9. アリスの為に買った服(金貨15枚)
死ななくて助かった。
この時泊まったホテルで能力の実験もしたから、俺が話せないとグダグダになりそーだし。
そんなわけでなんとか宿泊できたその宿で『なんやかやあって』泥のように眠った。
一応名誉の為に言っておくと『最悪の奴隷商人』に貞操観念など期待してはいけないぜ。
ん?名誉の為になってないって?
ははは、不名誉こそが最悪たる所以よ!
*
徹夜した後だとしても、寝潰れた後だとしても、俺は4時間半でとりあえず目覚める。
人間の睡眠サイクルは1時間半区切りだという学説を元に俺が導き出した最も効率がいい睡眠時間だ。
まぁその後眠気が来ると再び入眠してしまうこともあるが。
「点け」
と唱えると、部屋が少しだけ明るくなる。
灯火蛍だ。さっき買ったやつ。
餌もなしに元気に飛び回っていた。
買い切りっつったが、寿命はあるんだよな。
それが尽きるまで大事にしてやろうと思ってた。
意外とすぐなんだよなー、一週間は保たねーな。
灯りに照らされ、隣ですやすや眠るアリスの背中の肌が艶めかしく光る。
暗がりの灯りに輝く人の素肌というものはどうしてこうも扇情的なのか。
肩甲骨と背骨による肌の凹凸が織りなす、光と影のハーモニー。
うっすら浮かぶ肋骨がフェティッシュである。
そっとそのなだらかなラインを指でなぞるとアリスは寝入ったままくすぐったそうな声を上げた。
起こさないように気を付けながら、そっと首元の、金色の糸塊に顔を寄せる。
寝息とその振動が伝わってくる。汗ばんだ首筋と背中の香りを堪能する。
女の子の匂いとシャンプーの匂いが入り混じった蠱惑的な香水に拐かされ、すぐにでも体を交えたくなる。
アリスから苦しげで悩ましげな声が漏れる。そっと口元に人差し指を持っていくと、無意識ながらちゅっとキスをされた。
やせ気味の体躯が揺れる。ほんの少し骨の浮いた、それでいてしっかりと柔らかさがあり、ちゃんとボリュームがある肉体。
倫理から外れた、本当は抱いてはいけない身体。こちらの世界にはそんな法律はないが、理性の葛藤はあった。
後ろからでもわかるそのわずかな膨らみはささやかだが、少しずつ主張を始めている。そんな印象を受ける。
そっと布団を下に下げていく。
肩から腰へ、腰から腿へ。白桃色の柔肌が露わになる。
首から胸へ、胸から腹部へ、柔らかさを堪能するように指を滑らせる。
そのまま昨夜の余韻のある、優しく痺れが残っているそこへ手を伸ばし……。
ねえそろそろ誰か止めて!?
その逆に放っとくみたいなのやめない?
ずっとこんな事やってたわけじゃねーぞホントは、恥ずかしいだろ、大人げねーぞ!
でもそういうのもちょっと興奮するかも……。
そう! そうだ! もっと打って! アリス!
ああ! いいぞ! もっと! ぐぇっ……
*
そうして朝が来ました。予告通りグダグダですね。
マスターは朝までにいろんな能力を試していたようで、地面には小銭が散乱していました。
また、新しい地図が転がり、可愛い服と小物が綺麗に畳まれたまま積まれており、『アリス』と刺繍された、革袋の財布が置いてありました。
あとで中を見てみたら、金貨が75枚入っていました。律儀な人です。あとで一部返却しましたけど、儲けの半分をなんの相談もなしに渡してくるとは。
それに私の服や冒険の準備品、自分の指名手配の解除費用すらもマスターは自分の取り分から出していた事になります。
これが後に最悪とまで呼ばれるようになるとは夢にも思いませんでしたね。
眠気でまだ鈍い頭を振ってマスターの姿を探すと、布団の中に居ました。
私のお腹に顔を埋めて。
人の肌と言うのは、すべすべでなめらかで、暖かいものだと知りました。
こうなる気持ちもわかるというものです。ただちょっとだけ恥ずかしかった記憶があります。
私はすやすや眠るマスターを見て、あたりに散らばる冒険の準備を見て、これから始まる二人の戦いの日々に思いを馳せて、その顔をぎゅっと、抱きしめたのです。
*
拍手が巻き起こる。食堂を見回すと、シルキーも、トリアナも、マスターも、みんなが拍手をした。
不思議な顔をなさってますね? こういう時は拍手をするものですよ?
……そうそう、その調子です。
薄暗い部屋のランプが揺れて、拍手に合わせて影が踊る。
うるさい口笛を吹いているのはマスター。大馬鹿です。
「これが、マスターの最初の話と、私たちの馴れ初めです。全部が全部ここから始まったのです。
この後も、奴隷商会との戦いがあったり、市場で運び屋に因縁をつけられ抗争が始まったり、シルキーとの出会いに繋がっていくのですが……」
「今日のところは時間だな。アリスの誘拐事件とかもつらくて大変だったからいつか話したい。
あー、夜10時には仕事が始まる。かなり遠いところに移動になるからあんまり連れて行くと経費が嵩むんだが……」
マスターは少人数で行きたいらしいです。
では、私が提案しましょう。
「それでしたらシルキーと、新入りを連れてってみては如何でしょう。腕に自信があるみたいですし、荒事がもしあれば実力も見られますよ」
「それもそうだな、お前、確かロゼッタって言ったな? これからはロズって呼んでいいか? いつまでも新入りじゃ可哀想だしな」