのまま、呆気なく地面に倒れた。
『っ……シラセ、居なくなったって事はやっぱり裏切ったの?』
『ふらんと同じで共有切れてます。まだ判だんには早いです』
『ロズ、リタを下げて! メノ、槍と盾を渡します! イレブンは治療を!』
『了解ですー』
『わかりました』
アリスから次々と指示が飛ぶ。
シルキーは馬車の中へ避難した。
『フィル、カシューを守ってください! ……いざという時はお願いします』
『わかったよ、その時が来なきゃいいけど』
奥の手だか切り札と言っていたものか、内容は知らないけれど。
槍と盾を構えたアリスとメノが前に出る。
そんな彼女ら二人の隙間を抜けて、輝く一閃。
時間が鈍化する。ギャランクの口がぱくぱくと動く。
何かを喋っている?
アリスとメノが振り返る。
私は、ゆっくり進む時間の中で金色のコインが自分を目指して飛んでくるのを見ていた。
……え? いつ射出したんだ?
この人は、たった今何を言っていた?
『お前は完全に用済みだ』
そう言ったのか?
さっきからの話を総合すると……。
……私はもしかして。
パックに置かれていたただの布石の一つ。
……このコインは、私に当たって死ぬ。
シルキーの言葉を利用すれば『そんな気がした』のだ。
師匠……。
もし、ウラリスという学校で起こった事がマスターの敗北で、パックよってあれこれ記憶の改変をされていたとしても。
もし、イージスがパックに牛耳られていて、私がマスターにただつけられた発信機だったとしても。
フラン師匠はマスターが、本来助ける事はできない運命の役者を自分の意思で助けて仲間にした、言わばパックにとって想定外の存在のはずだ。
そんな師匠と、他の仲間たちと触れて私は変わった。
変わったと思っている。
彼女に諭されなければ、剣を交えなければ、恐らくあの時裏切ってイージスに戻り……報告をして再び命を受け、マスターを完全に裏切って。
そしてここで死んでいただろう。
更に言えば、あのグローリスとの戦いで私が完全に裏切っていたなら、シルキーは死んでいたかもしれない。そうなれば今もっと不利な状況にあったはずだ。
私は歪んでいないから、ティナも殺せていた。
いや、あの戦いのキーになっていたのはシルキーだ。
彼女が死んでいたなら……。
……。
……ここまで、ここまで想定されていたのか。
しかし、想定内もここまでだ。
私は、……私は裏切っていない。
私の適所は。
ここだ!
「縮地的抜刀の術!」
私の剣撃は、昇華された。
金貨を切断し、それが私には当たらずに背後の木にめり込む。
今切断したのは、金貨だけじゃない。
私が死ぬという運命の道と、最低のシナリオが書かれたノート。
それが、真っ二つになるのが見えた。
「……バカな」
「アリス、メノ、後ろの守りに徹してください。私がやります」
「……盾も無しに前衛で、……大丈夫ですか?」
今の私なら、きっと大丈夫だ。
閉じていた未来が開けて、運命の役者として昇格したような気分。
私に広がる真っ新な未来。
そんな私の、アリスへの返答は決まってる。
師匠みたいに、格好付けてぶっきらぼうに呟いた。
「攻めは、私の本分ではないのだけど」