89. 懐かしの街から始まる旅(金貨10枚)
「ではゼロ、留守は頼みましたよ」
「……」
虚ろな目で手を振る元篭絡部隊リーダーラフレシアことゼロ。
マスターの性格調整とやらが失敗してご覧の有様になってしまった次第です。
日常生活を送るのに不都合はないですが、意思と意識が薄弱になってしまった事に問題がありますね。
一体なにをなさったのでしょう。
西大陸北の果てまで向かうためには、まず西の海に出ねばなりません。
アトラタはどちらかというと南方なので、北西を目指すべきです。
そこでまず北のカントカンドへ扉で向かい、そこから西へ抜けて西大陸へ向かおうと思います。
どこでどんな恨みを買っているかわからないので、できるだけ街は避けていきます。
これに関しては文句を言うならマスターにお願いします。
「では皆さん、準備はよろしいですか?」
「おー!」
シルキーは、折りたたみ式地図を振り上げながら元気よく返事をしました。
彼女の恰好は、トリアナがルードで着たビスチェドレスを仕立て直したものです。魔力の通りがよく、共有の効率と情報攪乱の精度が上がったそうです。
それと、胸元には首から下げたがまぐち。お気に入りのものだそうです。
このメンバーの中では一番の軽装ですね。
因みにおかしは持ってません。
「参りましょう」
消えゆく祈りの杖を携えたトリアナは、ゆったりとしたケープにスカート姿です。
長距離を移動するのです。ローブでは動きづらいので新しく買いました。
時々くるっと回転して、その着心地を確かめています。
気に入ってくれたようで何よりですね。
杖は我々が総出でアジト地下の倉庫をずっと探し続け、ようやく発掘したものです。
骨董品市で稀に高値が付くこともあるのでミドルやローグレードのマジックアイテムも捨てずに残しておくのですが、これはその一つ。
発現させる魔法を減衰させる能力があります。
つまり、弱くなるのです。
「いつでもいける」
「共に行きます」
フランとロズは和装です。
とは言ってもフランは薄い布地を更に削った、寝巻にするとしても薄く小さい服を着ています。和柄のシャツに帯を巻いているかのようですね。
その帯に二本の長刀を差しているのですけれど、それに引っ張られて裾が寄ってしまっています。中が見えないか不安です。
ロズは、柄だけはフランと同じです。
かっしりした和の地方出身剣士、通称侍の正にその格好です。
似合っていますね。
ただ、持っている武器はレイピアです。髪もピンクです。
ついでに言えば胸も……。
……はぁ……。
……全体のバランスを見て、これはこれでと言った感じでしょうか。
旅荷物もかなりの量を彼女が持っています。
「ボクもリベンジする。奥の手を使わなかった事、後悔してるんだ」
フィルはと言うと、選任冒険家のような薄茶色のスーツにハーフパンツ。
帽子まで薄茶色で、山の中なら迷彩に丁度いい色彩です。
着替えや簡易テントなどは彼女のリュックにまとめて放り込まれています。
魔法武器は特に何も持っていないように見えますが、ポケットに何かを忍ばせています。
「フィル、それなんですか?」
「これ? ばーん! ……なんちゃって」
えへへ、と笑うフィルはおもちゃのような銃をポケットから出しました。
「かいせき、……はんどめいどですか? みどるぐれーどくらいです」
「そうだね、むかーしマスターに貰ったのさ。使えるかなって思って」
「……あ!」
シルキーは見覚えがあるようです。
何に使うかはわかりませんが、フィルに任せておきましょう。
「……西大陸はあんまり行きたくないんだが」
そう言ったリタは、それでもマスターが心配な様子。
荷物をしっかりと背負って旅支度は万全です。
彼女は頭から尻尾までを抜ける毛並の為薄着は基本。
ただ耐久性を考えて関節にプロテクター、腰にはごつめのベルト。
首輪も棘がついたものに替えられています。そのダイヤは輝く黄金色。
「かいぬしのてをかむわんこはおるすばんでもいいのだぞ?」
「わ、わんこじゃねぇよ! 悪かったよ!」
からからと笑いながら悪戯っぽい事を言うのはフラン。
暴走した時の事を言っているのでしょう。
「もう暴走したりしねぇよ。俺は……ちゃんと大丈夫だ」
「そうきおうな。つぎがあればまたわたしがとめてやろう」
「私も居ます!」
「……そうだな。みんながいればどうにでもなる」
少しずつ、友情も深まっているようです。
「……わ、私も行くんですか」
全身真っ白な、医者のような恰好をしているのは、神聖魔法使いのイレブン。我々と慣れあうにはまだ時間が足りないとは言え、この大所帯で回復役が居ないのは致命的です。
「まぁ、他に居ないですし」
「……仕える相手がストリガからマスター様に変わっただけですので、……お金さえ貰えるならば働きます」
そして最後に。
「……お前たちには、思うところがある。見極めるまで同行させてもらう」
「構いませんよ。貴方の屋台を持っているのはマスターですから、それを返すまで私たちと行動する権利はあるはずです」
カシューの服装は、城に来た頃と同じですが、しっかり洗濯させてもらいました。シャツからズボンの端まで染み一つありません。
油の染み込んだエプロンが特に頑固な汚れだったのを思い出します。
背中には巨大なフライパンをロープで巻きつけて背負っています。
その内側には料理道具や保存の効く食料が入っているようで。
我々の胃袋と治療に関しての事情は少しだけ不安が残りますね。
私はと言うと、やはり普段と同じ格好です。
裾を詰めた白と紺の侍女服にエプロン、白タイツ。
オーバードライブしても破れたりしませんし動きやすいです。
一応荷物の一部も持っています。
私たちは扉の前に並び、金貨を一人一枚全員に配りました。
「マスターを取り戻すまで、退却はありません。
しかし、全員生きて帰りましょう。犠牲あっての勝利もありませんので」
全員がこくりと頷きました。
私、シルキー、トリアナ、フィル、ロズ、フラン、リタ、イレブン、カシュー。
それと、ティナ。
総勢九名の奴隷たちと一名の料理人が北の果てを目指す旅が、ここに始まりました。
扉を一人一人が通る度に、持っている各々の金貨が消えていきます。
そういえば、この消える金貨はどこへ行っているのでしょうか。
そんな事を考えながら扉を抜ける。
ここはカントカンド貧民街に存在するマスターの店の一つ。
以前来たのはいつ頃でしたでしょうか。
男くさい饐えた匂いが充満するその空間に不快感を覚えながら、どこからか響く声に耳を傾ける。
それは以前マスターがお仕置きと称して送り込んだ少女のもの。
「あっ……! あぁん……。やっ、やだ! もうやめへよぉ!
ホントにらめなぉ……おかしくなっ、なっへうかあぁ!」
「お前への罰はまだ終わっちゃいねえんだよ! やめられっか!」
「……メノ?」
イージス出身のロズが反応しました。
……マスター、メノはどれくらいで解放していいと言ってましたっけ。
カレンダーの、メノの開放日を見ると。
「……開放日、四週間前ですね。丁度籠絡部隊と戦っていた頃です」
「……ええと、暴れてもいいのか?」
ロズが怒ったような、困ったような表情で聞いてきます。
こう答えるしかありませんね。
「契約不履行は許されぬ事です、責任は現場にありますのでご自由に……。
因みに貧民街には法が適用されませんので何をしても私は何も言いません」
はわわ、と言いながら口元を押さえるシルキー。
目を瞑って下を向きながら首を振るトリアナ。
にじり下がるカシューとイレブンとリタ。
フィルはやれやれ、と言いながら手を横に広げます。
残り三人が部屋に飛び込みました。
一気呵成。
八人は居た屈強な男衆があっという間に伸されています。
「……え? ……ロ、ロゼッタ?」
「……メノ、先輩?」
フランが桜花回廊をチンと音を立てて腰に戻すのと同時に、ふらふらと歩き寄ったメノはロズに抱き着きました。
男の体液に塗れたその彼女を不快に思う素振りもなく抱き上げ言いました。
「すまないけどシャワーの場所を教えてほしい」
「こっち!」
「あと着替えとタオルも!」
「わかりましたわ」
シルキーとトリアナが付いて行きました。
「一体どういう事なんだ」
ポカーンとしていたリタが聞きます。
それがですね……。
「メノというイージスからのスパイが居まして、奴隷として買ったばかりだと言うのに深夜寝込みを襲ってきまして」
「……それならとっとと殺しちまえばよかったんじゃ」
「マスターああ見えて女の子は殺せないんですよ」
「それなら猶更、あれは死ぬよりつれぇだろ」
いえいえ。
マスターは夜、裸で現れたメノと共にベッドに入りそこで。
「切断されたぁ?」
「はい」
下腹部をちょっきん。バラバラに。
……傷は元通り治ったらしいですけど、男の尊厳を傷つけられたとか、想像を絶する痛みが走ったとかで。
「そんなわけでここに送られたわけです」
「……マスターは」
「悪くないな」
リタとカシューは目を合わせました。
ただですね。
奴隷にしたばっかりの子をベッドに連れ込むのは最悪だと思ってました。