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71. 地裂大斬(時価)

 オーバードライブを解除する。

 さっきの過剰な力はなんだったんだ?


 とっとと帰って確認したいところだが、まだ一戦が終わっただけだ。

 もどかしいぜ。


「……次フィル行けるか? 武器は要るか?」

「ん、要らないかな。適当に魔力込めて暴走させたら困るでしょ」

「そりゃそうだが……うーん。例えばこんなのどうだ?

 地面に突き立てて魔力を込めるとその量に応じた、叫ぶ植物が生えてくる」


 人の顔がついた根菜のような武器を見せる。


 『菜人咆哮(マンドレイクハウルズ)


 フィルは、うぇーとか言いながらしかめっ面をした。

 そんなに嫌か……、これでも一級品なんだけどな。


「別にその武器で戦えって言うなら戦うけど、この大陸がそのよくわかんない植物で埋め尽くされても知らないからね?」

「悪かった、代わりにこの人参長剣(ニンジンソード)をやろう。地面に突き立てて……」

「マスターの持ってる武器ってそんなんばっかりなの!?」


 失礼な。もっとこう……最強っぽい武器とかあるんだぞ。

 見ろこの地裂大斬(グランドヴァリー)を。神が大河や谷を作る時に振るったとされる……。


「それもごめんだね、加減を間違えたら星ごと真っ二つになりそうじゃん」

「そこまでか?」

「んー、試してみないとわかんないけど、試すのは怖いよ」

「まぁ、気楽にいけ。世界が壊れても、俺が買い直してやるよ」


 フィルはその言葉に、マスターったら。と返事をしながら優しい笑みを浮かべて、舞台に向かって行った。


 世界を滅ぼしうる力を持っていたら、それを形にできてしまうアイテムは、できるだけ持ちたくないもんな。

 素手で勝てるって言うなら、まぁ任せよう。




 ……って言うか殺しちゃうってわかってるし。

 ヘラヘラしててやれば、アイツも気負わなくて済むだろ。


 パックもバカだね。




---




 さて、相手はメサイア? なんとかって人。

 龍殺しはレア職だ。北の果て、ガルア地方に細々と生き残っている。


 自分で見てきたから、そりゃ知ってるよって感じだね。

 でも、そんな普通の職じゃボクには勝てない。


 ボクは世界で一番普通じゃないから。


「さて、改めて自己紹介させてもらうか。僕はメサイア=メダエンジ」

「さっき聞いたよ。なんで何回も名乗るのかな。有名人?」


 メサイアくんは眉をぴくぴくさせている。

 ああ、今生きているんだ(・・・・・・・・)この子は。

 怒っている? 気にしている? 感情を動かしている。


 可哀想だけど、これは戦いだ。


「僕の事を知らないなんて、大した冒険者じゃないね」

「別に冒険者じゃないからね。奴隷身分の混職種だよ」


 それを聞いた彼は、途端に明るい表情になって胸を張り始めた。

 それとは逆に、ボクの胸は張り裂けそうだった。


 大丈夫。誰にだって終わりは来るんだ。

 突然馬に轢かれて死んでしまう人だっている。


「メサイアは僕じゃないだけど、僕はメサイアなんだ。この湧き出る力。

 ドラゴンだって敵じゃない」

「ドラゴンは生きてるから、努力次第で倒せるだろうね」

「お前は倒せるのかよ」

「やってみないとわかんないよ」


 不毛なやり取りを経てボクは、術の準備を始めた。

 世界を改変する歪みを左手に、それを誤魔化すための魔力を右手に。




 この世は、混沌(カオス)だ。

 プラスとマイナスが半端に混じりあって形を為している。

 コーヒーとミルクを混ぜた瞬間のような、黒と白のコントラスト。


 それが泡沫になって、しゃぼん玉みたいに空中に浮いてる。

 そのイメージが、この世界だ。


 そっと、左手の掌を上に向けて口の前に持ってくる。

 そして、しゃぼん玉に新たな命を与えるかのように、息を吹き込んだ。


 濡れた右手でそっと、しゃぼん玉を撫でる。

 割れないように、心と言う名の魔力を込めて。




「君の勝ちはもう、なくなった」

「なに? これを食らってもそんな事言えるのか?」


 メサイアは手に持った剣で十字にボクを薙いだ。

 ボクの体が四つに分かれる。


「どう? 納得した?」

「……死んでない? なぜ」


 更に攻撃を続けられる。それこそボクが細切れになるまで。

 辺りの景色を見ればすぐに、おかしいって気づくだろうに。


「はぁ……はぁ……なんで、いや、ここは、どこだ?」

「ここはねぇ、しゃぼん玉の中のしゃぼん玉の、中の世界」

「え……?」


 僕たちは、しゃぼん玉の外表面に立って生きている。

 しゃぼん玉に歪みが発生すれば、それを正す為の存在が動き始めるんだ。

 その歪みは魔力によって直される。


 ティナみたいに切り取って塞いだり、リザンテラみたいに元に戻したり。

 マスターみたいに力で殺すだけでも是正にはなるようだよ。


 そうしてこうして、どうにかこうにかこの世界は保たれている。


「君の敗因はね、概念使い(コンセプティスト)を知らなかった事かな」


 連中との戦闘経験が一度でもあれば、対策の練り様はあったかもね。

 まぁその一回で大概死んじゃうんだけどさ。


 僕の体は元に戻っていく。

 彼は膝をついて、敗北を悟ったようだ。


 無限に広がる白い石畳。

 さっきと同じなのは、床の見た目だけ。

 空はいつの間にか晴れ、青白い空がどこまでも続いていく。


「僕は、ここから出られるのか」

「無理。ついでに、君が死ぬまでこの世界は壊れない。

 君は、しゃぼん玉の中に入ったしゃぼん玉の、更に中に入った虫を生きたまま外に……それもしゃぼん玉を割らずに出せるかい?」


 それができる人もたまにいるし、同じようにここから出られる人も居る。

 メサイアくんはそうじゃなかったみたいだけど。


「じゃ、せめて終わりの刻まで……お話しよっか」

「……」

君も殺す気だった(・・・・・・・・)でしょ。

 ボクにはこれしかできないからさ……そんな顔しないの」


 メサイアの外見は大人っぽかったけど、中身はどうも子供みたいだ。

 顔をぐしゃぐしゃにして泣き始めた。


 ただ殺すよりお互い残酷な、命の結末。

 ただ看取るより悲しく苦しい、生命の終末。


「君の事、教えてくれないかな。元の世界にはもう戻れないけど。

 君が死ぬまでボクが居るから、話し相手になるから。泣かないで」


 虫のいい事を言ってるとは思ったけど、命の取り合いは戦いの摂理。


 命を取った者が取られた者の死体を丁重に弔うのも。

 乱雑に積み上げるのも。

 優しく声をかけて泣きながら思い出を語るのも。


 勝者の権利なんだ。


 人の命を勝手に売買できる『あの世界』で、可哀想だの思っちゃいけない。

 でも、死ぬ事が決まった人に対して優しくしないのなんて、無理だよ。


「……横、座ってもいいかい」

「……」


 メサイアと名乗った少年は、それからぽつぽつと語り始めた。


 この名前は、本当は兄の名前である事。

 模倣の術を練り上げていたら、いつの間にかほとんど本人になっていた事。

 行方不明になった兄の代わりに、世界を股にかけて旅し、活躍していた事。

 そうしていれば、いつか本当の兄が怒って姿を現すんじゃないかと。

 そう思っていた事。


 そして、本当の名前。


「僕は、メビウス=メダエンジって言うんだ」

「……表裏一体(メビウス)かぁ。不思議な名前だね」


 そう言われたのは初めてだよ、と、安堵と悔しさと悲しみと苦しさが綯交ぜになったような表情で、鼻水を垂らしながら再び泣き始めた。


 フィルの胸中はぐしゃぐしゃに潰れているかのようだったが、それでも話を続けた。


「……ボクの話も聞いてくれる?」

「……ウン」

「そう、じゃあちょっと語るよ。

 あれは……そうだね、2030年くらい前だったかな……」




---




「うん。自殺を止める権利はボクにはない。悲しかったけど」


 これが戦いなんだよね。とフィルは続けた。

 ああ、死ぬのはしょうがない。それが戦いなんだ。


 結局、どれくらい中に居たんだ? と聞くと。


「体感だと5日くらい? こっちだと10秒くらいだったでしょ?」

「そうだなぁ。二人とも居なくなった時点で両者敗北って宣言されたけど」

「……仕方ないよ、あの子だけ入れるのは……」

「……次善の策だったな」


 勝利にはなるだろうけどどちらにせよカシューは戦闘しなければならない。

 そうなれば、勝ちなら終了だし負けても俺で決着だろう。


 それなら、フィルは敗北でもいい。カシューが負けなら残るは俺だけ。

 全勝できる。

 カシューが勝てば俺があと一回勝って終わり。


 メビウスが、納得して死ねたならそれは救いだ。

 彼自身にとっても、フィルにとっても。


 ただ、敵の生死に関しては俺に言わせてもらえば。

 ぶっちゃけどうでもいい。俺自身一回死んだ事あるし。


 フランを仲間にした時にも思ったが、才能あるものが無駄に命を散らすのは我慢ならねえ。

 けど、俺らに害成す者なら容赦はしない。

 殺すこともするさ。


 ああ、俺はとっくに普通の倫理観なんぞ捨てちまったんだ。


 こればっかりは最悪でもなんでもねえ。


 ……パックが意気揚々と近寄ってくる。

 気持ち悪いな。なんか企んでる目だ。


「そっちはよォ、もうその料理人しかいねえよな?」

「俺でもいいなら俺が出るが」

「料理人の相手は、この俺だ」


 ……お前。


「大将じゃねえのかよ」

「……サイッテーだね」


 何とでも言うがいいとか言って舞台に上がるパック。

 フィル、カシューの武器に魔力をありったけ注いでくれ。


「合点承知、……ありったけだとまずいからアリスの倍くらいで留めとくよ」


 さ、カシュー。準備はできた。全部消し飛ばしてこい。

 と言いながら舞台の方を見ると、杖を構えこちらに向かって駆けてくるパックの姿が。

 こ、こいつは、掛け声もなしに。


「最低どころか常識もねーのかよ!」

「最低! ホントに最低だ!!」


 カシューは舌打ちしながら舞台上を転がって回避した。




 世にも最低な戦いの幕開けがあった。

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