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79. 先行投資(金貨1万枚)

「なぁマスター、その……」

「んん? ……あぁ、いいよ。入れよ」


 すやすやと寝ていたようだったけれど、彼はちょっと声をかけただけで目を覚ました。

 眠りが浅いのかな?


 とある夜、眠れなかったあたしは、マスターの布団に忍び込んだ。

 今も昔も苦手なものは変わらない。


 マスターがあたしの為にベッドの場所をあけてくれる。

 元々二人用だから、狭いということはなかった。


 並ぶようにして横になると、マスターはこちらを見て話す事を促した。


「暗闇が怖いんだ。眠るのも、怖い」

「……なんでだ?」


 あたしは、ありのまま思ってる事を全部話した。

 死んだら、真っ暗闇なんじゃないかって。

 ずっとずっと、未来永劫。


 そうしたら、マスターは色々語ってくれた。


「例えばよ、俺の体とお前の体って、どう違う?」

「……男と女?」

「そういう方向の話をしたいんならいいけどよ、そうじゃねえ。

 成分の話だ」


 つまり、骨と、肉と、皮膚って事かな。

 ……もっと細かく? つまりどういう事?


「人はよ、たった二つの細胞から生まれんだ。

 男と女、一個ずつ出し合って、女の体の中で増やして。

 人間の形になったら世界に出てくる」

「ふぅん、それがどうしたの?」

「俺もおめーも、全く同じなんだよ」


 全く同じ?

 薄明りの中で首を傾げると、マスターは、身振り手振りを交えながら話を続けた。


「俺が生まれて、死ぬだろ。んで、俺の意識を司っていた脳と体はまた自然に還って、それを植物がエネルギーにして、それを動物が食べ、人間が食べ、また最初の一個の細胞が生まれる」


 マスターの言う事は難しかった。

 でも、話に集中している間は怖くなかった。

 それに、なんとなく意味はわかった。


「つまり、あたしが死んでもあたしの体は自然に戻って、いつかまた人間に生まれれば……次の人生もあるかも。ずっと暗闇じゃないかもって事?」

「そうだ。確証は持てないけど、そう考えときゃ不安じゃないだろ?」

「うん。……でも、ずっとずっとそれを繰り返したら、世界が終わっちゃったら、また真っ暗闇になるのかな。……世界はいつか終わるのかな」

「そりゃ、考えちゃだめだ。でも俺ら人間も輪廻転生を繰り返すんだ。

 世界も、何回も何回も輪廻を繰り返してるんじゃないか?」


 かも。……そうかも。

 輪廻の意味はわからなかったけどちょっとだけ不安な気持ちはなくなった。


「あとはさ」

「え? ……んぅ!」


 唇を奪われた。

 変な気分になって、突き飛ばしそうだったけど傷つけたくないから手をわたわたさせる事しかできなかった。


 ……長い。上唇を啄まれ、ざらついた舌があたしの味を確かめる。

 やらしい音がなる。背筋がぞくぞくしたまま止まらない。


 何にも知識がなかったあたしには、これがオトナな行為の序の口だという事を知りすらしなかった。

 首の後ろがずっとぞわぞわする。


 顔が近い。

 でも目を瞑るのは怖いから、ずっとそっぽを見ていた。


「嫌か?」

「嫌じゃない、けど、……もう眠れそう」


 そう言った時のマスターはちょっと残念そうな顔になった。

 まだ話し足りない事があるというような。

 まだしたい行為があるというような、顔。


 でも、その後彼は目を細めて薄い笑みを浮かべながら。


「よしよし」


 胸に抱かれ、頭を撫でられる。

 そのままあたしはころんと寝てしまった。


 目を瞑っても、暗いけれど一人じゃない。

 暖かい。寂しくない。

 それは、初めての経験だった。


 翌朝、気が付くと隣にマスターの顔があって、びっくりして飛び起きた。

 マスターの胸元で寝ていたらしい。


 重かったかなぁ、大丈夫かなぁなんて考えていたら、マスターも一緒に起きだした。

 よく眠れたか? と、あくびをしながら聞かれる。


「生まれて初めてぐっすり眠れたかも」

「そりゃーよかったぜ」


 お世辞がうまいのな、って続けられたけど、それは本当の事だから。

 死ぬっていう言葉を知ってから、ずっとずっと、まともに眠れなかった。

 その暗闇から助け出してくれたから、そりゃ、離れられなくもなるよね。


 そうしてあたしはマスターとどんどん仲良くなっていった。

 他のみんなとも、もちろんね。




---




「武器の仕入れですか?」


 アリスが、きょとんとした顔でマスターに問い返す。

 マスターは鞘がきっちり固定された小剣をくるくる回しながら返答した。


 量産型の、マスターの商店で取り扱っている品の一つだ。


「ああ、と言っても売る用じゃなくてな。使う用の武器が欲しいんだ」

「どうしてまた」


 じゃあ例えばさ、と言いながら空に絵を描くような仕草をしながら話す。


「リザンテラとかみたいにさ、魔法武器持ちの集団に襲われたらまたギリギリの戦いになっちまうだろ?」

「……そうですね、あのクロスボウ使いとはもう戦いたくないです」

「遠距離攻撃を無効にできる武器でもあったら話は別だったんじゃねーか?」

「マスターもしかして」


 貯めてきたお金は、その為ですか?

 なるほど、と感心顔でマスターの方を見るアリス。


 しかし、彼の表情を見るに完全に正解ではないようだ。


「まぁ、買うのもそうだけどな。魔法武器の産出はダンジョンが主だ」

「つまり、……取りにいく、と?」


 いいや、と首を振るマスター。


「取りに行ってもいいんだが、独り占めしたいだろ」

「そうですね。できたばっかりのダンジョンに真っ先に乗り込むのがいいと思うんですけど……そうそうそんな事はできないです……よ……ね」


 言い掛けていた時点で、なんとなく否定されるのがわかってしまったアリスは言い淀んだ。

 もちろんマスターは首を振る。


「俺に買えねえものはない……ダ」

「だんじょんすら買ってやるです!」


 決め台詞をシルキーに取られたマスターは、手持無沙汰気味に続けた。

 シルキーはふふん! と言いながら胸を張って得意げだ。


「……身分偽装というアビリティがあってな、俺はどんな職業でも名乗れる。

 色々実験していたら、ダンジョンメーカーという職にもなれる事に気づいてな。そいつでいっちょダンジョンでも作ってアイテム集めて一攫千金を狙おうじゃないかと思ってる次第だ」

「難易度が高すぎるダンジョンができてしまったらどうするんですか?」

「大まかな設定はできるし、注ぎ込む金貨を調整すれば大丈夫」


 それだけ話すと、早速と言わんばかりに詠唱を始めるマスター。


「ちょ、ちょっと! ここにダンジョンを作る気です!?」

「ますたぁのやることはいつもとっぴですけど、まちがったことはないです」


 嘘っぽい。

 シルキーがあたしの方を見ていたずらっぽくウィンクした。

 透き通った水色の瞳と濁った赤い瞳に見つめながらえへへと笑う。


 かわいい。

 いや、そうじゃなくて。


「できた」


 そんなあっさりできていいものなんだろうか。

 トリアナが食って掛かる。


「マスター、ダンジョンからは魔物が出てくるんですよ。

 普通は山の奥とか廃坑を埋めるようにして作るものですわ」

「ですね、危険そうな香りがします」


 ここは商店に付属している倉庫の一室の、隅の方。

 見ると、地下へ向かう階段が姿を現している。


「俺の記憶によると、商店の裏とか掛け軸の裏とかにダンジョンを作るやつは居たぞ。もちろん浅い階層の制圧は必須だが」

「……前例があればいいってもんじゃないと思いますけど」


アリスが口を挟む。

あんまり遠くに作ってもしょうがないしな、と窘められる。


「上へも伸ばせるみたいなんだけど、不自然だし……。

 歪みが出るかなと思って下にした」

「魔物の強さはどれくらいですの?」


 そう言ったトリアナはダンジョンの入り口に目を向ける。

 バリバリ、バチバチと空気の弾ける音が聞こえる。


 泥を纏ってドブ色になった体を青白いオーラが包み込んで、一目で強大だとわかる。弾ける光は触れることも叶わなそうなほどに痛々しい音を響かせる。

 それはさっき見た大猿よりすこし小さい程度の巨大な……。


「ひっ!」

「ね、ねずみです?」

「大き……すぎませんか」

「うわぁ……」


 マスターはそれを見て、あたしたちの方へ向き直り、平然とこう言った。




「これくらい」

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