93. 矢継ぎ早
手綱を握っている二頭の馬が、林道を進む。
木々の隙間を、緩やかな曲線の道がうねっている。
地面は馬二頭が難なく通れる広さで、すれ違いも場所によっては可能だ。
俺は馬たちに連なるその手綱を握りながらも、引いたり叩いたりなどはしていない。
俺が運転手でいいのかよ。馬なんて跨った経験すらねぇぞ。
そんな事を思っていると、前を往くつやつやした二頭の四足歩行が俺に思念を飛ばしてくる。
『ご主人、前の馬車について行けばいいの?』
「そう、ついて行けばいい」
『わかったー』
「ぶつかるなよ」
『わかったー』
なんか、意思の疎通ができちまうから適役っつー事なんだろうか。
いやいやフランとかパーフェクションなんてスキル持ってるからそっちの方が適任じゃね? 馬も完璧に上手く扱えるはずでしょ。
「うまだけにか? うまいこというな」
心を読まれた?
俺今、声に出しては言ってねえからな!?
「めはくちほどにものをいうということわざがあってな、リタのめはおてほんのようなわかりやすさだ」
「……私にはわからないですけどね」
ロズは、フランとの能力差に感嘆と羨望と嫉妬の念を持っている。
それはもう仕草に全て現れてしまっているから、フランのような観察眼が無くとも丸わかりだ。
でもやっぱ、格の違いって言うのをまざまざと見せつけられるんだよな。
「ちなみにパーフェクションは、おもにぶきのスキルだ。うまにはつかえぬ。
ひとにはできることとできないことがある。てきざいてきしょだ」
「今回は俺が適材だったって事ね……」
ぶつくさと独りごちる。まぁ別に嫌じゃねぇけどさ。
そんなタイミングでメノが、何かに気づく。
「ってことは、私の適所はここだったのかなぁ」
「なんの話ですかメノ先輩」
ロズが、窘めるようにして声をかける。
口先を窄ませて、その先に人差し指を立てながらメノは言う。
「私、志半ばで死ぬのは死んでも嫌なんですよ」
変な共通語の使い方だな……。
ロズに向かって話を続けるメノの方へ振り向く。
「それで?」
「私は致命回避とか、第六感とか、感覚の能力を鍛えてきたからわかるんだけどね? 多分つけられてますよー」
俺はすぐに前の馬車の後部へ、連絡を送る準備をする。
「ちょっと左右に離れてくれ」
『わかったー』
二頭の馬が若干左右へ開いたところで、爪から放たれた斬撃が後部の木材へ当たった。
カッ! と高い音が小さく響く。
『どうしました?』
それが合図になって、シルキーが共有を繋げてくれる。
どう言えばいいか……。
『敵がつけてきているらしい。リンクを全員に広げてくれ』
『りょーかいです』
はぁ、やれやれ。
マスターの昔話を聞くに、本当にあちこちに敵を作ってきたらしい。
今回の追跡も、一体どこの誰かさっぱりわからない。
まぁ俺が仲間に加わったのが遅かったってのもあるかもしれねぇけど。
「な、どんな奴が襲ってくんだろな」
そう言いながら振り向くと、ロズが腕を組みながら目を瞑っていた。
メノは、いつものほわほわした雰囲気のまま静かに座っている。
「……あれ、フランは?」
「『てきざいてきしょ』だとさ」
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風を切るような音がして、馬が少しだけ嘶き声を上げる。
真ん中の馬車から飛び出した白髪の少女に驚いたのか、左の馬が前足を上げて興奮し始めた。
「どう、どう」
この位置からでは首元は触れないし、腰から手前は触ると大体嫌がる上に危険ですの。声だけをかけて落ち着かせますわ。
「イレブン、カシューさん、大丈夫ですか?」
「一応、平気です」
「問題ねぇ」
無事なようです。
とりあえず、変なところに片足で立つフランに注意喚起をしておきます。
「フラン、そこバランス悪いですよ。木枠しかないんですから」
「完全発揮があるからへいき。バランスをくずすことなどありえない」
それならいいですけど……。
しかし、突然出てきたと思ったらこっちの馬車の上に乗ったりして。
何か事情があるかもしれないと思って共有を使わずに直接聞きますか。
「一体どうしたんですの?」
「つゆはらい」
それだけ言うと目標を見つけたのか、残影を残してどこかへ飛びました。
得意の縮地でしょう。
「ふせつふだんのすべ!」
上ですの!
月高架橋を半月に振り抜き、木々が斜めに伐採されます。
斬撃の先端あたりに何かを見つけたんですわね。
『フランどこ行った?』
『敵を見つけたみたいですわ。きっと林ごと真っ二つでしょう』
そう伝えておきます。
しかし、予想に反してすぐに殺すことはしなかったようです。
『てきをおいつめた。アリス、どうする?』
フランを置いて行く事にもなりうるので私は止まろうか迷いました。
前の二台はそのままのペースで動いています。
とりあえず返答を待ちます。
共有感覚で体調不良が伝わってきました。
アリスは疲れているんでしょうか。
『はぁ……どんな感じの人ですか?』
『きぞくのようだ。ちゃらちゃらしたかんじ。
……くんしょうがついているな。オウェンスけのものか』
『アリス、大じょうぶですか?』
『殺してください』
即答でした。
*
「アリスからさつがいきょかがおりた」
「ま、待ってくれ、俺は仲良くしたいだけなんだ!」
「しんようできない」
その通りだ。今の俺は何の信用もない。
だが。
「パック=ニゴラスについての有用な情報がある!」
「だからそれもしんようがないといみがなかろう」
「俺の親父はイァラムダ=オウェンスだ。アリスの元所有者! 辺境の商」
「やかましい」
ザクッと俺の右腕に刀が刺さった。
ぐにゃぐにゃ曲がりながら、桜色の刀身がキリキリ音を立てて軋む。
い、痛てえ……右手はやばい……。
「なにがどうやばいんだ」
ぐっ……。考えを見透かされてる……。
こいつは、殺人者の目だ。
今まで何人も殺してきたかのような。
「しつれいなことをかんがえるな。ようけんだけいえ、きいてやる」
「ぐううう……痛い、痛い……。パックは、に、西大陸にある北の果ての城、ホワイトリーフ城を買ってそこに住んでる……」
「それだけか?」
腕に刺さった刀がぐりぐりと傷口を広げにかかる。
このままではバレる……。
「……おまえ、かくしごとをしながらしんようをえようなどと、あまいことをかんがえているんじゃないぞ」
そんな二刀剣士が中空を見つめ、驚愕の表情をした。
これは共有か。
このタイミングで何かしらの驚くべき事が起きたという事は。
「……なにをたくらんでる?」
「ようやく交渉カードが手に入ったな。時間まで隠れてようと思ったのに」
上手く行ったようだ。
自然に腕を掴んだ時に仕込んでおいた甲斐があったもんだ。
「アリスを元に戻す方法は俺しか知らない。確か馬車の席が一個空いてるだろ。席替えしようか」
---
「これは、どういう事ですか?」
ぶかぶかの侍女服に着られているアリス。
声も幼い。
というか身長が低い。
……10歳以上若返っている。
馬車を操るのはメノ。
その横に小さいアリス。
後部には私ことロズと、シグマランが並んで座る。
「腕を見てみろ」
アリスはシグマランに促され、右手の袖を捲る。
そこには、薔薇のような植物が腕から生えていた。
「これは……」
「老いを吸い取って成長する植物だ。経験や筋量も吸い取っていく。
発芽の際に一気に成長して、あとは緩やかに……」
ブチッ
アリスは素手でその植物を引きちぎった。
左手が血に塗れる。
身体強化があるとは言えど、見た目10歳くらいの少女が取る行動としては異常に見えた。
シグマランは心底想定外だと言うリアクションを取る。
私は、何も言わなかった。
アリスのオビーディエンスなら、取るに足らない出来事だろうから。
「何かと思えば、こんなものですか」
そのまま、流れるように詠唱に入った。
アリスに、迷いはない。
「穿て! 三叉螺旋の槍!」
「待て待て待て! 俺を殺したらお前はずっとそ……」
斜め上から槍が突き立つ。
植物使いの彼は、植物に置換した右腕から蔓を伸ばして引き抜こうと足掻くが……。
刺さったそれは、内臓を撹拌しながら体内を進むのみ。
「こんなもので私が揺らぐとお思いですか?
交渉の材料になるとでも思ったのですか?
マスターの為なら、私は何を失っても構わない。
我々には死ぬことすら厭わない者も居る。貴方には絶対的に……」
アリスは新たに槍をいくつも創造する。
「絶対的に」
その威力と煌めきは、小さくなる前よりも上がって見えた。
余裕に座って構えるのも何なので、邪魔にならない場所へ移動してレイピアを抜き、その男の終わりを見守った。
「絶対的に覚悟が足りない」
全身を槍が貫き、瞬きする暇も与えず絶命した。
槍はすぐに光に包まれ消滅していく。
真っ赤なボロ肉になったシグマランは、馬車の床と椅子を汚しながら入口に雪崩れかかるようにして倒れた。
「心に余裕がないと、言ったじゃないですか」
アリスはそう吐き捨てながら後部の席に飛び移り、残った遺体を馬車から蹴り落とした。
それは、道に転がりすぐに動かなくなった。
その様子を見て私は少し心配になった。……声をかけるか。
「アリス、大丈夫か? その腕とか」
「特に問題はなさそうですね。種を植えられたようだったんですけど全く気づきませんでした。即死の種でもあったらそれを使えばよかったんですよ」
パックの役に立つ為に雇われていた者だったら、確実に数を減らせるそっちの方がよかっただろうな。
でもそうしなかったのは、やっぱりどこかで甘さが残っていたからか。
「……好意を向けてくる相手というのは、戦いづらいものですよ。でも私は、乗り越えなければならない。鳥籠から救い出してくれたマスターと一緒に、普通に生きられる世界を作る為に」
私はまた一つ、心持を学んだ。
私に真似できるだろうか。
いつか選択の時は来るだろう。
アリスに迷いは微塵もなかった。
戦いにすらならず、交渉の余地もなかった。
小さい躰と言うのは不利なものだ。
それをまた成長するまで待たねばならないと言うのは、かなりの不都合だ。
しかし、そんなリスクより障害を排除する方を優先した。
「まぁ、若いというのは悪い事じゃないですよ。気に病む必要はありません」
「そういうもんか?」
アリスの命に別状はなくてよかった、と、そういう事にしておこう。
だがそんな私たちに、心の休まる時間などなかったようだ。
シルキーから共有が飛んでくる。
『ぜんぽう720ほ、ひずみあり。わたしがやる』
『……かいせき、相手はひとりです。このゆがみかたふつうじゃないです』
完全に行動を読まれているかのようだ。
もしかして、私たちの中に裏切者が居るのだろうか。
フランが再び先頭の馬車に飛び乗り、二本の長刀をクロスさせて掲げた。
「ひろってもらったこのいのち、つかうはみちをひらくため。
いかなあいてであろうと、ひらいてみせようちのみちを」
声高に叫んだフランが歪んだ空間に高速で飛び込むと、一瞬にして姿が見えなくなってしまった。
あれは、異空間!?
くそ、師匠はもう、ダメかもしれない。
なんで自分から飛び込むような真似を……。
……共有だ。
『全員止まれ! 相手は概念使いだ!』




