87. 記憶ロック
話はまだ終わってない……マスター、一目でいいんだ……。
寝たくない……。そ、そう、ソロモンが……むにゃ……。
……すー、すー……。
*
……あとちょっとでしたのに、寝ちゃいましたね。
ここまでにしましょうか?
……聞きたいですか。
では、見た通りの話でよければ私が続きを引き取ります。
マスターはダンジョンメーカーの力で、お金をふんだんに使って、トラップを大量に張りました。
リザンテラ、ストリガ、フェルミル。
その他大勢の実力者達はそんなものには引っかからないのですが、雑魚散らしには役立ちましたね。
そして、精霊たちによる猛攻。
ソロモンと私、マスターの三人だけでは捌ききれない数の精霊に襲われ、あわやというところでシルキーが隠し持っていたピッカーレッカーと言う魔法武器をティナに渡して戦わせ、事なきを得ます。
その時の、シルキーの苦悩は計り知れないものがあったでしょう。
しかし、やはり生きていく為には必要なのです。
彼女自身の話にもあった通り、人は誰かの血肉を食らわねば生きてはいけないのですから。
小刀と短剣の二刀になったティナは、彼女自身の姉と向かい合います。
こうなる事を予測していた私は彼女に二刀での戦い方を教えていました。
どうしました? リタ。
……え? 予測できていた理由?
……思い出せません。
特に意味もなく二刀での戦いを教え……。
教えたのは……。
『ザザッ』
私じゃない。
もう一人、居た。
いや、それどころか、ずっと一緒に居た。
なんで、こんな大幅な記憶の改ざんが起きていたのでしょう。
シルキー! 貴方も思い出したんですか!?
……ロズ、そうです。
本当の私たちの旅はずっと、最初から。
もう一人多かった。
なんて、なんて事でしょう。
今こんな大事な事を思い出すとは、思いませんでした。
ど、どうしましょう。昔話どころではありませんよ!
これはパックの記憶ロックです。
以前私はパック=ニゴラスをケチな盗人とか、ただの指名手配犯だとしか認識できていませんでしたが、違います!
私もパックもマスターも、同じ魔法大学、ウラリスへ通った仲でした!
無論フェイトもです!
旅の始まりも、勿論
『ザザッ』
……も、勿論、なんでしたっけ。
ああ、えっと、ティナとフェルミルが向かい合っていたところまで話したんですよね。
……? カシュー、どうしたんですか?
フェイト……? どなたでしょう。
シルキー、ロズ、フラン、リタ。なんの話かわかりますか?
わかりませんよね。
一緒に旅した? 仲間の一人?
……カシュー、きっと夢でも見ていたんでしょう。
みんな覚えていないんですし。
もう眠いのでしょう、お先に眠って頂いても構わないですよ?
……乗りかかった船、ですか。
最後まで聞き届けたい、と。わかりました。
では、続きをお話しましょう。
最後まで。
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「イチ、ニィの、……、サン! もいっちょ!」
「くっ、いちいちタイミングをズラすな! 出来損ないめ!」
「あたし以外が全員出来損なったんじゃねぇか? ほら! よっ!」
鏡面加工されたようなキラキラの短刀が、ティナの連撃を弾き続ける。、
ティナは初めて戦うと言うのに、抜群のセンスで二本の剣を操ります。
流石は私の教えです。
受ける時は的確に、攻める時はされて嫌なタイミングで。
言いつけを忠実に守って攻防するティナは、危なげない様子だ。
祭壇の部屋で見た銅像と同じ姿をした老人が杖を振るい、精霊魔法ではない普通の、現象魔法を起こします。
魔法使い。まともに相対するのは初めてでしょうか。
それを相手取るはマスター。
マスターの詠唱は、身分偽装の分少しだけ長くなるのですが、それを補って余りある魔力の量。
魔法使い同士の戦いに於いて『相手の魔力が底なしだとわかる』という事は絶望するに足りる情報です。
だと言うのに敵は余裕の表情。と言うより無表情に近い。
マスターはストリガの詠唱に合わせ詠唱を開始し、的確に反対属性をぶつけてレジストしていきます。
火には水、土には風。
こちらは完全に均衡しています。
ならばストリガの魔力が尽きればこちらの勝利です。
あとは。
「絶対に許さん、塵一つ残さず是正してやる……ッ」
「こちらこそ、フレイとルビィを奪った貴方は許せません」
「我も、許さぬ!」
わかっていない様子のソロモンでしたが、私に合わせてくれたようです。
その言動を見たストリガとリザンテラは。
「……」
「ギッ……」
根元から折らんばかりに歯噛みしている。
それもそのはず。
ソロモンの素体はストリガの一人娘、ラルウァなのだから。
ラルウァの体を元にソロモンの体を作り。
ラルウァの性格を元にソロモンの性格を作り。
ラルウァの自我を元にソロモンの自我を作った。という話だ。
だから、正確に元の状態に巻き戻すとか、ソロモンから新しくラルウァを作るなどしない限りは元に戻らない。
戻したとして、それが前のラルウァと全く同じである保証はない。
自我の連続性が途切れた同一人物は『同じ別人』だからだ。
それでも、その釣り餌に食いつくしかなかったのだ。
大事な家族だから。
こういうところが最悪と呼ばれる所以なんですよ。
しかし、ソロモンをダンジョンから外に連れ出す事はできない。
だからこそ、何らかの策を用意してきているはずだとわかる。
なるべく前線に立たせずに、私がリザンテラを押さえねば。
「はぁっ!」
「バカの一つ覚えか!」
オーバードライブしていない私の実力は、リザンテラの足元にも及ばない。
あくまで牽制だ。
拙い私の動きをサポートするように、ソロモンの指から光線がリザンテラのみを狙って追う。
マスターが時折、レジストついでに広範囲魔法を放つ。
それに対応してリザンテラとフェルミルが散開、再度攻撃に移る。
ソロモンが余裕を見てストリガへ魔法を放つ。
今回は氷柱だ。
ストリガがレジストし、霧のようになったところへマスターの天候魔法。
「天候使いの名に応じて集え暗雲! その紫雷を買い受けん!『電撃!』」
「ぐうう!」
形勢はマスターに傾いた、かと思われたが。
ティナが。
「あ、……ね、ねえさ……」
ティナが、フェルミルの首、大動脈を切断した。
うまくやったのか避け損なったのか、わからなかったが、ティナが勝った。
そうとしか思えなかった。
「それが、油断よッ!」
「ぁ……ッ」
何度も何度もティナの攻撃を受け続けてきたスキルアブソーバーと言う短剣が、黒髪の少女の腕を掠めた。
ただそれだけで。
「か、体が、崩れ……る!?」
「やった! ざまぁみろだ!」
フェルミルの首は繋がっている。
戦場で騙される経験の無さ故、敗北に繋がってしまったのか。
そんな考察をしてる場合じゃない!
「マスター! ソロモン! ティナが……!」
「……ッ何!?」
「器が、壊れている! 人間にこんな事は起きえぬぞ!!」
マスターとソロモンはそれぞれ大魔法を放ち、敵との距離を開けてからティナに駆け寄った。
『シルキー! ティナとの共有を絶対切るな!』
『いえすまいますたぁ!』
私にも、仕事を!
『アリス、五分だけ全員見てくれ!』
『なっ!? ……お任せくださいッ!』
「歪みの力と過剰な力!」
フェルミルに向かって、転がっていた巨大な盾をぶん投げる。
回転しながら飛ぶそれは、いとも簡単に彼女の腹部を、内臓の一部を吹き飛ばした。
苦悶の声すら聞く前に、ストリガとリザンテラに向き合った。
ティナをなんとかする為、ソロモンと2人で3人を同時に相手取る必要がある。
以前、リザンテラとはオーバードライブしていても互角、いや、それに満たない程度の戦いしかできなかったはずですが。
マスターの命令です、なんとかしなければいけません。
せめて自信だけは持とうと、ふんぞり返って宣言ました。
「時間を稼がせて頂きます。私の5分はおいくらの査定になるでしょう」
戦いが再開します。
私の時間。できるだけ、高く買い取って欲しいものです。