72. 集水落血(時価)
リタとやらが暴走していた。
あたしが二階の窓から表に出た時、とりあえずわかったのはそれだけだ。
眩いなんてもんじゃねぇ。
黄金に輝くライオン人間。
そんな感じのが四方八方に飛び、八面六臂の大立ち回りをしている。
10000人居たらしい敵側の軍がほとんど跡形も残っていない。
「……どうなってんだ? ……どうすりゃいい」
入口にはアリスと王サマっぽい奴。
階段方面には暴走するリタを相手取りながら伸びる剣を捌き続けるフラン? とやらの姿。
そこにカインとか呼ばれてた拳闘士が飛び込んできて、大混戦の様相を呈していた。
で、なんだっけ。上空? ……なんも見えねぇな。
銃器か弩砲でもあれば狙える可能性もあるが……倉庫にも屋上にもそんなもんねえ。
じゃあアリスとリタと、どっちへ行くかっつったら……どっちも無理だな。
カインが穢れて見えるけどグローリス王サマはまともだ。
しかしカインの方へ行ったらリタに巻き込まれる。
あたしの是正は大体二歩分くらいが射程だ。近寄らにゃならない。
王サマは、アリスの身体強化があっても押されるくらいだからこっち行っても足手まといにしかならねぇ……。
参った。状況が動くまで様子見か?
こういう時もどかしいぜ……。
ちょっと斥候みてぇな事でもしてみるか。情報役がいねぇんだ。
この城は四方を城壁で囲んであり、正面にはそこそこでかい扉が一つ。
そこに繋がるのは300段くらいの階段。
死体が転がりに転がって足の踏み場もない。
城内に入ったところにも死体が転がり、ここらがフランとリタの主戦場だったようだ。フランは対複数の戦闘を得意としているようで、継戦しながらザコ散らしをもこなしていたらしい。
マジかよ。最強じゃねぇか。あたしと同じくらいの身長しかねぇくせに。
今度戦い方を教えてもらおうかな。
あたしは『裏』だからそうそう機会はねぇだろうけど。
正面玄関付近にはアリスと王サマ。槍をお互いに持って睨みあっている。
お互いクリーンヒットはしてないようだが……。
アリスの奴本気が出てなさそうだな。なんでだ?
城壁付近の植え込みに潜んであたりの様子を覗っていると、泣き声?
子供が泣いているような叫び声が聞こえてきた。
この戦場に、子供?
ありえねぇ、……けどッ。
すぐに駆け出す。
母性本能じゃねえが、守ってやらねぇといけない気がした。
巻き込まれてる可能性だってある。
お祭り気分で来ちまったガキが居るかもしれねぇ。
城壁の正面玄関を出て左、声が聞こえた方を見る。
そこに居たのは。
「えぇ~~~ん! えぇ~~~ん!」
声を発していたのは鴉。その鴉は長身の男の肩に乗っていた。
四角くて高い黒赤チェックの帽子に、パリッとした動きづらそうな正装。
ズボンは黒一色。つま先が長い靴を履いている。
この出で立ち、一応知ってる。
「『痛みの』マルキルト……」
「へぇ? 私を知ってる? ……トリアナ嬢? 右手はどうしたんだい?」
コイツは、……何年前だ? あたしの主観じゃわからねぇが相当前に会った事がある。
当時の見た目とは違うからこいつが気づかないのも仕方ねぇが……。
因縁浅からぬ相手だ。
あたしはほとんど関係ねぇが、マスター達は相当恨んでいるだろう。
……まずいのと接敵しちまったな。
近寄れれば穢れがついているからどうにでもなるが、こいつの武器は確か。
「安心しなよ。ゆっくり来たのは私で最後だ。
一人二人釣って楽しもうと思ってたとこなんだよ。信じてくれよ」
マルキルトの方から爆発音が聞こえた。肩の鴉は飛び去る。
「ぐ……ッ」
「当たった。早撃ちは得意なんだ。見えなかったろ?」
何をした……? ただポケットに手を突っ込んでいるだけに見えたが、左肩からだらだらと血が流れ始めた。
穴が空いている……?
すぐに城壁に身を隠す。再び爆発音。
ちょっと待て、こいつ階段下から来たのか? リタもフランも無視して?
「出ておいでよトリアナ嬢。今日の獲物は君に決めたんだ。今決めた。
最高に美しく赤色に仕立て上げてあげるからさ、出ておいで」
相変わらずのサイコ野郎だ。
城内に逃げ込みたいところだが、中にはシルキーとロズしかいねぇし入口ではアリスが戦ってる。邪魔できないし逃げられねぇ。
なんとか近寄って消したいところだが、こっちはもう一発食らってる。
無視できない出血量だ。
武器の名称は確か、『集水落血』
出血量が増す魔法武器だったはず。
……特攻して、二、三発貰いながら消して勝ちか?
左手を構えながらダッシュで近づいて……左手……で……。
左手が上がらない。
右手はない。
『打つ手がない』とはこのことか?
「……ヤバイ」
健がブッ千切れたか? 手を向けなきゃ是正はできないぞ。
悪態をつきながら石畳を駆ける。
植え込みの隙間を隠れながら逃げる。
すぐそばを銃弾が通り抜けていった。
「ほらほら逃げないとすぐ死ぬぞ。私がつまらないから早く逃げるんだ」
うるせぇ、黙ってろ。
いたぶるのが好きだから痛みのなんて二つ名がついてるのか?
違うだろ。真剣に戦えよ。
それで困るのはあたしだけどさ。
考えろ、考えるんだ。今どういう状況だ?
アリスが王サマと戦うも劣勢。
フランがリタと剣を抑えながらカインと戦ってる。
ロゼッタはシルキーの看病。
上空にヤバイ奴。
そしてあたしがマルキルトに追われている。
「追い詰めたかな。そこの植え込みの陰に居るのはわかってる」
……本当に、ヤバイ。絶対絶命だ。
こういう時マスターならどうするよ、なんて言うよ。
『諦めるな』とかかな。
いや、『俺がなんとかしてやる』かな。
ちょっと前カッコよく別れたばっかでなんだけど、マスターに会いてぇな。
コイツだけでも倒せたらカッコいいよな。褒めてくれっかな。
……工夫してなんとか頑張ってみよう。
その為には……手が必要だな。
じゃあ、逃げるなら……あっちだ。
ロゼッタの手も借りたい。
体を小さく縮こめて走る。当たらないでくれ!
爆音が数回鳴る。幸運にも一発も当たらなかったようだ。
あたしは城の窓に向けて、石を拾って投げた。
握力はなんとか入ったから、掴んで身体を回して、離す要領だ。
なんとか飛んで行ってくれた。
窓は、大きな音を立てて割れる。
後ろでリロードのかちゃかちゃという音が鳴る。
急げ! 時間が無い!
窓ガラスの尖った部分を割り落とし、中へ飛び込む。
再び濁った、火薬のけたたましい音が頭の上を通り過ぎる。
「ぎ、ギリギリセーフ!」
なんとか城の中に戻る事に成功した。
目指すは、とりあえず三階。
マルキルトが玄関方面へ行かない事を願いながら、肩を押さえつつひた走る。
待ち伏せなどしてくれていたら、こちらから仕掛けやすいんだが。
あぁ痛てぇ! なんで治療術師とか僧侶とか雇わねえんだクソマスター!
いい加減にしろよ、とブチブチ呟きながら階段を上がる。
いや、別にそこまでキレてねぇんだ、痛みを堪える為だよ。
さっき変な音が鳴った部屋、どこだっけ。
ここか。
手が上がるギリギリの高さにあるノブをガッと引っ掴み、一気に開いてすぐさま叫ぶ。
「ロゼッタ、新手だ! 手貸してくれ!」
「ティナ、……その肩の傷っ!」
「いいから! 外まで来てるんだって!」
「20秒ください!」
ああもう!
ロゼッタは千切ったシーツとタオルと消毒液でテキパキと作業を進め、本当に20秒で仕上げてしまった。
「はい終わり!」
「痛てぇ! 叩くなよマジで!」
バシッと包帯が巻かれた肩を叩かれた。信じらんねぇ。
いやでも、治療はありがたかった。礼を言おう。
「いや、そんな事言ってる場合じゃねえ、この部屋まで来られたらお終いだ。
シルキーは動けねぇんだろ? ここ以外で決着をつけたい」
「……どう戦うんです? さっきの音からして相手は銃器でしょう……?」
あたしはそこで作戦を提示した。決まれば一撃だ。
「あたしの、是正の力を使いたい。『手を』貸してくれ」