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66. 水酸化ナトリウムと塩酸(作り放題)

 止まない雨は無いんだ。とかなんとか言った奴、出てこい。

 どうなってんだ。このペースで降り続けば水害どころの騒ぎじゃねーぞ。


 その上障壁があるせいで扉が大陸跨いで繋がらねーし。

 参ったぜ……。




 ……と、思うだろ?


 この状況を打破し、一発で解決するシンプルな手段が、一つある。

 それはな。


「パックをぶちのめして普通に帰る」

「しかないかぁ。向こう何人用意してきてるかわかんないけど」


 まぁあんな最低野郎に俺が負けるわけねえ。

 アリス達が居なくてもどーにでもなる。


「屋台、水没しちまうし一旦避難するか? 店主さん」

「……どうやってだ?」

「こう」


 ぱっと視界が異次元倉庫に切り替わる。

 水滴や泥だけ集めて吐きだして終了。


「なっ。どこ、どこだここは?」

「俺の腹の中」


 ……またそういう事言う、って顔してるなフィル。

 何事も俺のペースで進まなきゃ嫌だ。

 お茶らけるくらいいいだろ。


「どういうつもりだ」

「どうもこうも。お友達になってほしいなと思って」

「……」


 灰髪店主はあたりを見回す。

 ごめんなごちゃごちゃで。剣の山とか使い古しの馬車とかそのまんま。

 あまつさえダイヤモンドの山とかあるしな。


「まぁこんな部屋に入れちまったのは、屋台が入るのはここしかなかったからだ。他の部屋も案内するよ」

「……部外者もいいとこなのによく入れるよマスターは……」

「落ち着かないぞ……もし戦闘となったら私は溶解液をそこらにまき散らすくらいはするからな」


 それは勘弁してほしいな……溶解液ってアレだろ。

 こいつらナトリウムを使うんだから……。


 水酸化ナトリウム。


 両性金属でできた武器防具は溶けるな……そんなにないか。

 亜鉛とかアルミ製の武器とか聞いたことねえし。


 革製の防具……うーん、濃度にも依るけど大丈夫だろう。


 直接引っ被ったら痛いじゃ済まないだろうけど、倉庫内なら操れるだろうから平気か。

 恐るるに足りんね。


 あ、絨毯。ちょっと高い奴あるからここに突然ぶちまけられたら嫌かも。


 それは困るなー。恐いなー。

 念のため塩酸でも用意しとくか。えーとHClだから、塩素と水素ね。

 海水からいくらでも作れるんだよな。便利だな海水。

 しかし塩酸か。


 ルードダンジョン地下58階で一つ目巨人にぶっ放したのを思い出すな。


 作ったこいつはマクロボックスにしまっておこう。

 ……マクロでもなんでもないって思われるかもしれねえが、マクロは組むものだ。元素も組成だから組むもんだ。同じだろ? いーんだよ適当で。


「あー、いつまでも店主じゃなんだ。名前を教えちゃくれねーか。

 これからちょくちょくこっち側に来るつもりだし」

「カシュー。辛みの(スパイシー)カシューって言われてる」


 お、名乗ってくれた。


「通り名があるのか! 商売人としてはそこそこ以上って事だな。

 俺も改めて名乗ろーか。『最悪の』マスター=サージェント。よろしくな」

「ボクはフィル。フィル=フォーリン。よろしくね」


 友好の証に右手を出してみたが、反応はない。

 フィルと視線が合ったので、フィルと握手する。意味はない。

 赤髪の彼女に、にへへと照れ隠しの笑いを向けられた。


「友好の証ってやつだ。どうだお前も?」

「……別にしてやっても構わないが」


 そこまでの肩入れをするつもりはないぞ。と続きそうな声色だ。

 別に構わない。道案内とかそれくらいの事はしてもらうつもりだが。


 ぐっと握ったその手は、料理人らしく熱を感じた。

 カシューは、少しだけ顔を赤らめた。

 こういうの初めてか。いや、男が初めてなのかもしれない?


「さ、じゃあパックんとこ向かうか」

「……屋台は」

豪雨が止んだら(・・・・・・・)出してやるよ。あのままじゃぶっ壊れちまうだろ」


 まぁ豪雨が止むのはパックを倒した後だから、それまで付き合ってもらうとしよう。


「こんなかわいい子なのにマスター、がつがつしてないね」

「やめろよ人をそんな節操無いみたいに」

「実際節操ないでしょ」


 ……うるせえ!




---




「……人海戦術とはよく言ったものですが」


 城の外に広がっていたのは、人の海。

 アトラタ国民? 国軍? 凡そ1万。


「マスターももうちょっと相手選んで喧嘩売ってほしいものですわね」

「結果的に尻拭いをさせられる事になるとはお笑いだな。俺は構わないが」


 リタはやる気満々ですか。

 ……指揮は私とシルキーが執るしかなさそうですね。


「トリアナとロズは中に居てください。外で歪みが出てしまった時、ティナに代わるかどうかは貴女に任せます」

「わかりましたわ」

「……承知しました」


 とりあえず、対多数に向かない二人は引かせておきます。


「リタとフランは斬り込んで数を減らしてください。リタがメイン、フランはサポート。これを忘れずに」

「わかった。暴れればいいんだなっ!」

「そうだな、ただしいはんだんだ。まかせて」


 そして私はシルキーを守りつつ共有で情報伝達及び……。


「司令塔を拒絶追放するか、オーバードライブして戦うかはその場で判断します。厳しくなったら城を捨てて逃げる覚悟をしてください」

「りょーかい! かくらんするです!」


 こうして、10000対6の籠城戦が始まりました。


 ……6どころじゃないですね、まともに前線に出て戦えるのはリタとフランと私くらいしか居ませんので。




*




「かかれ! 月高架橋(むーんばいあだくと)!」


 地上に半月が輝いた。

 階段を上りつつあった雑兵600人程度がその一閃で命を散らした。

 手練れは飛び上がったり這い蹲ってどうにか回避したが、その数は死んだ者の1割にも満たない。


「死を恐れるな。城を盗られた悔しさを思い出せ!」

「マスターも煽り過ぎだ。自分のケツくらい自分で持て!」


 リタが飛び込んで乱れ舞う。

 撫でられただけに見える武装兵たちがあっという間になます切りになる。


 魔法武器にも種族特性にも頼らず、滅茶苦茶な身体能力だけで戦っている。

 地面を這い、血に塗れ、土に汚れ、その姿はどんどん獣染みていく。


「もっとだ! もっと、もっと堕としてくれ! ぐるるるるる……」


 リタはどんどん殺戮の輪を広げていく。徐々に加速しながら。


「コイツが一番ヤバそうだな。僕が見よう」

「カイン、大丈夫か?」

「死んだらその時だ」


 左手に手甲付の、肩まで一体化している盾。

 右手には白銀色のナックルダスター。


 彼の名前は拳闘士カイン。アトラタの闘技場で賞金を稼ぐプロの闘技者だ。


「任せる! 俺はあっちの超長い剣をやる」


 そう言った彼も2メートル近い長剣を持っている。

 その剣は、鞘ではなく蝋で刃を覆ってあった。


 剣士アルスライン。グローリスに傭兵として雇われてきた。


 二人とも勝手知ったる仲である。

 アトラタの出身という事で、国が戦争をする時には共に駆り出され、共に戦場を駆けてきたのだ。


 彼らの仲間はもう一人居る。




*




「……ええと?」

「ギルベルだ、トリアナ元王女」


 口元を耳まで隠す穴あきマスクが特徴的なその男、ギルベル。

 棘つき鈍器、モーニングスターを操る戦士だ。

 城の裏側は警備が手薄、というか警備は不可能だ。


 そちらから乗り込んできたのだろう。

 しかし、彼自身の実力は人間の範囲を超えない程度のものであった。


「……ちょっと弱すぎて私ではお相手できませんわね。ロズ、お願いできるかしら」

「構いませんが……勝てる自信はありませんよ」


 病み上がりですし。と言いつつも瀟洒に構えるその姿は凛として美しい。

 フランとの戦闘で何か感じるものがあったのだろうか。


 肉体的に何が変わったわけでもあるまい。

 むしろ疲労で依然より動きが鈍い可能性もある。


 しかし、精神は少し変わっていた。

 圧倒的実力不足。経験不足。それを感じたのだ。


 マスター達が歩んだ軌跡。龍族に歯が立たなかった経験。

 それでいて修業をするわけでなかった現在。

 フランにあしらわれた戦闘。


 強くならねば、自由などありはしない。

 負けても、死んでも、奴隷に堕ちつつも。

 強く、強く、『かくあれかし』と誇りを持つ。

 彼女らの言葉と行動に打たれ、ロズは少しずつ、変わり始めていた。


「貴方は私の自信になってくれるのでしょうか」

「そんな心持ちではこのギルベルには勝てん」


 二人は向かい合って、己の武器を上段に構えてにじり寄る。

 威力では、ギルベルに軍配が上がる、が素早さではロズの方が上だ。


 トリアナが思ったのは、肉弾戦になるのならティナの方が向いている。

 という事だ。そんな判断で、胸に忍ばせたナイフを使う準備をした。

 自殺なんかしたくはないけれど、この状況では仕方ないというものか。


 ロズは、目の前の戦士に既視感を覚えていた。


「ギルベル。お前とは知り合いな気がするんだが、どうも覚えてない」

「奇遇だな。俺もだ。だが、戦場に私情を挟んではならん。

 来るがいい。採点くらいしてやろう」

「別にいいです。今から始まるのは命のやり取り。おいで下さいまし」


 


*




「グローリス王、貴方も戦うんです?」

「臣下が戦っているのに俺が戦わないわけがないだろう」


 正面玄関に突っ込んできた現アトラタ国王に問う。


 臣下が戦っているなら……それもそうですね。

 ……そうですかね?


 とりあえずシルキーに現在の状況を共有してもらう。


 城の内外、あちこちで戦いが始まっている。

 手練れは4人か。

 こっちの実力者も、同じくらい居ます。

 となるとあとは一般兵たちだが……。


 リタとフランがものすごいペースで一掃していく。

 心配は尽きないが、今は無心で戦うべきでしょう。


「さぁ、来るがいい、得意の技で。全て受け止めてみせよう」


 薙刀のような武器を構え、戦う用意をするグローリス王。

 王族ではなさそうな実用的な服を着る彼は、実際この攻城メンバーの中で、一番強く見える……。


 それなら。


「どうした、来ないのか」

「いいえ、行きます。神聖なる槍よ(・・・・・・)――――」


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