74. 逆転の兆し
「いいかげんねていろ!」
みねをつかい、44パーセントていどのちからであたまをきょうだする。
かがやきつづけるリタはうなりながらステップバックした。ひざをつく。
……ようやくきいてきたか。……みぎっ!
月高架橋で桜華回廊をうけとめる。こっちもがんじょうだ。
どうじにせまるナックルつかいもあいたてでいなす。
『白撃乱舞』というらしいマジックアイテム。
いちどのこうげきで4どあたるようだ。
わたしがこのこうげきをうけそこなったのはさいしょにみたいちどきりだ。
ほおとめがしらをしたたかにうったていどで、ダメージはすくない。
それに、からくりがわかってしまえばうけるのはかんたんだ。
すのーすとーむは、おなじきどうにかさねてこうげきすることができない。
うけながすときにかさねてしまえばいっぱつぶんのいりょくになる。
「まんげつざん!」
まとわりつくかたなとこぶしをふりはらいつつ、いまだせってきしてくるざんとうたちをまっぷたつにしていく。
「危ねえ! くっそ、あともうちょっとな気がするんだけどな」
かえりちが、きおんが、たいおんがあつい。
さっきからみずぎいちまいでたたかってるというのに、きつい。
アリスは、まりょくをかいふくしてオーバードライブできたのか。
みやると、アリスもグローリスもいない。
じょうくうにはいまだサワフボとかいうおとこがいすわってみえる。
てがまわらずとおしてしまった、せいそうのおとこはどうなっただろうか。
わたしがのこりすべてをとめねば、このはちきれそうなバランスはくずれるだろう。なんとしてでもうけきらねば。
ふとしせんをうつしたふゆうするかたなのつばに、ひびわれをはっけんした。
ながきにわたるせんとうでちくせきしたダメージがひょうめんかしたのか。
ねらわぬわけがない。
むかってくるとうしんをよけ、ながさがもとにもどるタイミングで月高架橋のせんたんをぶつけた。
つぼをじめんにたたきつけたようなおとがして、つかがかんぜんにばらばらになった。なかごがまるみえだ。
このダメージによってまほうてききこうがはかいされたのか。
もしくはまりょくがつきたかわからないが、ちからをうしなったようにらっかしてぴくりともうごかなくなった。
桜華回廊はなんとかなったようだ。……たぶん。
のこるは、ナックルつかいのカイン……とリタか。
しょうじきカインはてきじゃない。
とうぎじょうのしょうきんおうらしいが、なばかりだ。
しかし、ぼうぎょがかたい。
しゅんかんてきにけんをのばしてつらぬこうとしても、きどうをよまれて、けっかみぜんにふせがれてしまう。
リタも、あこうそくでうごくとはいえぼうそうじょうたいだ。
よくみてはんのうすればたいしょはふかのうではない。
ただ、もちろんだがころすわけにはいかない。
おのおののりゆうでころすことができないなら、たいりょくをけずるまで。
わたしのたいりょくもむじんぞうというわけではないが、ばんのうせんしのアビリティ、完全発揮によってつかれはたまりづらい。
……さきにリタをきぜつにおいこもう。
「おいでリタ」
「ぐる……がるるるるるるるぅ」
わたしのこえによびかけられるようにしてフラフラとたちあがったリタは、ちどりあしでむかってくる。
いっぽ、にほ、きえる。
うえだ。
そのつめのざんげきは、きどうがたんじゅんすぎだ。
たいをながすだけでわたしのとなりにちゃくちした。
おどろいたひょうじょうをみせるリタのくびすじにむかって、47パーセントくらいのちからでみねをぶつけた。
「ぎ……ぐ、ぐるる……ぅ」
いっぽずつよたよたとさがる。
ひかりがおさまっていく。
リタはそのまましりもちをついて、ねむるようにからだをよこたえた。
せつな。
「いッ……な、なにが」
わたしのみぎむねからかたながはえている。
くしくもわたしがさいしょにころしたアルスラインとおなじいち。
……やつの、さいごのいしか……。
「かっ……ひゅー、ひゅー……こきゅうが……」
いきがくるしい。完全発揮がつかえない。
……ここまでか。
「女の子を虐める趣味はないんだけど、アルスをやられてるからね」
かおににはつ。つまりはっぱつのだげきをうけたとおもったしゅんかんに、もろくもわたしののうは、いしきをてばなすこととなった。
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全身穴だらけ。
端的に言えば、私の体の状態はそれです。
それでも、なんとか、足を引きずってでも動く事はできます。
あの槍は、強かったです。
あんなシンプルな能力なのに。
私は今、敗走しています。
どこへともわからず階段を昇り、とにかく逃げる事だけを考えて。
ああ、マスター、どうしてここに居ないんですか。
みんなのピンチですよ。
そんな意味のない事を考えながら、額にかいた脂汗もそのままにひた歩く。
滴る血痕の道を残しながら、三階を行く。
あの端にあるのが、マスターの部屋。
窓の割れる音が階下から響く。
回らぬ頭ではそれが何を意味しているかわかりませんでした。
マスターの寝室をそっと開ける。
天窓は割れていました。
その真下のベッドでは包帯を巻かれたシルキーがすやすや眠っています。
地面には片づけられていないガラスの破片と、シーツの残骸。
トリアナかロズが治療をしたのでしょうか。
唐突に脳が覚醒しました。
じゃあ、さっきの窓が割れる音は……!
駆け出そうと思ったところで、足を絡ませて転んでしまいました。
絨毯に血が染み込んでいきます。
……止血だけでもせねば。
穿たれた傷は足に多く、腕には痣や打撲痕が多く残っています。
あれと戦えば誰だってこうなるでしょう。
縫い針と糸、包帯代わりのシーツ、タオル。
治療に必要なものは揃っていました。
スカートを外してタイツを破き、椅子に座って治療を始めます。
小さな傷は消毒してからタオルを当てて包帯で固定。
大きな傷は……。
天窓の素材の一部だろう短い木枠が落ちていたので、ガラスがついていない事を確認して口に咥える。
針に糸を通し、震える手で腿に視線を移す。
ギリッとその木材を、砕く勢いで噛みしめて、傷口の縫合を始めた。
暑さも相まって全身から脂汗が染み出した。
体に張り付く侍女服が不快だ。
腹部にも、足程ではないが刺し傷があったので上も脱いで治療を続ける。
歯が折れるんじゃないかと思う程、咥えた木片からギリギリと音が鳴る。
「ふっ……ふー! ふー!」
色々マスターから教わっておいてよかった、という気持ちが大きい。
警鐘を鳴らす私の神経が伝える痛みも大きいが。
……流れる汗もそのままに、考えるのはマスターの事。
痛いという気が散るのだ。
「はぁー、はぁ……はぁ……こんなもので……しょうか」
縫合と止血が終わった時、気が緩んでしまった。
血を大分失っていたのもあるだろう。
痺れが全身を巡って、それに身を委ねてしまう。
鼻がツーンとする。頭がジンジンする。
私は積んであったタオルの山に寄りかかるように、体を横たえる。
いや、こんな事をしている余裕は……。
そう思いはしたが、もはや体を動かすことは能わない。
そのまま、深い闇へと意識を投げ込み、気を失ってしまいました。
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ありす……。
ふ、ふらん?
りた……?
てぃな……。
ろず……。
反のうが、ないです。
わたしのいしきはもどりました。
さいしょに目にはいったのは、ぼろぼろのありす。
こんなになるまでたたかっていたなんて。
ゆっくり休んでください……。
ほ、ほかのみんなは……。
右目にしゅう中してじょうほうをあつめる。
ぐろーりす、さわふぼ、かいんがけんざい。
ということは。
「……まけた……です?」
はいいんは……?
せん力不足……?
……いや、じょうほうせんにまけたからじゃ、ないですか?
せんじょうに生きのこっている人が少ないのは、すて石につかわれた人が多いです。
こうか的にたたかいをすすめるために、いのちをもしょうひさせたです。
かずにさがあるば合はよくつかわれるせんぽうです。
上空のあのいちをじんどっていたら、こちらのうごきはつつぬけです。
……もう、わたしひとり……?
……思えば、たすけてもらってばっかりです。
みんな矢おもてに立って、わたしばかりうしろでみていて。
わたしもたたかえれば、まえに出て、みんなとならんで。
みんながたおれたなら、わたしもそばで……。
ああ、ますたぁ……ふれい、るびぃ……みんな……。
たすけてもらうばっかりは、もういやです。
……とけきった氷のうをそっと床によけて、ゆっくり立ち上がります。
あるけないことはないです。
左かたをおさえながら、少しずつ歩く。
まどから外を見るとそこには、よこたわるてぃなとろずが……。
「ぐろーりすが……っ!」
まどをあけ、足をかけ、とびおりる。
行かなきゃ。今行かなきゃ間に合わない。
*
『シルキー、羽がないのにどうして飛び降りた?』
「あ……」
そうです、左の羽が、折れてます。
でも、今いかないと、二人がしんでしまいます。
『あわてんぼう。やっぱりボクらがいないとダメみたいだね』
「この声は……?」
『二人の声』、それは、だれかから発せられたものじゃなくて。
ただの、わたしのきおくのよせあつめでしかなかったけれど。
『我らの力の使い方を、教えてやろう』
「……これは、ほう石から、かんじる?」
首元のだいや。そこからは、たしかなえねるぎーをかんじた。
『世界の歪みと器の歪みは違うものだ。後者を恐れるな』
「わかったです」
きこえた声は、わたしのつごうのいいほんやくにすぎないけれど。
彼女たちなら、きっとそう言っただろう言ば。
『えいしょうは、ひとことだけ』
「しってます。……いけます!」
*
わたしの左目が赤紫に燃える。右目よりももっと赤く、紅く、深く。
左羽が、根元から燃え上がる。新しい炎の羽。
今はまだ真っ逆さま。でも、着地が容易である事はすでにわかっていた。
水色と、赤と、紫。
三色のオーラに覆われた私は、グローリスとティナの間に降り立った。
今まさに赤髪少女の心臓に槍を突き立てようとしていたグローリスは、すぐさま飛んで距離を取った。
辛酸を舐めたような顔になった彼を見ながら、私は体中に湧き上がる炎のエネルギーを実感した。
この力は、そう。アリスが使っていたものと同じ。
これなら、私も戦える。
いこう、フレイ、ルビィ、ますたぁ、みんな。
「『歪んだ力と魔神の炎』」




