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77. お下がりの服(無料)

 あーあー、やってらんねぇ。

 なーにが貴族だ。なにが是正者だ。

 いつかチャンスがあったら、絶対家を飛び出してやる。


 そんな感じでさ、ずっとずっと退屈だったんだよ。


 あたしにはさ、元々二人の姉ちゃんが居て、その下に兄ちゃんが居て。

 みんな金髪でさ。あたしだけ、黒髪だったんだ。


 そ、今のこの体はトリアナのだし、元々の体は死んじまってるし。

 墓ん中で眠ってるだろうさ。黒髪のあたしは。


 だから、たまに不安になんだ。

 突然『ティナ』って存在がなかった事にならないかって。

 世界に否定されて、急激に歪んで、あたしだけ消滅しないかって。


 死ぬのだって、消えるのだって、怖いじゃん。

 どこ行くのかわかんねぇし、行った先がただの暗闇だったら。

 永遠にその暗闇の中だったらって。


 だから暗いのは嫌いだ。

 目を瞑るのも嫌いだ。

 寝るのはもっと嫌いだ。


 好きな人が傍に居てくれたら。

 ちょっとでも撫でてくれたら。


 いや、そんな、贅沢言わねぇ。


 寝る前に、一目でも見れたら。

 それでいい。


 ……な、もっとあたしの話を聞いてくれよ。


 みんな集めてさ、話がしたいんだ。

 気を紛らわせたいんだよ。


 寝たくねぇんだ。

 寝たら、暗闇だろ。

 それに、トリアナに交代しなきゃならねぇ。


 我儘言ってもいいだろ、普段あんま言わねぇし。

 ……ありがとな。


 昔話をしよう。むしろ、あたしにはそれしかできねぇ。

 今の事なんて逆についてけねぇ。あんまり表に出ないしな。


 


---




 是正者(レクティフィアー)ってさ、職業なんだよ。

 大体他の、冒険者階級の奴とかが修業を積んでなったりするんだけどな。


 あたしの家は、その是正者の一族だったんだ。純性のな。

 純忍者みたいなもんだ。


 んでさ、血の力が結構強いみたいで、純血族は他の職の奴と子供を作ったとしても、生まれてくるのは是正者なんだ。

 父親はな、父と同じく純性の是正者である母と結婚してたんだ。


 両親の名前? ……覚えてねぇ。ホントに。


 話を戻すとな、両親共に金髪だったんだ。


 どっちも不貞を働いたわけじゃない。……じゃないって聞いてる。

 でも、母親から生まれたあたしは、黒髪だった。

 そんで、なんでか生まれつき歪んでた。


 姉ちゃんや兄ちゃんによく虐められた。

 あたしが原因で両親はよく喧嘩した。


 だから、家族みんな大嫌いだったし、是正者なんてのも嫌いだった。


 大体さ、普通の是正者が手を向けるだけで歪んでる人を消したりとか、見た事あるか? あたし以外でさ。

 ないだろ。


 あたしはさ、自分がなんなのか、どこから来たのか、わかんなくて。

 不安で不安でしょうがなかったんだ。


 『笑いの絶えない街』リデレ。

 海にほど近くて、昼間はわいわい子供の声が響く言えば明るい街だったよ。


 みんな、楽しそうに生きている中で、あたしだけが暗い顔をしてたんだ。


 つまんねぇ昼が終わって、嫌な夜になって。

 また朝になって、みんな楽しそうに外に出て。

 嫌な夜が来てまた明ける。


 それが一生続くんじゃないかと思ってた。


 そんなある日さ、家の前をやいのやいの言いながら通ってく集団が居たんだよ。そりゃもう楽しそうに。

 こんな感じだったかな。







「マスター、また商店やるんですか?」

「ああ、金はいくらあっても足りねぇからな」

「……足りないという事はないのでは? 一生食べていけるくらいのお金はあるのでしょう?」

「そりゃーちげーぜトリアナ。ここにお前が10人居たら全員は買ってやれない程度の金しかねえんだ」

「足りなくはないですよ? ますたぁがごうよくなんです」

「別に欲の皮突っ張ってるから金集めてんじゃないんだけどな……」

「強欲なのは否定しないのですね……」


 冴えない黒髪の冒険者、それも自分と同じくらいの年の子が、女の子を3人引き連れて貴族街を歩いて行った。

 あたしは冒険者なんて初めて見たし、珍しいものに惹かれるように家を抜け出してついて行った。


 姉さんのお下がりの寝巻はボロボロで、とても貴族の着るような服には見えなかった。下手したら奴隷にも見えるかもしれない。

 彼らについていくあたしはただの迷子のようにも見えただろう。

 幸運だったのは、途中で知り合いに合わなかった事か。


 ぱたぱた羽を鳴らして飛ぶ水色の妖精はずっとあたりを見回している。

 何かを探すように、何かに警戒するように。


 私は不思議に思ったけれど、気にせずにそのまま彼らの後を追った。


 とある倉庫らしき建物に入る彼らを見て、どうしようか迷っていると、突然後ろから声をかけられた。


「おい」

「ひっ!?」


 さっきの黒髪の冒険者だ。

 なんで? 確かに入って行くのを見たのに。


「んんーー? 黒髪黒目? ……お前『ある』奴か『ない』奴か、どっち?」

「え……?」


 質問の意味がわからなかったあたしは、ただ困惑するだけだった。


「……ない方かな。お前家族は居るか?」

「……いる」

「帰った方がいいぜ。家があって、する事がなくて、あったかい布団で寝れるのは幸せだろ」

「そんな事ない!」


 声を荒げてしまった。

 マスターと呼ばれていた子供の冒険者は、少し驚いた様子だった。


 その子は、あたしをしげしげと眺めている。

 裾は切れてるし穴も開いた寝巻だから少し恥ずかしい。


「……よく見たらお前、ボロボロだな。虐められてんのか」

「……」


 うん、とは言えなかった。

 言えるわけない。

 でも否定もできない。


 全てを悟って、黙って笑顔で連れ出してくれる、そんな絵本に出てくるような白馬の王子様を求めていたのかもしれない。

 そんな本すら、姉たちのお下がりでしかもらった事はない。


 涙が溢れた。もう止められない。


「おいおい……ズルいだろ泣くのは」


 あたしと同じ黒い髪をガリガリ掻きながら、彼は近寄ってきた。

 そしてそのまま、抱きしめられた。


 あたしの涙が、彼の冒険者服に染み込んでいく。


「うぅ……うぇ……うわぁぁぁぁああん!」

「あぁもうわかったよ。辛かったな」


 止め処なく泣いた。

 友達もいなくて、家族も冷たくて、学校にも行けない。


 生まれてこの方10年間孤独だったあたしは、今日いきなり救われたのだ。

 いい匂いがする。爽やかな花の匂いと、汗の匂い。

 この人が、あたしの王子様?


「……とりあえず風呂入れ。前入ったのいつだ?」


 デリカシーは足りてないみたい。




*




是正者(レクティフィアー)!? しかも純血ですって?」

「敵もいいところですわ……」

「……でも……ゆがんでるようにみえます」

「そこなんだよなぁ」


 髪を泡立てられたシャンプーでわしわし洗ってもらう。

 ふわふわのそれは、家で使っているものより上等なように思えた。


 浴槽も大きいし、部屋も広い。相当金持ちなようだ。

 それなのに子供。12歳くらい?

 あたしには警戒心もなにもなかったけど、それがかえって彼らとの信頼を深める速度を上げるのに役立った。


 マスターがもっと外道だったら、大変な事になってただろうけど。

 死んでもいいと思って投げやりだったのもあるかもしれない。


「次石鹸、髪はあと自分でやんな」


 黙って手を髪にやる。

 指通りが抜群だ。ぷちぷち引っかかったりしない。


「おぉ…………」


 ちょっとした感動だった。

 泡立てたシャンプーを広げ、毛先の方までしっかり洗う。


 体も、もこもこの泡で覆われていった。

 今日初めて会う人に体を触られるというのは、別に嫌じゃなかった。

 一方的にだけど、もう信頼していたから。


「ひぁっ!」

「あ、……なんかごめん」


 それ(・・)も嫌じゃなかったし続けてくれてもよかった。


「さすがにひきます」

「それはどうなんですか」

「マスターちょっと……」


 他の三人からは非難轟々だったけど。

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