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80. マスターの真似

「風よ、吹きすさべ!」

情報攪乱(いんふぉでぃすたーばんす)!」

「来れ、破砕の鉄塊(ミノタウロス)!」


 三者三様の攻撃が仕掛けられた。

 一番早かったのはトリアナ。


 醜悪な顔をした巨大な鼠を強風が襲う。

 顔の一部と毛皮を斬り裂かれつつも、少しずつこちらへ移動してきた。


 短い詠唱でかなりの威力が出る魔法使いなんだと思った。

 魔法は初めて見たから、ちょっと感動。


「ダメージが通ってしまう、という事は相当(・・)ですわ……?」

「俺……やらかしたか?」

「恐らくは」

「でん気をおびたまものはふつう、かなり下そうでしか出ないはずです」


 四人は会話を交わしながらも、現れた魔物から目を離さない。

 位置取り一つ取っても、熟練さを感じさせる。


 シルキーの能力は、よくわからなかった。多分効かなかったんだと思う。

 手を鼠色の巨体に向けながら、にじるようにして後退していく。


「まぁ単純な生き物ほど効きづらいだろうからな」

「うぇー……せんとうでは、やくに立てないです」

「それよりマスターも戦闘準備してください! 二匹目が来てます!」


 アリスから叱咤が飛ぶ。

 マジか、と呟きながら前線に出るマスター。


 ぽつんと一人後ろに取り残された私にシルキーが合流してくる。


「てぃなは、たたかえたりするです?」

「わかんないよ、戦ったことなんてないから……」


 ふつうはそうです、と言いながら自慢げな顔をされた。

 ふぅん、と思いつつアリスの方に目をやると、鉄球が先端についた金棒をぶんぶん振るいながら破壊を振りまいていた、のだが。


「ま、マスター、しび、しびれます」

「床だったら壊していいから牽制だけしてくれ! トリアナは使うなら火で頼む!」

「わかりましたわ!」

「どうしょくぶつは火によわいです」


 マスターが指示を飛ばし、シルキーが解説してくれる。

 あたしには何ができる?

 邪魔をしないように下がっていようか?

 そう考えながら、シルキーと手を繋いで少しずつ戦場から後ずさった。


 突進を紙一重で避け、噛みつきは身を捻るようにして手も触れずに躱す。

 二匹の鼠を翻弄するように動くアリス。


 そこに。


「火よ、灯れ!」


 爆炎が、電気? を放つ鼠を包む。

 とてつもなく大きな音が鳴るかと思ったが実際は静かに燃え上がった。


 ギ、ギィと小さく断末魔の声を上げると鼠二匹はいともたやすく息絶えた。


「……死んだ、の?」

「ころさなきゃいきられない。

 てぃながおひるに食べたおにくも、もとは生きてたです」


 じゅうじゅうと音を立てるそれは、さっきまで元気に動き回っていた敵。

 敵を殺さねば、自分が死ぬ。


 自分が死ぬのは、……やっぱり嫌だ。

 次がある『かも』と言ったって、それは今の自分じゃない。

 マスターだって居ない。


 次があるとして、何年後? 何十年後?

 あたしの知らない世界に生まれるかもしれない。


 怖い。


 殺したり、殺されたりとか。


 あたしにも、できるのかな。

 生きていく為に、自分の手で何かを殺していく事を。


「――ティナ、ティナ!」


 必死に手を引っ張られている事に気づいた。

 ボーっとしていた。

 視線を上げると、ムカデのように足を多く持つ紫色の生物と目が合った。


「……ぁ」

「てぃな、早く! こっち来て!」


 手を引かれはしているが、足が動かない。

 ようやく動いたかと思ったら、ただバランスを崩してお尻から倒れただけだった。


 マスターとアリスは、合計四匹の鼠を同時に相手取っている。

 引きつけていてくれなければこちらに流れてきてあっという間に轢かれてしまうだろう。

 だから、二人とも動けなかった。


「てぃなぁ!」


 勝手に右手が動いた。足腰は動かないのに。

 その手は、ムカデの方に向けられ……。


『穢れてるから、消せる』


 そう思った。

 あたしの職業の力が解放される。


「てぃ……、え……?」


 ぞぷん、みたいな音を立てて、頭から胴体の半分くらいまでが消え去った。


「な」

「は?」

「火よ、灯れ……えぇ!?」


 トリアナの爆炎が鼠たちを焦がし、生き残った数匹は一目散にダンジョンへ戻っていく。

 それを見届けると、みんなが駆け寄ってくる。


「大丈夫か!?」

「今のは一体」

「何をしたんですの!?」

「てぃなの、力です?」


 マスター達に囲まれて、心配されたけど特に怪我はない。

 ただ。


「……あのムカデは、次は人間になれるといいね」


 口をついて出たのは返事でも安堵でもなく、そんな言葉だった。

 みんなはぽかんとしていたけれど、マスターだけはあたしを抱きしめて。


「……そうだな。そうだったらいいな」


 そう言ってくれた。




*




 小休止を挟んで、ダンジョンに乗り込んだ。

 最低でも一階を制圧しなければ新しく魔物が出てしまうらしい。


 あたしも戦力になると思われたのだろう。

 置いて行こうという意見は出なかった。


 深い階層だとその階の主も復活する。

 浅い階層では階段前に居る強敵を倒せればもう二度と魔物は現れない。

 だから、とりあえずさっさと一階の最奥部まで行ってしまおう。

 マスターはそう解説してくれた。


 ダンジョンの中はとても広く、部屋と部屋が短い通路で連なっているような構造であった。

 あたしはマスター達の後ろをついていく。


 鼠やムカデがこちらに気づく前ならば、トリアナの火でほぼ決着がつく。

 生き残っても、アリスやマスターが武器を飛ばしてトドメになる。


 特に宝箱なども見つからずに探索はかなり早いペースで進んでいった。

 辺りに全く魔物の気配がしなくなった時、マスターに声をかけてみた。


「マスター、マスターはどうしてそんなに、心が強いの?」

「……別に強くねーよ、みんなの助けがあってこそだぜ」

「私たちは、みんなで助けあって生きてきたのですわ」


 トリアナに頭を撫でられた。

 それでも、マスターの心持というか、考え方というか。

 あたしはそういうのを真似したかった。


「そーか、あたしもこれから、頑張って助け合って生きてぇ」


 口調も真似してみた。


「ぷふっ! 似合ってねーよ!」

「あらまぁ、可愛らしい」

「マスターのまねです? いいと思います!」


 概ね好評だったから、これからもこんな感じで喋っていく事にした。


「……よろしくな。……こんな感じか?」

「うんうん、あってるあってる」


 マスターは笑いを堪えている。やっぱりなんか変かもしれない?


「形から入るのも、いいと思います!」

「そうですね、これからもよろしくお願いしますわ」


 トリアナと握手した。その手は暖かかった。

 シルキーが口を開いた。

 何か喋ろうと言うのか、そっちの方に目をやると。


「わたくしも、よろしくおねがいしますわ!」


 トリアナの声色を真似して、シルキーが挨拶をしてくれた。

 あたしはそれがおかしくて、笑いが止まらなくなる。


「ああ、よろしくな。……こんな感じでしょうか?」


 アリスはきりっとした顔でマスターの真似をした。


「顔! 顔! アリス面白いな!」

「ふふ、ちょっと恥ずかしいです」


 みんなの真似っこ合戦が始まった。

 私は楽しくて、面白くて、涙が出るほど笑った。

 それも、初めての経験だった。


「じゃあ俺はシルキーの真似するぞ!」

「やめてください」

「やめて」

「それはちょっと」


 その反応も楽しくて楽しくて。

 いっぱい元気づけられて。


 みんなと一緒になれてよかったと、心から思った。

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