76. おやつ(銅貨300枚まで)
あれから一週間が経ちました。
マスターからは未だに連絡がありません。
全国の『扉』は繋がったままなので死んではいないようですが……。
心配です。
言いつけられてはいませんが、一応レッドチリとシルバーケイヴの見回りと、あちこちにある商店の保持はしています。
全員で移動するとあっという間にお金がなくなってしまうので、各々が分担して作業にあたっています。
雑務は主にアジトを拠点にしている元籠絡部隊、現『メイドナンバーズ』が行っています。
メイドナンバーズは、ワンからサーティーンまで合計13人で構成されている組織です。ナインはリタが殺してしまったのでいませんが、ラフレシアがナンバーゼロとして存在するので合計13人なのです。
シルキーの骨折は、神聖魔術師であるイレブンによって全治二ヶ月だったものが一週間になり、今では大体完治しました。
ただ、折れた羽は戻らないそうです。
当のシルキーはというと。
「おーばーどらいぶすればとべます!」
って感じなので、そこまで深刻に考えてはいないでしょう。
あの魔力量でオーバードライブしても20秒くらいしか持たないでしょうに……まぁ本人がいいと言うならいいんです。
ティナは歪んでしまう前にと、死体の山々の穢れを祓いました。
彼女の、肩を含めて全身の傷は完治しています。。
右手は生えてきたりなどしないようですが……。
それから、マスターの帰りを2日間寝ずに待ちましたが、堪えきれずため息を吐きながら眠りにつきました。
「一目で……一目でよかったんだ」
寝る寸前まで、健気にマスターを待ち続けていました。
ちょっとかわいそうです。
翌日、目を覚ましたトリアナに、彼女が死んでいた間にあった出来事を話しました。
「全滅の憂き目にあって、シルキーがオーバードライブ……。
反動はないのです? そこまで強力な能力なんですわ、何かしらあってもおかしくはないでしょう?」
「魔力の回復が遅くなったらしいです。丸一日共有すら使えなかったとか」
「それは……まぁ反動としては妥当ですわね……。
はっ、歪みはどうなったのです? 出ないわけがないですわ?」
「それが、出なかったらしいです」
世界の違うところで、同時にもっと大きい歪みが発生していたかもしれないですね。……となると怪しいのはやっぱりマスター。
「マスターがどこかで何かを……?」
「可能性は高いです」
フランは、彫金士や錬金術師、鍛冶屋に頼んで桜花回廊の修理をしたようです。試し振りだ、と二本の伸びる刀を舞うように操る彼女は美しかったです。
練習などしなくても、完全発揮がある彼女はいつでも最高のパフォーマンスと武器習熟で戦う事ができます。
私も欲しいです、完全発揮。
「ぜんかいのたたかいは、うでのたりなさをかんじた。
ぶきいっぽんではできることがすくない。にほんあれば……。
かわしたことばはすくないが、アルスラインのかくごはわたしがつぐ」
腕が足りない、とは実力不足の事ではなく、攻撃手段の比喩でしょう。
命を賭してでも戦う戦士としての姿に感銘を受けたんでしょうかね。
そして受けた傷。
彼女の肺へのダメージは治りましたが、背中に痕が残ってしまいました。
「わたしのアビリティである『しけつ』としんせいまほうのあいしょうがわるかったんだろうな。まぁしかたない」
治ってしまった部分は治せないからでしょうか。
いざとなったらマスターに買い取って押しつけてもらえばいいと伝えると。
「……それはそれで『ふぜい』がないな」
と何故か不満げでした。
斯く言う私も、傷が残った一人です。
我流の治療法がまずかったんでしょうね。
でもあそこで止血縫合しなければ今頃失血死しているか……ひょっとしたら敗血症を引き起こしてやはり死んでいたかもしれないです。
と、思っていたのですけど。
「ど、動脈にダメージがあったのにお肉だけ縫ったらダメですわ!?」
「そ、そうなんですか? 治りましたけど……」
トリアナにはくどくどと怒られました。
ロズは傷一つ残らず治りました。
そして早速と言わんばかりに、治療が終わり次第すぐ修行に取りかかったのです。
彼女はフランの指示をよく聞いて、効果的に細剣を操る術を身に着けていきました。今ではフランを師匠と呼んでいます。
普通の人はこうやって少しずつ強くなっていくんですね。
老婆心のようなものが芽生えます。私よりロズの方が年上なんですけどね。
「けんしならばおぼえておいたほうがいい技能がある。みておけ」
「はい、わかりました師匠!」
リタはと言うと。
「……殺し過ぎたから暴走した? そもそもなんで本調子じゃなかったんだ」
腕を組んで考え事をしているようです。
難しい顔をしていたので話しかけてみました。
「どうかしたんですか?」
「暴走の原因を考えてるんだ。またみんなに迷惑かけるわけにはいかねぇ」
あの時のリタの様子をフランに聞くと、獣戦士というより狂戦士のようだったと言われました。
堕ちすぎて戻って来れなくなったのではと考察していたようですが……。
「普段より全然力が出なかったんだよな。それがある瞬間から突然解放されて、気づいたら全部終わってた」
「力が出なかったんです?」
詳しく聞いてみると、爪の切れ味が悪かったり動きづらかったりしたそうです。光の加減も鈍かったとか。
……マスターのオーバードライブですかね。
黙って借りるのはよくないです。あとできつく言い聞かせておきましょう。
「ええと、そういう時もありますよ。あんまり悩んでも仕方ないです」
「……そうか? ……そうかもな」
私が言うのもなんですから、あとはマスターに伝えてもらいましょう。
*
グローリス=アトラタ。
アトラタの現国王。
彼がやった事は、御咎めなしで解放するにはとても重すぎる事です。
……ですが私たちで相談した結果、とりあえずは保留という形にしました。
あまり王がコロコロ変わるようでは国に影響が出る、との考えで実質的な王を新しく立てた上、グローリスには玉座に残ってもらう事にしました。
実際に政治を操るのはダキアス国王代理という人。
もちろん表向きはグローリスのまま。
シルキーがグローリスに放ったフレアフレジェトンタは、動きを止め自責の念と火傷の痛みを植え付け、反省を促す魔法だそうです。
その苦しみを抱えながら民の上に立つ。執政は行えない。
それだけで十分罰になるんじゃないでしょうか。
足りなければマスターにお願いしようと思っています。
死んでしまった自国民10000人は、ほとんどが奴隷身分だったそうです。
どうやって集めたのかはわかりませんが、アトラタ国自体への影響は少ないそうなので、暴動や反乱が起こる事はないでしょう。
改めて、奴隷たちの命の軽さを実感します。
それをなんとかしようとしているのがマスターなのですけれど。
……先は長そうです。
罰の話ついでに、カインはというと。
「あ、悪魔だああぁぁぁぁあああ!! こ、こないでくれ! 来るな!」
「ちょっときずつきます」
小さな女の子を見ると恐怖を感じるようになったそうです。
めでたしと言うべきでしょうか。
---
更に数日後。
リンゴーンと正面入り口の鐘が鳴ります。
マスターが帰ってきたんでしょうか?
……いいえ、あの人なら城内の扉から現れるはずです。
という事は、我々とは縁もゆかりもない人物……?
ではありませんでした。
「ぶはぁ、やっとつい……た……」
石畳に倒れ伏す赤髪とフードの少女。
長旅を実感させる汚れとボロボロ加減です。
しかしそこに居たのは少女二人だけ。
居るはずの主人の姿はありませんでした。
「フィル!? マスターはどこに!?」
「あー、と……、とりあえず水を二人分」
私はシルキーに客間まで通して貰っている間に果実水を取りに行き、道すがら全員に声をかけつつ戻りました。
そして、会談が始まります。この数週間、どこで何があったのか。
全てを聞く為の。
「そうだなぁ、どこから話したらいいか……。あ、この子はカシュー。
マスターがこの子の屋台を倉庫に入れたまま離れちゃって。
商売道具もないんじゃ生きていけないからって連れて帰ってきたんだ」
「カシューだ、よろしくな。と言ってもそう長く世話になるつもりはないが」
その名乗りと、乱暴な口調から何かに思い当った人物が一人。
リタは彼女に話しかけたのだが。
「カシュー……辛みのカシューか? 西ゲランサで名前を聞いた事がある」
「んん……そうだが、ん? お前その栗色の毛並……もしかして獣し……」
カシューは心当たりがあるようです。
「へ!? あ、いや、べ、別にここ、これはただの天然だぞ! 元からだ!」
リタは誤魔化したいようです。
「元から……か? その耳と尻尾も」
「そ、そうだ!」
「掌も肉球のようだが……」
「生まれつきだ!」
無理がありませんか?
「……まぁ私には関係ない事。誰がどこに居ようと何を取り込んでいようと」
「……」
リタは複雑な顔をしています。まぁマスターのせいですもんね。
……そうです、マスターです。
「して、マスターは今どこに居るんですか?」
「ええと……結論だけ言うと」
西大陸北の果て。
そちらの方面へ、連れ去られてしまった。
「マスターが? そんなにあっさり?」
「あっさりじゃないよ。三人で戦ったんだけど」
そう言って、フィルは語り始めた。
海を割って移動した事に始まり。
東ゲランサでパックを殴り。
カラクでカシューを仲間にし。
ライトーン城に乗り込み。
パック達と戦って。
「そして、敗北したんだ」
「そうですか、じゃあみんなで慰めにいきましょう」
間髪入れずに提案しました。
フィルは驚いた顔をして、すぐ疲れた笑顔になりました。
「そうだね、でもちょっと休……」
「今すぐです」
「……そりゃそうだよね、ボクがアリスだったとしてもそう言うよ」
長旅でつらかったでしょうけど、四の五の言ってる場合じゃありません。
残りのメンバーも思い思いに口を開きます。
「えん足です?」
「西大陸か……リコには寄りたくないな」
「長旅になりそうですし、準備は必要ですわ。荷造りしている間フィルとカシューさんには休んでいてもらいましょう?」
「ごえいはまかせろ、なんぴとたりともわたしたちをきずつけるものはゆるさない」
「私も、できる事は全てやります」
みんなやる気に満ち満ちています。
さぁ、フィルとカシューさんが休んでる間に買い物と準備をしましょう。
「リュックと水筒は欲しいですわね」
「冒険者用の服がないと怪しまれそうだな。女ばかりだし」
「おやつはいくらまでです?」
「といしがほしい。かぜとおしがいいわふくも」
「俺は……特に要らないか」
「できればでいいがフライパンを買ってほしい。料理ならばする」
「シルキーや師匠の荷物は私が持ちます」
みんな我先にと提案を始めました。
そうですね。……とりあえず城下町へ行きましょうか。
ん?
…………シルキー、今なんて言ってました?
第六章は終わりです。例によって明日から第七章が始まります。
あと残り四章予定。駆け抜けます。