85. 目的と思惑
地下五階。ボスだった六つ足で緑色の何かが、真っ黒焦げになり部屋の端に転がってる。
ここは、不安になるほど強い色彩をした真っ赤なレンガが並びに並ぶ部屋。
その床に、思い思いの格好で座る。
ソロモンは余裕ぶって寝っころがっている。
あたしは普通に座って足を組んでいた。
拾った武器防具は『ホーリーキーパー』だの『ムーンヴァイアダクト』だので、いまいち状況に即したものが出てくれなかったな。
この盾はちょっとでかすぎるし、剣は短すぎる。長くなるらしいけど。
『キャリブルブレイカー』なんてのも、よくわかんねえし。
欲しかったのは、是正者達に対して非戦力のあたしやシルキー、トリアナが戦える、または荷物にならない魔法武器か防具。
マスター用に魔力が直接火力に変換される装備。
アリスには対遠距離用の武器か装飾品。
そんなにクリティカルなアイテムばっかり出ても変か。
産出した魔法武器防具の数は多い。マスターに選別して貰えばいいだろう。
と、そんな時。
「……! つなぎます!」
シルキーがマスターからの連絡を受けて飛び上がった。
そろそろ来るのか。
『悪りぃ! 一人通しちまった! 金髪のチビ、二刀の奴だ!
ティナの家族かもしれねえ!』
ぞわり。
背中が泡立った。
どうしよう。
上の姉は15歳。たまに仕事に連れて行ってもらっているらしい。
金髪でチビ。背丈が10歳のあたしと同じくらい。得意武器は、二刀。
情報の一致が多い。
……ひょっとしたらひょっとするかもしれない。
「殺せば! よかろう!」
「そう簡単にはいかないわ。人には人の柵というのがあるのです」
マスターなら、殺せと言うだろうか。
あの人は、優しいが冷たい。
あたしの事もいつか、見捨てるんじゃねーのか。
『そんな事はないです!』
『ますたぁは、つめたくないです!』
『敵とみなしたら容赦しないですけど、情に厚いところもあるんですよ』
『なんだなんだ! 仲良し共か! いいぞ!』
『この大変な時にうるせーぞ! 照れるじゃねーか!』
……どこまで聴かれてたのか。
無意識のうちに共有に言葉を乗せてしまっていたのか。
嘘のつけない心にまでも、本心で乗っかってくるみんなの言葉が暖かい。
ちょっと恨めしい。
それでも。
『信じて、いいのか?』
一番近い家族という存在からも疎まれ虐められ、誰も信じられなくなっていたあたしの手を取って、仲よく、してくれて。
『いいに決まってんだろ。おめーの家族は、一人も殺さねえ!』
『あのごうつくばりな女の人すらたすけたです』
でも、でもあたしの父さんは是正者の取りまとめ役で……。
『そいつぁ難儀だな、でもできるだけ頑張ってみる』
『リザンテラですか……? 封印くらいはさせてもらうかもしれませんね』
どいつもこいつも、あたしの心の中にずかずか入ってきやがって。
『ダメか?』
『ダメでした……でしょうか。それなら謝りますわ』
『ダメなわけ、ねーだろ!』
漏れ出る心の声じゃなくて、ちゃんと意思を持って伝えた。
みんな、暖かい。
ちゃんと本心でもって関わって、本気で相対してくれる。
だからこそ、他のどんな人よりも信じられた。
『我も、そこに加わってもよいだろうか!』
『いいぜ』
『もちろんです』
横になっていたソロモンも起き上がって興奮している様子だ。
勇気というのか。
心に熱いものが満ちていた。
これから来るどんな困難すら跳ね飛ばせそうな力。
それが胸の内からどんどん湧いてきた。
そんな折。
「ティィイナァァアアアア!!!!」
「ひっ……」
金髪で二本の長刀と短刀を持った少女が乗り込んできた。
そいつは、見知った顔。
ホントに正義側の人間かよって思う程、怒りに顔を歪ませながら現れた。
「アンタ、ただでさえ家族に迷惑かけて生きてるのにこんな……ごぷっ」
間髪入れずにソロモンが拳を腹に叩きこんだ。
胴体を貫通して向こう側に手が突き抜ける。
胃か肺から逆流した血が口から溢れだして垂れ落ちていく。
「ちょっ……バカソロモン! さっきの話聞いていましたの!?」
ソロモンは手を引き抜き一気に距離を取って戦闘姿勢を崩さねぇ。
その顔は至って真面目だ。
あたしは、一連の行動を唖然としながら見ていた。
「こんな程度で、あたしが死ぬと思ってんのかよ!」
腹に空いた大穴は、手をかざして戻すだけで綺麗に消えていた。
あたしは、その能力が何かを知っている。
……教えるべきだ。みんなを信じて。
『……上の姉さんだ。純血是正者としての能力は、元の姿への是正。
死なない限りどんな傷でも直せる。……本当にどんな傷でも』
『殺さねえとなったら封印するか隔離するしかねえな。
アリスか俺が拒絶追放しちまうか、封印するかか』
『でも拒絶追放は……』
『……根本的な解決にならねえからな』
どうすんだよ。
殺してもいい、とは思うけど。
踏ん切りがつかないまま殺すのは、後悔する。
だって、血を分けた家族だぞ。
あたしを産んだ、家族だぞ。
虐められてたとは言っても。
殺せば、死んでしまえば。
謝られる事だってできやしない。
責める事だって、できやしない。
死んだら終わりなんだ。その人とは二度と会えない。
だから、できるだけ殺したりなんかしたくないんだ。
……知らない人が死ぬ分にはいい。
あたしだって、生きている姿を知らない動物の肉を食って生きている。
ペットの肉を殺して食うのとはわけが違げぇんだ。
『てぃな、思いなやまないで』
「シルキー……」
手を引かれ、部屋の端の方にまで移動する。
あたしとシルキーの前にはトリアナが、実際に前線で戦うのはソロモン一人だ。マスターからはソロモンを戦わせないよう言われていたが、姉が来てしまった以上それは不可能というものだ。
「……待って、貴方、ラルウァ?」
「違うな、我はソロモン」
「…………」
ソロモンがラルウァだと知られるリスクはなんだ?
原型に是正される……とかか。
その場合、どちらの原型になるのか。
魔王の場合、存在級位を落とさずに受肉した魔王が顕現してしまったら……是正者達だけでなくあたしたちですら、それどころか全世界が危ない。
ラルウァの場合……あたしの味方は、してくれるだろうか。
どちらにせよ、それをされるのはきっと今ではない。
「ソロモンね。あたしはフェルミル。フェルミル=ノビリスよ」
そう、そんな名前だった。
父さんは、あたしには名字をくれなかった。
だからノビリスなんて馴染もねぇ。
ただのティナ。それでいい。
そう思ってる。
でも、もしくれるのなら、……サージェントとか。
なんてな。
『あら大胆ね』
『てぃなは心のこえがもれですぎてておもしろいです』
『モテモテ君かよ俺、困っちまうな』
『貴様ら、この我が真面目に戦っておる時に……。まぁよい!
我に頼り好きに歓談するがいい! せめて終わったのちに讃えよ!』
みんな聞いていたのか。
全身の血液が頭に昇ってきて、のぼせそうになっちまう。
なんだよ、もう。
『まぁなんだ、そろそろ着くが……全員入るかわかんねえ』
『……ですね。ちょっとずつ削りはしたんですけど』
どういう事だ? と思ってると、地響きが少しずつ近寄ってくる。
ソロモンはフェルミルとの睨みあいをやめ、入口の方に視線をやった。
あたしとトリアナ、シルキーもそちらを見る。
通路の向こうから、まずアリスが。遅れてマスターが。
その後ろには……。
『袋の鼠って言うんじゃないか、こういうの』
『言い得て妙だな! だが我はその袋の中に潜む蛇よ!』
『……とりあえずとりあなとてぃなはごしん用にすきなぶきをもつです』
通路を埋め尽くさんばかりの是正者の群れ。
そんなにラルウァが心配かよ。
そんなに愛されていたのかよ。
あたしは、……あたしなんか。
……でも、今はもう大丈夫なんだよ。
マスターが居るから。
みんなが居るから。
「みんなが居れば、怖くない!」
あたしは『キャリブルブレイカー』という小刀を持って立ち上がった。
トリアナとシルキーは、結局何も取らずに立った。
使えそうな武器が無いからだ。
「こわくないです」
「マスターがついていますわ」
そうだ。
「一先ずは、雑魚を片そうぞ!」
ソロモンが緑髪を振り乱して声を上げる。
ちょっと前まで思いもしなかったこんな状況。
不安ながら高揚する気持ちを抱えて。
小刀を構えて、巻き込まれゆく運命と戦いの幕開け、その舞台に……。
愚かにも参加する事になってしまったのだ。