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82. 記憶の中の記憶の中の友人

「まずは名前を戴こうか!」


 尊大な態度で名前なんていう大事なものを賜ろうとしてんのは、人型の魔物。

 通称魔王。


 魔王は生まれる時に莫大な魔力が必要になるっつーが、そこで使った魔力以上の魔力を持って生まれる。

 その反作用で、同じく大きな歪みを持つんだ。


「態度デカくない? 声も」

「こんなものだ! して主よ、我にどんな名をつける!」


 この魔王、偉そうにしているが小さい。声はでかい。


 青みがかった浅黒肌に黒目がちで大きな瞳。隈がひどい。

 顔と、大きく肌が露出した身体にはギザギザシンボルの刺青。それは左半身に集中している。


 丈の短いよれよれのタンクトップの上から上着を羽織るだけ、下は紐みたいな下着でとても寒そうだ。

 邪魔じゃないのか? と思えるほど長い緑髪は地面を引きずるほど長い。

 ぐしゃぐしゃになった髪の隙間から、ちょこんと二本の角が生えている。


 背中にはぺったんこになった赤い鞄。

 性別はわからない。声は男っぽいが骨格は女性のよう。中性的だ。


「第一感はポチだな……」

「……ペット感覚で名付けるのはやめておいた方がいいと思います」


 小さな声で相談するマスター達。

 魔王は腕を組んでふんぞり返っている。


「まおうだからまおです」

「緑髪だからミドリとか」

「安直なのも可哀想では……」

「偉そうだからキングで行こうぜ」


 みんなが相談する中、マスターは魔王に話しかける。


「なぁ魔王よ、普通はどんな名前をつけるもんなんだ?」

「魔王っぽい名前をつけられる事が多い! バァルやサタンなどと呼ばれるケース等はとても多い故、全く同じ名前を冠する魔王が複数同じ世に存在する事もある!」

「強い名前をつけたら強くなるのか?」

「やる気に関わるのだ! 格好いい名前をつけ給え!」


 よし、それなら決まった。

 と少しだけこちらを振り向いてから魔王に向き直る。


 あたしはちょっとだけ、ああ、マスターが一人でつけちまうのか、と思ったが他のみんなはすでに固唾を飲んで見守る体制に入っている。


 従順ってこういう事を言うのか、と感心しつつ少し恥ずかしくなった。


「名付けよう。お前の名前はソロモンだ。

 72の強大な魔のものを使役したとされる、こちらの世界では神代以前の王」

「ソロモン……ソロモンか。いいだろう、いい響きだ!」


 ……ソロモン。思いつきもしない名前だった。

 マスターは、知識量や経験則が常人離れしているように思う。

 なんてったって12歳くらいだし。


 斯く言うあたしも10歳ではあったけど、家から出る事はほとんどなかったし日がな一日年がら年中書庫からこっそり持ってきた本をずっとずっと読み耽っていた。

 だからこそそこそこの知識と語彙はあるつもりだった。


 マスターは完璧超人にも見えるけれど、時々信じられないところで抜けてたりする。

 それこそトラップだって丸わかりのレバーを引いて死んだりするくらいだ。


 だからこそアリス達が居て、マスターの補佐をしてるのかなと思った。


「俺はマスター=サージェント、マスターって呼んでくれ。よろしくな」

「マスター、よろしく頼む!」


 ガッと握手を交わす。

 バキバキと骨が折れる音が響きマスターの顔が苦悶に歪む。


「うおっとぉ! 人は脆いな! 申し訳ない!」


 ソロモンはすぐさま離れ、地面に膝をついて頭を床に叩きつけた。

 地面に大きなヒビが入る。ソロモンの頭は無傷だ。


「加減を覚えりゃそれでいいよ、頭をあげな」

「だが、……?」


 マスターが握りつぶされた右手は、すでに治っている。

 またあたしの知らない能力を使ったのかな。


 ……知らない事ばっかりだ。本を読むだけじゃわからない事なんていっぱいあるなと思って、自らの頭を軽くぽんぽんと叩いた。




*




 マスターはソロモンに一階の管理を任せるつもりだ。

 元々の目的は制圧だったが、折角の戦力を倒してしまうのは勿体ないと思ったからだ。


「この階の魔物を外に出さなければいいのだな! 障壁を張れば容易だ!」

「障壁? 魔法使いなのかお前は」

「我が肉体の元となった存在は魔法使いだったようだな!」


 その発言に、全員が固まった。

 肉体の元? それはつまり。


「ダンジョン生成の際に、巻き込まれた存在が居るって事ですか?」

「何、ダンジョンには必ず最低一人魔王が生まれる。

 ダンジョンメーカーならば気にするところではあるまい!」


 アリスとソロモンがそんな内容で話している。


 ……よく考えろ。

 巻き込まれたのが是正者一族の誰かだったとしたら、それが重役なほど捜索の為に本部から人が居なくなる。


 『あの部屋』の灯りは精霊ではなく松明だった。

 その燃え具合はいかほどだったか。

 人が居なくなってからさほど時間が経っていなかったのではないか。


 是正者一族の重役で、魔法使いの血の方が強い緑髪の子供。

 総会長ストリガ=バイヤルの娘、ラルウァ=バイヤルがそんな外見だった、ような……。


 ラルウァ……? ラル……。

 ……。聞いた覚えがある、何回も呼んだ覚えが。


 マスターがニヤッと笑った、ような気がした。

 背中に少しだけ怖気が走る。

 この人、もしかして、ストリガの娘をダンジョンに巻き込むのは、狙ってやったのでは?


 倉庫の位置と総本山の位置は、偶然にも近かった。

 本当に偶然だろうか。


 頭がぐるぐる回る。

 そんなあたしの様子には気づかずマスターはソロモンと話す。

 こういうのは鈍いんだなマスターは。


「……ソロモン、お前ってダンジョンから出られるか?」

「契約と『理』のせいで基本的には出られぬ! そういえばの話だがダンジョンから生まれた魔王を連れ出す術を捜し歩いたダンジョンメーカーは、その寿命を使い切っても連れ出す方を終ぞ見つけられなかったと言う逸話があるぞ!」

「信用しよう、じゃあトリアナ、ソロモンの事は頼む。シルキーとティナを連れて一緒に地下を探索し、マジックアイテムをありったけ集めてきてくれ」

「わ、私ですか。……ソロモンの手綱を握れるのは私だけ、って事ですわね。わかりましたわ!」


 地下の探索はソロモンにトリアナとシルキー、それにあたし。

 ぽっと出のこいつにどれだけの事ができるのか、些か不安はあったけれど、キーパーソンの一人だ。


 じゃあ、マスターとアリスは……。


「そう。建物の防衛だ。また後手に回っちまったみてえだな」

「ぼ、防衛? じゃあまさか」


 マスターが買い受けた『建物の外の映像』を目に直接投影される。

 そこには、是正者の集団が倉庫を取り囲んでいるところが映っていた。

 総本山の人達が居なかったのは、このせいか……?


「俺らは時間を稼ぎながらダンジョン奥へ向かって逃げる。

 おめーらは先行してアイテムを集めてくれ。」

「任せておけぇ! このダンジョン内で最も強いのは我だ!」

「いえすまいますたぁ!」

「承知しましたわ!」

「……わかった、あたしに何ができるかはわかんないけど」


 マスターとアリスは私たちに背中を向け、空中で腕同士を一度打ち付けあってから駆け出した。

 格好いい。あたしもあんな風になれるかな。


「さ、私たちも向かいますわ。時間はありませんからどんどん行きましょう」

「りょーかいです!」


 トリアナとシルキーが駆け出した。

 我らも行こうぞ! とソロモンに手を取られた。

 瞬間、何かがフラッシュバックした。


 無意識のうちに押しこめていた記憶。

 諦めによって封印されていた記憶が。


 四年か五年前、あたしはこの子……いや、ラルウァと会ったことがある……?

 一人閉じこもった原因は髪と歪みと、虐めのせいだけではなかった……?


 あたしはその緑髪の子に、ソロモンではない唯一の友人……いや、元友人の姿を重ねあわせていた。

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