表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/138

94. 一粒しかない砂は砂山と呼べるのか(また値段をつけるなら銅貨1枚以下なのだろうか)

「……油断しちゃった」


 柱の『太さ』を買って、俺の腕と足を太くした。

 手錠の繋ぎ目は意外と甘く、人間の肉と骨っていうのは頑丈だ。


 鈍い音を立てて、錠は破壊された。


 フェイトは足腰が立たなくなっている。

 後先考えねぇから。


 なんであれこれ売り買いできてるかってーと、腎臓を片方売ったからだ。

 空いた腹腔に樹脂で包んだ金貨が数枚入っている。


「記憶のピースは揃った。あとはロックを解除するだけ……なんだが」

「無理だよ、それはパックにしかできないかな」

「……お前もいい加減、目え覚ませ」


 右手、柱に太さを売り戻してすでに細くなっているその手を彼女に向ける。

 フェイトは裸のままだ。抵抗の意思もない。


「マスターは、記憶の取り扱いに関しては売り買いしかできないって聞いてるけど。どうなの?」

「……」


 基本的に俺の金銭術は金で買う事と売って金にする事しかできない。

 その延長で色々できるってだけだ。


 ……記憶ロックの外し方も、フェイトを元に戻す方法もわからないが、記憶を引き継ぐ方法はわかった。


 記憶を保存できるのは、基本的に『体』の脳だけだ。

 他人の器は弄ったりするが、自分の器に干渉するのは怖い。

 魂も同じ理由で。


 だから、俺は心臓に記憶を売ってみた。

 記憶ロックがかかっているのは脳だけだから。


 心臓移植を受けたら、その心臓の元持ち主の記憶が蘇ったという話をどこかで聞いたことがある。


 案の定と言うべきか……、記憶の保存はできた。若干劣化はするが。

 だから、心臓に記憶を保存したという記録をリアル媒体に保存すれば、実質ロックはないようなものだ。


 気絶する度に、眠る度に、目を覚ましたあと心臓から記憶を買い戻せばいいだけだから。


 残る問題は、フェイトを元に戻す方法。

 

「……無理だよ。元の私はもういない」

「魔王になっちまっても、人格を取り戻した奴を知ってる。諦めねえからな」


 フェイトは驚いた顔をした。

 やっぱレアケースなんだろうか。


 目標目的がゴチャゴチャしている。今一度考えなおさねばなるまい。


 右手でフェイトの脳に興奮作用や活性化を買い与えながら物思いに耽る。

 その反応で背中を仰け反らせながら変な声を上げているのには目もくれず。


「やれやれ、何から始めたものか」

「ちょ、頭をっ……な、何してるの、や、やん……」


 最優先事項はなんだ?

 記憶ロックの優先度は低い。ぶっちゃけなんとかなったようなもんだし。


 ……アリス達との合流、は後回しだ。パックの元へ行かねば。

 その為にはまず異次元倉庫を開けたい。

 結界か、封印か、はたまた概念使いか。


「お前のとこの概念使いは何人くらい居るんだ?」

「お、教えると思おッ、ふ、ふ……」


 不敵に笑うが鼻から血が出ている。

 一旦やめておこう。壊れてしまったら意味がない。


 ……金貨があるしちょっと試してみようか。


 俺の周り、直径一メートルの範囲の『空間』を買う。

 その中に異次元倉庫を開く。


「驚いたな、限定結界か空間占有か? まぁいずれにしても詰めが甘い」

「なッ……!」


 開いた。空間そのものに所有権がついていなかったから買えてよかった。

 空間に作用する結界か、結界内を占有空間として条件付けするものか。


 対処法がわかってしまえば何がどうであろうと関係ない。


 ……よし、対処の順序は決まった。


 最終目標は俺の概念化。

 その為に必要なものは金と仲間たち。

 邪魔な存在はパック。

 金はもうすぐ揃う、だからパックの対処をする。


 それには何が必要か。


「……油断しない事と、人質と、仲間と……?」

「あぅ……なんか物騒な事言ってる? それより私といい事し、しようよ……」


 地面を這いずってるその義妹には耳を傾けない。

 今のフェイトはもう、俺の知っていたフェイトじゃない。


 ……あぁ、一番優先するべき事を思い出した。




 服を着よう。




---




「君は説明を聞くタイプかい、それとも説明したいタイプかい?

 自分で調べる派もあるね、解説を聞きたくないと言う人も居るだろう。

 君がそのどちらかなら残念だが私は喋りたいタイプだ。それも全てを。

 私の名前はソリチュード。概念使い(コンセプティスト)だ。

 二つ名は『砂山の』。砂山のソリチュードだ。よろしくね。

 君は確かフランカレドだね。小さくてかわいいと思う。私の好みだ。

 ウェンド族の父親フランキスカとジャゼウェル族の母親サマーレッドの子。

 両親の名前を混ぜて子の名前にするのはウェンド族の伝統だ。

 職業は万能戦士。主だった能力は完全発揮(パーフェクション)など。

 武器は月高架橋と桜花回廊。単純な戦闘能力は世界でも類を見ないほど。

 好きなものは辛い食べ物と自分を慕ってくれる人。嫌いなものは……」

「ないぞうりょうりと、おまえみたいなりくつっぽいやつだ」


 食い気味に返答が帰ってきた。

 おおっと、早速嫌われてしまったようだね。

 私の体にドスドス刺さる二本の刀は私にダメージを与える。

 しかしこの空間に於いてはなんの意味も結果ももたらさない。


 この限定空間は砂の地面が延々と広がっているだけのつまらないものだ。

 能力名は連なった一粒の砂山(サブスティチュートソリテス)


「例えばここに砂山があるだろう。これを崩していく。

 するとどんどん小さな砂山になる。どんどんどんどん崩す。

 小さな小さな砂山になる。まだ山だな? 崩すぞ。

 これは山か? これは? これはこれはこれはこれは?

 この一粒の砂。これは元々砂山の一部だったものだ。

 君はこれを砂山と認識できるか?

 これを『砂山と認識するのが私の能力』だ」

「いみがわからない」


 そう。

 概念使いなんて意味がわからなくてなんぼだからね。

 死んでしまえばしっぺ返しは確かにきついが、神を超える可能性があるなら私はそれに縋る。

 体に刀は刺さったままだが、話を続けさせてもらおうか。


「例えばここに、一本のナイフがある。これを、二つに折ろう。

 柄と刃に分かれたように認識したか?

 しかし、これは原理的には両方ともナイフだ。

 刃の取れたナイフと、柄の無いナイフ。

 しかし、私の能力があるとどうなるか。

 見ろ。二本のナイフになった。

 折るぞ。四本。八本。十六本。三十二本。六十四本。百二十八本」

「それがどうした」


 刺さっていた刀によって、私の体は三つに分割された。

 しかしそれは全くもって無意味、それどころか不利な選択だ。


「バラバラにしたら」「そりゃあ」「こうなるってわからないかなぁ」

「きもちわるいのうりょくだな」


 口が悪い子だね。

 でも余裕ぶっている子に恐怖の表情を植え付けるのは嫌いじゃないんだ。


「その余裕がどこから来るのか非常に興味あるんだが、ちょっと見てほしい。

 このナイフは柄と刃が繋がっているね。じゃあ柄部分はナイフと呼べるか。

 刃部分だけ取ったらナイフと呼べるか。考えてほしい。

 僕は、呼べると解釈した。

 つまり、この一本のナイフは二本のナイフでできているんだ」

「……!」

「256、512、1024、2048、4096、8192、16384……」

「そうだ。分割すれば増える私を殺す方法はない」

「32768」

「そして、君は増え続けるナイフに埋もれて死ぬ」

「65536」


 この瞬間が快感だ。

 増え続けるただのナイフに、最強の実力者が物量に負けて死ぬ。

 概念使いになってよかった。そう感じる瞬間だ。

 長年費やして、自分の職を消してから概念を研究して初めてなれる。

 神を超える為の、唯一無二の手段。


 こうなるまでが長かった。

 もう私は髪も灰色になり、寿命を数える段階にまで来ている。

 だが、神を超える事は諦めていない。

 あともう一歩だ。残りはパックにかかっている。


「……おまえは『し』にふれたことはあるか?」

「ないかな。恐いとは思ってるよ。私たちは死んだらペナルティがあるんだ。

 扉の世界を知っているかい。そこには概念が居る。

 私たち概念使いは、彼らに禁忌の子よりも忌み嫌われている。

 だから、死んだあとも記憶を保ったまま最悪最低の世界へ飛ばされる」

「なぜそんなことをしってるかにきょうみはあるが、そうじゃない。

 わたしはがいねんぼうぎょすらつらぬくほのおをしっている」


 そんな物あるわけがない。

 相手が概念使いであろうと、ここは私の空間だ。

 私の能力の方が優先される。


「ここはあついな。わたしがマスターからもらったちからもねつなんだ」

「砂漠だからな。熱と熱が加わって私を滅ぼすとでも言うのか?」

「ちょっとちがうな。わたしたちきんきのこは、ゆがみとひずみのちからで、ばくはつてきなきょうかをえることができるらしい」


 知っているぞ、オーバードライブという奴だ。

 だが、フランカレドにそれはできない。

 大体この空間でオーバードライブしたところで何ができるというのか。


「わたしはさむさにつよいかわりにねつによわい。つねにねつをはっしているから、からだのたんぱくしつがえいきょうをうけてしまう」

「それは難儀だね。だからそんなエッチな恰好をしているのかい?」

「だが、ねつにふれつづけたきかんはながい。がまんくらべをしよう」


 何を言っているのかさっぱりだ。

 私の真似でもしようというのかね。


「コンセプティストはいみがわからなくてなんぼなんじゃなかったのか」

「……心を読むのか君は」

「どくしんじゅつではないのだがな」


 会話をしながらもナイフを増やし続ける。

 それはもう小山どころではないほどの大きさになっている。


「そんな事ができたとして、君の命はもうすぐ消える」

「はたしてそれはどうかな? ここにはわたしというゆがみも、このくうかんというひずみも、ふたつのねつもそろっている」

「……そういえば、少し、過剰に暑い気がするが」


 熱か。確かに実験した事はなかったが……。

 この体を成している細胞の一つでも生きていれば私は私を保てる。

 しかし、一瞬で全てが焼き尽くされた場合、どうなるのか。


 私が死んだ場合、死んだ私は私を私と解釈できるのだろうか。


「フランカレド、いざまいる」

「……いいだろう、受けて立つ」


 これはただの実験だ。必要な過程だ。

 パックは私を必要としている。

 だから、彼が送り込んだここで私が死ぬはずがない。


 いや……ここで捨て石にする為に必要としていたとするなら……?


「ゆがんだちからはわたしのたいせい。ひずんだちからはおまえのくうかん。

 わたしにつかえぬオーバードライブをアレンジする。なづけて」


歪んだ過剰な温熱空間(ディストーテッドオーバーヒート)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ