68. 桜華回廊(時価)
石畳を張っただけの粗末な闘技場。
一応四隅には飾りのついた柱が立っているけれど、天井はない。
ちょっと飾りっ気なさすぎるかな。
そこに、向かい立つはマスターと、シラセ。
「……口約束だが、俺らは休戦協定を結んでいたよな」
「……覚えてないっすね」
マスターは、多く戦える初戦から出ると言った。
その結果、シラセさんとかち合っちゃった。
……味方ってわけじゃないんだよね。用心棒だもん。
「あー。俺に勝てると思ってるのか?」
「……まぁ無理っしょ。んでも、戦わなきゃならない時ってあるもんすよ」
よしじゃあ適当に始めろ、とパックは軽く声をかけた。
それを無視してマスターは言葉を続ける。できれば戦いたくないみたい。
「どーしてもか。金なら出すからこっちにつかねえか?」
「それはかなり魅力的なんすけど、ちょっとパックには逆らえないんすよ」
弱みを握られてるんだね。最強の用心棒にもそういうのあるんだ。
パックは本当に最低だから、早いところなんとかしてあげたいな。
「……そうか。もう始まってるのか?」
「とっくに、っすよ!」
シラセは骨喰いを打ち振るって、マスターに斬りかかった。
「参ったね、殺す手はいっぱいあるのに」
「遠慮は要らないから全力で来いっす!」
行くもんかよ、と続けざまに返答したマスターは、盾を出して斬撃を防ぎます。手に持って防御しないのは、付与された概念攻撃や能力が怖いから。
ガラスを切る時のような音が響いた。
骨喰いが盾の数々を引き裂いていく。
「本当にお前規格外だよな。奴隷にしてやってもいいって言ってるんだが」
「一生誰かの下に居るつもりはないっしょ。うちはうちの幸せを掴みたい」
マスターは透明な板が手持ち部分から繋がった、なんとも不格好な鈍器を、両手で持って構えていた。
それはマスター自身も数回しか取り出した事のないスペシャルグレードマジックアイテム。
『万象無碍』
「……『わからん殺し』って、意味わかるか?」
「…………返答に困るっすね、無回答でいいっすか」
この二人は、たまによくわからないところで通じ合っているとボクは思う。
気づくと一緒に居る親友とか。そんな感じに思える。
少しだけ嫉妬心を抱くけど、ボクはそんな感じになりたいわけじゃない。
生涯を共にし、共に添い遂げる、伴侶のうちの一人でいい。
ボクはそこで、思考に沈みそうな頭を振って戦闘を見る事にした。
マスターは、その透明な板を打ち振るう。
シラセはそれを骨喰いで受け止めようとした。
マスターの板が、受け止められたという結果を『残した上で』マスターの打撃は骨喰いを通り抜けてシラセの頭に当たった。
「ぐあッ!」
「これで気絶するとは思えないが、とりあえず一撃だ」
残影のように分身した二人のマスターが、ブレながら一つに戻る。
追撃とばかりに空気弾が額や顎を狙って弾ける。
更には口元の酸素を買い取ったらしい。
シラセの意識は一瞬途切れた。
「……まだまだッ!」
「頑張るなぁ……今気絶したでしょ? ノーカン?」
すぐ起きたらノーカウントみたい。
酸素を買うのはいいんだけど、それを吸う事になるのはマスターだからあんまり使わないで欲しいんだよね。
城壁の上に目をやる。
ニヤケ面のパックとメサイア。残り二人は無表情。
こんな戦い、なんの意味があるのかな。
「とりあえず、なんとなく種はわかったっす。もう通用しないっすよ」
「……わからん殺しは通じずか」
大陸の結界と石棺の結界で金銭術のほとんど全てが封印されてるこの状況で、まともに正面切って戦わないといけないのは、キツイね。
それより初戦、手の内知ったるシラセが相手だからいいものの、次のボクが誰と戦うのか。今のうちに覚悟を決めておかないと……。
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「伸びるだけの剣など恐るるに足りん! 我が剣は自在に動く。その名も……」
まがるだけでじざいとは、かたはらいたいな。
わがけんはのびるだけだが、そののうりょくはかんぜんにつかいこなしている。
ちけいへのダメージをこうりょにいれなければ、どんなきょりでもさしうがつことができる。
ほんのすこしのスキがあれば。
こんなふうに。
「な、なにっ!」
「よゆうというのは、まけるかくごとしぬつもりがないかぎりしてはならない」
ましてやかいせつをするなど。
みぎわきばらにつきささったむーんばいあだくとは、あばらのすきまをぬけて、じんたいからせかいへとときはなたれた。
かなりのりょうのしゅっけつと、はいふのせつだんダメージがある。
これではけいせんふかのうだろうな。
「ここが、俺の命の使いどころか。死ぬ覚悟なら、とうに」
「なら、おとなしくしぬがいい」
しょうらいゆうぼうそうな、ちからあるわかものだった。
いかしてかえすつもりではあったが……。
そのつもりならばしかたなし。
ささげてくれようしにばなを。
「ししてはなみをさかすべし。かかれ! 月高架橋!」
「後は任せたぜみんな、それと、桜華回廊」
しんぞうをえぐる。このかんしょくは、きらいじゃない。
おうかかいろうとめいがきざまれたそのこくけんは、らせんかいだんのようなきどうでわたしをねらった。
たんじゅん。かるくよけた。
つもりが。
「い、たッ」
みぎうでにふかぶかとつきささった。
ほねでとまったようだが、じんじょうではないのびとまがりをした。
これがなんどもくるようならきけんだったな。
つかがこちらにせまるように、こくけんがちぢんでくる。
もとのながさになったのをみはからって、はをくいしばりながらうでからけんをぬいた。
ぬいたけんが、かいてんをはじめてふゆうした。
……そういうやつか。
しゅじんがししたのちに、ちからをもつまけん。
やどぬしのまりょくにねをはって、それがつきるまでさきつづけるおうか。
……いいだろう。おまえのしにばなは、わたしがひろおう。
はなはさくらぎひとはぶし。さくらのながつくかたなは、たたかうもののあこがれ。
せめてうつくしく、まいちるおうかのように。
「フランカレド、いざまいる」