91. 三台の馬車(金貨107枚)
メノが一行に加入し、更に賑やかな旅になろうとしています。
彼女は神殿守護騎士でした。私の父の職と同じですね。
神殿守護騎士の武器は槍や矛を持つ事が多く、大体盾を持っています。
私が槍を使うのはそういう血統だからです。なんとなく好きなんですよね。
服装は、私とトリアナの着替えをお渡ししました。
元々着ていたものはちょっと……使用に耐えなかったので仕方ないです。
私の感覚で選んだものなので、御揃いのようになってしまったのですが。
「ちょっと胸がきついですー」
我慢してください。
重鎧が着たいと仰っていたのですが、今から始まるのは長距離の旅。
交通手段は……馬車くらいです。
ただでさえ人数が多いのです。荷物は少ない方がいいでしょう。
しかし武器はあった方がいいですよね。
「槍くらいは乗るでしょうし、愛用のものを持ってきてください」
「武器は折られちゃったから持ってないですー」
「ここの男衆は本当に……」
仕方ないので、戦闘になったら私が出してあげる事にします。
「出ろ、三叉螺旋の槍!」
「わ、便利ですねー」
普段あまり使わない槍を出して、手渡しました。
握り心地や重さを確認してもらいます。
「ふむふむ、この構造だと人体に刺されば肉でも内臓でもぐちゃぐちゃになりますねー。いい仕事です」
「わかりますか」
「わかりますともー」
三本の槍が螺旋を描きながら一つにまとまったこの武器は先端が三つある。
普通の槍ならば、刺さっても穴が空くだけですが、トライホーンは掻き混ざります。よって治療が難しくなり、即死の可能性も上がります。
この槍の事をわかってくれますか。
彼女が加入してくれてよかった事の一つと言えるでしょう。
「必要になったらまた出します。投げ槍や剣、盾も出せますのでリクエストがあれば言ってください」
「わかりましたぁ」
ほわっとしているところはちょっとだけ気になりますが、武器について語れそうなのでこれから楽しみですね。
さて、今から旅に出る為の馬車を借りに、あるいは買いに行かねばならないのですが……。
アジトから持ってきた金貨は200枚。
馬車は一台、買う場合高くても30枚程度ですから、三台買っても半分残りますね。
残る金貨も100枚あれば路銀には十分すぎるでしょう。
行く人数を絞った方がいいかとも思いましたが、残りたいと言うものは誰一人居ませんでした。当然と言えば当然でしょうね。
「ええと、護衛の為にリタ、一緒に来て頂けますか? 余り大人数だと目立ちますし二人で馬車を買いに行きましょう」
「オッケー」
残り全員を店に待機させ、私たちは貧民街を急いで抜けます。
店は、店員が全滅してしまったのでとりあえず閉めてあります。
……ぼったくられなければいいのですけど。
*
結局馬車は四人乗りを三台、馬は六頭買って、街の入口で待機させます。
使った金貨は107枚。まぁこんなものでしょう。
馬車の値段はほとんどが馬です。だから馬車専門の店はなく牧場主などがついでに経営してる事が多いんですね。
買ったのは、屋根と幌がついたそこそこ高級なもの。
軽い雨風程度なら防げます。
飾りっ気は要らない代わりに装備を充実させてほしいと言ったので、装飾には乏しいですが荷台部分には鞍すら積まれています。
前部に一人馬の操縦主が座り、その後ろの座席が三人掛けらしいです。
更にその後ろには荷台があり、御者等は天井付近まで重量の許す限り荷物を積むのだそうです。
馬の毛づやも悪くない、体格も恐らく大きい方なのでしょう。
専門なので良さは分かりませんが、最低限どころではない仕事はしてくれそうです。
馬車付近でリタに待機してもらって、私は貧民街へ舞い戻ります。
途中。
ちらりと視界に嫌なものが映った。
私はげんなりしながらそちらから離れるよう自然に歩く。
……見つかってしまいました。
「アリスちゃん、アリスちゃんだね!」
へばりつく様なその喋り方に、一瞥もくれる前にため息をついた。
シグマラン=オウェンスという名の、ウラリス時代に付きまとってきた男。
なんでここに居るかって、パックが動いているから当然でしょう。
他にもウラリスの元生徒を雇ってるかもしれませんね。
完全に無視して歩き始めると、横に出て顔を覗き込まれます。
街中な上に目立ちたくないので、戦う事は避けたいのですが。
「……死にたいのでしたら街の外でお相手してもいいのですけど」
「いやいやそんな、マスターは元気かい?」
マスターは今囚われの身です。
それを話す義理はないので、やはり無視して歩きます。
右腕を掴まれました。
「な、マスター今居ないんだろ、ちょっと時間……」
「神聖なる槍よ」
煌々たる光が私の両手から放たれると、シグマランは恐怖の表情を浮かべて飛びのきます。
普段のチャラチャラした表情が消えました。
「そんな、ここ街中だろ。捕まっちゃうよ」
「今私には心の余裕があんまりありません。死ぬか消えるか選んでください」
彼は、にじり下がりながら少しだけさっきまでの表情を取り戻し、背中を向けて走り去りました。
全く。何事もなくてよかったです。
ちょっとだけ苛立ちは残りましたが。
*
そんな状態で貧民街、マスターの店。
ただいま戻りましたと声をかけながら入って行くとそこには。
「あー、アリス先輩、ちっす。お邪魔してるっす」
「……え?」
シラセ。
敵になったのでは?
フィルが苦い顔で出迎えます。
カシューは、無表情でした。
彼女を問い詰めたい気持ちはありましたけれど、その全身ボロボロな服装を見て、考えを改めました。
余すところなく傷だらけ、服は乾いた血で汚れています。
ベルトは切れ、ジャケットには数十の穴、ホットパンツも腰に引っかかってるだけです。
シラセはすぐに口を開いた。
こんな事を言うのです。
「マスターの奪還、手伝うの無料で請け負ってやるっすよ」
「ありがたいお誘いですが、信用が足りない気がします」
マスターが捕まった時、敵側に居た事ですし。
そりゃそうっすけど……と言葉を濁します。
「ちょっと事情があるんすよ……マスターって記憶覗く能力ってないっすよね?」
「ないはずですけど……」
多分、シルキーの力を借りなければ無理でしょう。
シラセは続けた。
「これをマスターが知るとみんなの記憶まで巻き込んで消えちゃうっすから内緒にしてほしいんすけど」
と前置きして言ったのは、ウラリスに通っていた私、シルキー、トリアナ、フィルにとって驚愕の事実でした。
「パックと結婚した奴居るっしょ、青紫の髪色でフード被った」
「フェイトさん、でしたっけ」
フェイト。マスターが三バカと呼んでいたうちの一人。
それがどうしたのでしょうか。
「あいつは、マスターの異母兄妹っす」
「い、妹!?」
「ふぇ!?」
「……本当ですか?」
単純に驚いた三人とは別に、フィルはその先の真実に一足早く辿り着いていました。
「と、ということはもしかして……パックに逆らえない理由っていうのは……」
「そう、うちは」
一呼吸置いて続けました。
「フェイトの母で、マスターともパックとも、……血縁関係なんすよ」
そう言ったシラセの顔は、苦しさに満ちていました。
「まー、マスターに頼まれて一緒に仕事するのは楽しい事もあったり、帰りたい時もあったりしたっすけど、基本的には嬉しかったっしょ。元気でいるのが見られるっすから」
へらっと明るい顔を頑張って作ったでしょうシラセは、それでもどこか……寂しそうでした。