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69. 憎悪の地蛇(時価)

『近衛兵にしては君結構強そうだな、その全身鎧とか。

 今時顔まで隠す人そう居ないぜ?』

『マスター、どうしましょう』

『んー、余裕あるし、拒絶追放(リジェクト)かな?」


 そんな会話を思い出す。


 あの時俺は父の横にいて、何もできないまま転移の魔法のような秘術を食らって、飛ばされてしまった。

 目が覚め気づいた時には、アトラタから100キロメートルは離れた、名もなき海岸に居た。

 戻った時にはもはや、父は行方不明だった。


 それが、悔しかったのだ。

 

 俺は戴冠後すぐにマスター=サージェントの行方を調べ、奴の弱点を探っているイージスの協力を得て籠絡部隊を作った。

 レクティフィアーの部隊長に13人を託し、俺は全てを任せた。


 ズバリ。マスターは、女に弱い。

 私財を投げ打って、マジックアイテムを買い揃えた。

 どれもこれも一級品だった。

 それを惜しげもなく籠絡部隊に持たせたのだ。


 失敗だった。


 彼女らは一人たりとも帰ってくる事はなかった。

 私は頭を抱え、嘆き、苦しんだ。


 不幸は続く。

 ある日、私が不在の時に限って突然マスターが現れたらしい。

 金貨75万枚で城を買うと。

 拒否権はないと言われ、売り渡してしまったのだ。


 私は父も、金も、人材の一部も、城もなくしてしまった。

 金はまぁ、城の代金として戻ってきはしたが。



 しかし、色々失って逆に腹が据わった。



 俺は、マスターへ、マスターの仲間へ、どうしても一矢報いたい。

 あれは、どうしようもなく強大な悪だ。


 正義になりたいなどとは思わない。その意味もない。

 あの最悪を、思い通りに行かせたくない。精一杯の邪魔をしてやりたい。


 命を賭してでも。


 城の返還勧告をした。

 もちろん聞き届けられるとは思っていなかった。


 ありったけの人員と市民を集めた。


『国の象徴、アトラタ城が乗っ取られた。命知らずな協力者を求む』


 その声に集まったのはなんと10000人。

 アトラタ闘技場勝利数一位の男、拳闘士カインすら来てくれた。


 更に僥倖なのは、マスターが不在だと言う事だ。

 奴が帰ってきた時大事な奴隷たちが全員屍になっていたら、どんな顔をするだろうか。


 想像するだけで愉快な気分になる。

 それを成し遂げるために、蹂躙して、殺戮して、滅却しなければならない。


 俺自ら出る。

 例え死んでも。




*




「……なんでリジェクトされないんですか?」

「……」


 これは、多分耐性だ。

 もう飛ばされないようにと、外部の者から力を授かったかのような。


 よく覚えていないが、誰かから『もう来るな』と言われた気がする。


「……教える義理はないな」

「ご尤も……」


 メイドは、身のこなしが鈍っている。呼吸が少し荒い。

 丈に合わぬ大魔法を使ったからだろうか。


 憎悪の地蛇(ニーズヘッグ)を使うまでもなさそうだな。

 手元で玩んでいた、赤緑黒が斑になった槍の柄が、からりと地面を鳴らす。


「……出ろ、千年華の槍(アスフォデルス)


 詠唱にも覇気がない。

 気は抜くな。その命を刈り取るまで、俺は絶対油断しない。


 槍身は白、柄は焦げ茶色。能力は無さそうだ。


 少しずつ詰め寄る。

 狙いは、急所。


 一瞬で終わらせてやる。


 顔面を貫くように、全力で槍を振り抜く。

 やった。……と思った。


 メイドは一瞬だけ俊敏な動きになり、頭蓋を刺し貫くはずだった槍撃は頬を掠めるに留まった。


 カウンターが来る。身を捻りながらニーズヘッグを振り上げて、石突付近の柄で受ける。

 どうせ木製の……。


 ザクッと、木製槍の先端が金属製のニーズヘッグに刺さった。


「……何?」


 体勢を整えるその場ステップ、距離を取るバックステップ、バック転。


 唖然とする俺から距離を取るように、先程までの憔悴はどこへ行ったのか。

 軽やかな動きで10歩分ほど空けられた。


「ぷはっ、はぁ、はぁ。……これでもうちょっとだけ戦えます」

「……」


 今何をされた?

 金属に刺さるはずがない、木でできた槍が確かに……。

 ニーズヘッグに目をやると、刺された部分には穴が空いていなかった。

 ……魔力を吸われたのか?


「……何をした?」


 目の前のメイドは、余裕そうな顔を取り戻してこう言った。 



「教える義理は、ないですね」




*




 おかしい。

 俺はどんどん狂っていく。

 どんどん力は増しているはずのに、どこからか力が抜けていく。


 それでも有り余るほど、歪みから魔力が湧き出してくる。


 だが思考が溶け消え、そんな事すら考えられなくなってきた。

 別に何を仕掛けて来ようが、小細工をされようが、どうでもいい。


「がぅ……」


 俺はただ暴れるだけだ。

 アルスなんとかと名乗った長剣使いをなんとなく視界に入れつつ、雑魚をバラバラにしていく。


 対多ならまだしも、味方を巻き込みかねないと言うのにあの長刀を選ぶセンスはどうかしていると思ったが。

 まぁお互い様だよな。頭がおかしくなってるのは。


「がるるぅ……」


 爪が、何者かに止められた。

 誰だ、気持ちよくなってるって言うのに。


 こんな手甲くらい本当なら真っ二つにできると言うのに。


「誰だ!? ぐるるるるるる……ぐあぁ!」


 裂けない。爪が入って行かない。

 なんで?




*




 おかしい。

 え、なんでこんな黄金のライオンみたいになってるんだ俺。

 めちゃめちゃ光ってる。リタの奴大丈夫か?


 シラセの動きがまるでスローモーションに見えるぜ。

 前借りた時はもっと、動きやすい程度でしかなかったように思えるが……。


「マスター眩しい! 全然見えないよ!」

「悪りぃ! ちょっと我慢してくれ!」


 リタになんかあったのか? 確認する方法はないが心配になってきた。

 とっとと片づけるしかないか。


「場外とかってありか?」

「結界内なら追えるから実質なしだ。逃げられてもつまらんからよォ?」

「べらべら雑談してるとか余裕っすね!」


 実質なしって事は、実際はありなんだろ。

 ……シラセが超遅い。一歩、二歩。……早くこいよ。


 こんなバカみたいに光り輝いてる俺に臆せず突っ込んでくるとは大したもんだが、こうなった俺に敵はねえな。


 骨喰いが読みづらい軌道で襲い掛かってくる。

 あぁ、この剣ってこんな動きをしてたんだ。

 撓んでるせいで避けづらかったんだな。


 ゆっくり進む刃を潜り抜け、万象無碍を振るって全力で上空に打ち上げた。


「ぐ、……へ、ぇぇええええええ!?」

「たーまやー」


 あんだけでっかい結界に、物理耐性なんぞ積んでないだろと高をくくって、フライを打ち上げてみた。

 降りしきる雨の中をぶっ飛んでいくシラセは、遥か上空で結界を突き抜けた。


「文句ないだろ?」

「……シラセの負けだ」


 あそこから落ちたら、普通の奴ならまず命はないだろうが……まぁシラセだから受けなくてもなんとか着地するだろ。


「あああああああクッションお願いできないっすかああぁぁぁああああ!?」


 あんなに離れているというのに鼓膜が破れそうなほどの大声が聞こえる。

 クッションに落ちても水に落ちても地面に落ちてもダメージはほとんど変わらんと思うけどな……。


 とりあえず、お望み通りシルクの布団を2.3枚適当に敷いてやった。

 シラセはその布団と布団の丁度隙間に、爆音を上げて落下した。


「あーあー、隕石落ちたみたいになってるぜ」

「……マスター、そーじゃねぇっす……」


 ボロボロになった傭兵姿を見て、流石に頑丈にも程があるだろ、と思った。

 そのまま彼女は気絶したので。


「……場外と気絶で2勝になんねえ?」

「なんねえよバカ!」


 聞いてみたが、ダメだった。



 パックのドケチ野郎め。

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