67. 消し飛ばすもの(時価)
今頃みんな何やってるんだろうな、ちゃんと留守番してるかな。
俺たち三人は今パックが占拠しているライトーン城を目指して歩いている。
階段を上りきったら、門が見えてくるはずだ。
とにかく今は上って登って進むだけだ。
この城は、パックが金を支払って買ったわけではないようだ。
突然現れ、少人数で攻城され、あっという間に落とされたらしい。
そりゃ商人のやる事じゃねーよ。戦国時代かよ。
最低だな。
「そう、中でも黄金の軽鎧を着た男、『暁の』ギャランクは戦神の如き強さだったと言う」
「そーか、アイツも通り名を持つようになったか」
「知り合いか?」
知り合いも何も、同級生だよ。
二度と会いたくない人間筆頭だけどな。
何かにつけて勝負だ勝負だと喧嘩を売ってきた鬱陶しい奴。
というのが俺の評価なのだが。
理由があったのかもな。あそこまで俺に拘った理由が。
「そこらに落ちている物質を拾って投げる、投擲術が奴の十八番だ。
何もない時や空中では金貨を飛ばしてくる。
逆光だと、防具も武器も金色だからほぼ全く見えなくなる」
「職種は?」
「戦士……かなぁ。戦闘術学科に居たし歪んでねえから」
正確な人数とかわからないのか?
パックとギャランクとトクスの3バカは居るとして。
あとひとりふたりは最低居るだろ?
俺だったら錬金術師は連れて行く。
現地人を仲間にした場合のことを考えて、ナトリウムによる攻撃を防ぐ為に。
あとは? 癒術師?
お、城門が見えてきたぞ。
門の上に数人人影が見える。そのうち三人は予想通り。
あとは錬金術師と癒術師か?
……違った。
「……マスターじゃねっすか」
「シラセ……」
城壁に並び立つのは五人。
中央にパック。左右にギャランクとトクス。
ギャランクは黄金の軽鎧姿に、手甲をつけている。
恐らく金貨が仕込まれているんじゃないか。
トクスは背の低い、丸眼鏡をかけた女性。
魔法使いだ。ぐしゃぐしゃに折れ曲がった深緑色の帽子でその毒沼のような髪色を深く深く隠して被る。
そして右端にはシラセ。
死ぬタマじゃないとは思っていたが……正直予想外だ。
予想外ついでに左端の奴。
なんでお前がそこに。
「お、マスター、僕を見て驚いているね。成功だ。
驚いてるなら名乗っちゃおうかな。僕の名前はメサイア=メダエンジ。
龍殺しを生業にしてるよ」
俺は急いで手元のブロマイドカードを確認する。
……あった。メサイア=メダエンジのカード。
じゃあ、じゃあ……あそこに居るのは。
「おやおや、僕のカードがそこにあるのかい。……まぁ面白いからしばらくこのままでいるよ」
コピー系か強奪系か再現系か。概念系かもしれねえな。
こいつら全員を相手取って戦う事になるのか? フィルと二人きりで。
ちょっとしんどいんじゃないか。
とか思っていたら、背後で巨大な石棺のようなものがせり上がって行くのが見えた。
は? ちょ、これ、退路を断たれたぞ。
漫画とかでよく見たヤツだ。
急いで所有権を購入する事を試みたが、そりゃ勿論なんらかの対策はしてあるよな。
買おうとした俺の金貨は飛び散った。
「……私も帰れなくなったのか?」
「悪りぃな……なんとかしてやるから待っててくれ」
そのセリフを聞いたパックは、意地の悪い笑みを浮かべる。
「そう易々帰れると思っているのか? お前らはもはや俺の手の中だ」
「何が言いたい? ってか何がしたいんだ。お前はいつも意味不明なんだよ」
意味不明か、なら説明してやる!
とパックはポーズを取りながら言葉を続けた。
格好つけているようだが動きが気持ち悪い。
「今から俺たちとお前たちは一人ずつ前に出て戦闘を行う。
契約者の誓いを使ってバトルフィールドを作り戦う事になるのだ」
あーはいはい、5対2なら有利って事ね。わかってるよ。
「そして、敗北すれば退場。敗北条件は気絶か死亡のみ」
楽勝だな。俺1人居たら十分だ。
「1戦ごとに戦闘者を交代。こちらは5人。そちらは3人。ローテーションで闘技者を決めてもらう」
「3人? カシューは戦えねえから数に入れんじゃねえ」
「先に3勝した方が勝ち。引き分けになったらどちらにも勝ち点は入らない
そのままローテーションだけする」
おい。聞けよ。部外者を巻き込むな。
カシューは青ざめている。……本当に悪かった。
「なぁ……殺されやしないだろ……流石に」
「確かな事は言えねえけど……どちらにせよここでパックを殺せなきゃカロン族は死んだも同然だろ。……こうなっちまったらもう腹くくれ」
いざとなったら異次元倉庫に格納して……。
……開かない。
異次元倉庫が開かない。開いても武器一本分の大きさだ。
こりゃ、困った。
『退路を断つ』マジックアイテムかなんかか?
青くなりつつも決意的な顔になったカシューに向かって言うのもなんだ。
しかし、現状は把握して貰わねば困る。
「……倉庫が開かない。小さいモノなら出し入れできそうだが」
「武器を出してくれ。『戦えない』というのは『戦わない』理由にはならない。そして、戦う手段を持たずに戦場に立つのは違うと思うんだ」
そう来たか。もう戦う覚悟は決めたんだな。
じゃあ、これを使うがいい。
無銘のシンプルな刀を取り出し渡した。
「この刀は?」
「消し飛ばすものというらしい」
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潰れたトリアナの首が転がった。
私は何が起きたのかわからなかった。私と戦っていたんだろアンタは。
「殺せる時に殺す。チャンスを逃したら二度と来ないかもしれない。
汚いと罵られようと、それしか手段がないのなら執りつづけるだけだ」
まぁそれはそうだ。しかし……。
言い方はとても、すごく悪いが、殺されたのがトリアナでよかった。
他のみんなは助かったんだ。
他の生き返れない者が死んだなら、私も自暴自棄になっていただろう。
そんなでは一瞬たりとも生き延びる事はできなかったはずだ。
それだけは言える。
早くも歪みによって、トリアナの首は繋がり始めている。体が縮んでいく。
彼女が生き返るまでの時間を私が稼がねばならない。
しかし、そちらに目をやらせずに時間を稼ぐのは至難の業だ。
それこそ命懸けだ。
しかし、今トリアナを攻撃されたら、多分ティナも死ぬだろう。
私の安全を取って二人を見殺しにするか、私が死ぬか、どちらかを選べと言われたなら……もちろん答えは。
「はぁああぁぁあああ!!」
「よく当たるものだ。感嘆に値するが、その武器の効果に依るものか?」
細剣を振る度に必ずギルベルの体を掠める。
直撃こそしないものの、確実に出血はある。
相手の質問に答える義理はない。集中させなければより良い。
あと数秒、稼げればいい。視界に入れてもいい。
ティナの死体を背にして細剣を片手で持ち顔の横に構えた。
「プレインワールド家一子相伝、蒼野の流れ」
音を立てて風が走りぬける。
旗が靡くならば綺麗に広がるであろうその強風を受けて、私は心地よさをも感じていた。
壁にかかるランタンが消える。
昼間だと言うのに地下道のように暗くなる。
それを機と見たか、猛然と襲い掛かる鈍器を持った巨体。
棘つきの球体に、そっと細剣を回転させながら添えて受け、横に通す。
流れるような動きで回転しながら脇腹と首筋を掻っ捌く。
極めていない奥義の一つを使ってしまったというのは至らない自分への戒めになりつつ。
それでも技を通して自分の助けになってくれた父親への感謝があった。
更に、もう一つミッションを成し遂げたのだ。
「まーた起きてすぐきったねえ奴をやる事になんのかよクソマスター」
「ティナって言いましたっけ、ロゼッタです。マスターの奴隷の一人」
「おお? 初めましてか?」
そうだな、直接の面識はないな。
でも、説明は後。
「詳しくは省くが、こいつらはマスターが金を出して買った城を、逆恨みで取り戻そうとしている。こちらの戦力6人相手に1万人を連れてくる外道」
「そりゃー……腕の2本や3本消されても文句は言えねえな」
「勝手な事をっ……」
もうすでに腕が2本ともありません。鈍器は地面に落ちました。
ティナは私の前に立ち、ずり落ちそうなドレスを押さえながらこう言った。
「あたしの前に立って五体満足でいられた卑怯な穢れ野郎はいねえ」
私もいつか、こんな啖呵が切れるようになりたいものです。