75. 1秒の価値
アリスのオーバードライブが強化でマスターが契約なら、私のは共有。
彼女らのダイヤを媒介に記憶から能力を共有した。
この状態でいられるのはアリスだと5分4秒。マスターは金が尽きるまで。
私は……他に魔法を使わなかったとしても25秒くらい。
「……十分」
何故そう思ったか。
例えばの話。
『1秒』という時間がある。
この『1秒』の価値は人それぞれだ。
思考が早い程、身体能力が高い程、その価値は上がっていく。
1秒使って1歩進む人より10歩進む人の方が、10倍価値が高い。
これだけの思考をして、まだ1秒経っていないのだ。
この速度では人と会話する事も難しいだろうな、多分聞き取れない。
私の1秒の価値は極限まで高まっている。
よって十分だと感じた。
……さて、グローリスは殺すべきか。
答えは、いいえだ。
起きてしまったこの戦いの、責任を取る人間は必要だから。
では、サワフボとカイン。
カインは強い。歪みを持たずにフランと同等近い力を持っている。
引き込む事ができれば闘技場や他の闘技者とコネクションを持てる。
というわけでカインも殺さないべき。無力化はする。
サワフボは殺す。
グローリスへ向けて無遠慮に歩き出す。
視線がこちらを捉える前にすっと槍を奪い取り、上空目がけて飛ばした。
フェアリーの呪いがあるので持てないからフレイの力で浮かせて取った。
槍を奪い取るのに0.2秒。投げた槍がサワフボに命中するまで0.6秒。
言葉で思い知らせたり、反省させたり。そういうのは別にいい。
みんなを危険な目に遭わせた人はバラバラになって死んじゃえばいい。
……サワフボはただの血の雨に変わった。
自分を貫く槍が視界に入ったか、それすら定かでないままこの世を去った。
魔法効果も使ってない、言うなればただの槍で跡形もなくなったのだ。
落下していく心愛恋慕がちらりと見えた。
まだ2秒ちょっとしか経ってないから、どうせならと思考をする。
マスターが樹脂で作ったおもちゃの銃の威力を1としよう。
そうすると、10.9ミリの口径がある大きめの銃は1000~2000くらい。
今放った槍は6キロ。1000メートルを1秒で飛んだから威力は……。
3000000くらい。
情報の寄せ集めと概算だけど大体はあってるはず。
これが三職混合による歪みと歪みの力。
四職以上になったらどんな能力になるのか。
禁忌の子はただでさえ疎まれている。数も少ない。
奴隷として振る舞うとか、貴族の庇護下に置かれることでようやく生きている者が多い。死んでしまう者も勿論多い。
だから、禁忌の子は子供を授かる事なんてまずない。
『ザッ』
……胸騒ぎがする。触ってはいけない情報の欠片に触れたような。
はっ、……あと何秒だ。
グローリスがこちらに向き直って目を剥いている。
大丈夫、まだ時間はある。
血を流して倒れるティナとロズを見る。
グローリスは槍を構えようとしている。
詠唱を開始しよう。
相応しいのは第七圏。
『みちをたがえどボクらはりんじん』
『約束を違え兵を挙げ、剣を構えて槍を持ち、我らが同胞を討った』
「きさまに手向くは生きじごく。ともの流した血にしずみ」
「『その罪の重さを噛みしめよ』」
「炎獄血河」
グローリスの近くから、地響きと共に赤熱した液体が湧き出してくる。
それは、時々炎を上げながら辺りへ広がっていく。
我々は、城入手に関しては手段も方法も間違ってはいない。
バギンフォルス誘拐に関しても、この世のルールさえ犯していない。
『アトラタ』はただ傲慢さと弱さが罪だった。ただそれだけだ。
現れた赤い河。
その流れは傲慢さも弱さも清濁併呑に、彼の全てを飲み込んでいく。
敗者たる王にとってはすでに脱出不可能だ。
どこかから流れ来てどこかへ流れ往くその河はまるで時そのもののよう。
グローリスは、痛みと苦しみに喘ぎながらその身を粘性の河に沈めていく。
なんと言っているかわからないが、怨嗟と苦悶の声を上げているのだろう。
これ以上見ていても仕方がない。時間もない。
ティナとロズを安全なところに運び、カインの元へ行こう。
今の魔法を使ったことで、残り時間が数えるくらいになった。
それでもまだ十分だと思えるのはやはり、この能力のお蔭か。
嘘だ。
みんなと、フレイと、ルビィのお蔭だ。
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「みんな踊り狂っちゃいなさぁい!」
フフン、街の者達を扇動して、グロちゃんにつけさせたのはアタシ。
あの子じゃ10000人も動くわけないじゃないの。
ホントバカねぇ。
声を上げるじゃなくて、命をかけて誇りを持って死ぬでもなくて。
ただ無心にゴミのように、ただただ死んでいくあの子達を見て不審に思った人は一人でも居るのかしら。
流石アタシの能力ね。
『アリスは室内へ逃げたわ。リタが暴走を始めたみたい。
……あぁら、仲間割れしてる。フランって子を先に仕留めたらいいわん』
『わかったぜ」
『御意』
さて、戦況は勝勢ね、アタシの仕事もなくなっちゃうわ。
目的もほとんど達せられたし。
『フランカレドは撃破。こいつは貰っていいか? 修行相手によさそうだ』
『あらん、その子アンタより強いわよ。トドメ刺した方がいいと思うけど』
『わかってるよ、三対一でも均衡保ってたんだ。ワクワクするじゃん』
『……勝手になさい』
全く。生かしておいていい事なんてないのに。
『あ、遅刻野郎死んだわ』
『バカだ』
『バカ』
『その場に居たティナとロゼッタは王がやってくれたわよん』
『やるな』
けど……ぅん……。
勝勢とは言ったものの、こちらもあと3人しか居ないじゃない。
グローリスが勝とうがマルキルトやギルベルやアルスが死のうが、カインがロリコンだろうがアタシにはどうでもいいの。
なんてったって今日の目的は……。
……あら? 何かしらあそこの三色光。
恐ろしい程のエネルギーを感じるわ……。
き、危険!
『気を付けて、あ』
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「ぁ……っひゅー……ひゅー……」
「起きたか? ちょっと移動してるぜ」
「……まけた。……ぐっ……もうちょっと、やさしく、はこべ……」
ここは……じょうかまち……?
くずれかけたたてもののなか。
いまてきとうにほうられたのは、くさきにつつまれたソファー。
……こいつもしかして。
「そんなカッコで戦われたら興奮しちまう。スキモノなんだろ?」
スキモノはおまえだ。
ぜんしんボロボロ。せなかからはいにあながあいてる。
みためはこども。まぁ、なかみも。そんなわたしを?
ふつうじゃない。
月高架橋をさがすが、どこにもない。
「は、ふ……ひゅー、ひゅー……」
くるしい。ずっとしなないていどにくびをしめられているようだ。
ちは……とまっている。あなはそのままだが。
しけつはどんなじょうきょうでもたたかうための、ばんのうせんしののうりょくのひとつだ。
カインのほうをみる。
ぶきをはずし、うわぎをぬいでいるようだ。
ひきしまったきんにくがあらわになり、さきほどまでのじつりょくのたかさをそのみでしめしていく。
74パーセントくらいだというひょうかをくだした。
……しかし、しかしなんとか。なんとかできないか。
わたしはアリスみたいに、ゆがみとひずみをつかうことはできない。
……いまのところは。
つまり、オーバードライブができない。
それがふつうだ。
『きんきのこ』はたしかにすくないが、それがぜんいんそんなちからをもっていたらちきゅうめつぼうもちかいだろうな。
さらには完全発揮もつかえないとなると。
わたしはとしそうおうののうりょくしかもたないただのおんなのこ。
「い、いきてかえれたら、ひゅー、ひゅー、おまえが『ようじせいあいしゃ』だってふれまわるぞ。……とうぎじょうとかで」
「……? 周知の事実だよ?」
あたまがおかしい。
こどもをまもるためのほうりつなど、どのくににでもあるだろう。
そのえんちょうで、しょじしているどれいでも16まではだいてはいけないというあんもくのりょうかいがある。
『じょうしき』といいかえてもいい。
そのじょうしきはずれをしゅうちのじじつといいきった。
じごくにおちろ。
カインは、ぬめるくすりのようなものをてにとり、わたしにぬっていく。
みずぎがはりついてふかいなきぶんだ。せめてぬがせてくれ。
そのくせじぶんはぜんらだ。それをこっちにむけるな。きしょくわるい。
はをくいしばってたえる。おわるなら、はやくおわってくれ。
めをつむっていのったしゅんかん。
ばくだいなエネルギーを感じた。
……シルキー?
すぐにとおくから、きょうりょくなけはいがふたつきえる。
グローリスと、サワフボ?
せんじょうでいしきをたもっているのはもうシルキーだけだ。
……ということは?
「……せめて一発だけでも」
「あきらめてしね」
ガッシャーン! という、もはやききあきたつきなみなはさいおんとともに、さんしょくにかがやくほのおのようせいがとびこんできた。
ひびのはいっていたまどガラスは、こなごなにくだけた。
シルキーはたぶん、さけびごえをあげた。と思う。
はやすぎてかくしんもてないけど。
カインはたぶん、40かいくらいこかんをけられた。
はやすぎてみえなかったけど。
おとこのきゅうしょにダメージをおったものは、せかいさいだいのいたみとぜつぼうをせおうことになるらしい。
1びょう1びょうがながくかんじ、いっしょうつづくようにおもえるせめくにさいなまれるとか。
のろいのようだな。
わたしは、にんげんにできうる『ふのリアクション』すべてをつめこんだようなそのダンスと、あぶらあせがうきなみだをぼろぼろながしはなみずとよだれをたれながすそのすがたをみて。
いまはなったシルキーのひっさつわざに『地獄の最下層キック』となづけた。