65. 昼食と情報料(金貨100枚)
「あぁ? あんたそんな事も知らねえのか。さてはワタリだな?」
「すまねえな、中央から来たばっかりだもんで」
「やっぱりか、仕方ねえな。もう1個なんか買ってくれたら教えてやる」
俺は今、ワニのような頭骨を被った少女と話をしている。
止まない雨に追われつつ、スパイスのいい香りに釣られて覗き込んだ屋台で声をかけられたのだ。
野菜たっぷりのスープカレーを2人分注文し、立ったまま食べる。
うむ、うまい。
トマトっぽい果実が味に深みを出していて、さらっとしているのに濃厚だ。
多種多様なスパイスと、溶け込んだ野菜、ミルクのコク。
そんな手の込んだスープに焼き野菜が具として山のように入っている。
パプリカのような野菜がシャキシャキと歯に心地いい。そして甘い。
ナス的な某がアツアツのスープを吸って、くにゅりと口内で解放する感覚は肉汁を多分に含んだハンバーグを食した時にも匹敵する満足感だ。
いい。
俺の貧相な語彙力ではそれしか出てこないが、とにかくいいぞ。これは。
調子に乗ってしまいたいくらい気分もいい。
「もう1個と言わずありったけ買ってやるから色々教えて欲しいんだが」
「ならいっそ財布ごと置いてけ!」
「おう」
金貨が100枚くらい入ってぱんぱんになったがまぐちを置く。
カロン族なりのジョークだったのだろうが、ワニ頭はぽかんとしている。
「は、はぇ。いや、本気に取られても困るんだが」
「いや、受け取ってもらう。情報をありったけ寄越せ」
「じょ、情報と言わ、言われて、言われまして、も?」
敬語は使い慣れてなさそうだ。ニヤニヤしながら反応を眺める。
フィルは後ろで『まーた始まった』って顔をしながらこっちを見ている。
まぁ普通に喋ってくれていい、と伝えた。
「こっちでの常識とか、目立った最近の出来事なんかを教えて欲しいだけだ」
「……聞かれたら答えるが、何を知ってて何を知らないのかわかんねえ」
「じゃあ、『共鳴』『カロン族』『ライトーン城』あたりの事を知りたい」
それなら、と、鳥の内臓を焼きながら彼女は語り始めた。
『共鳴とは、調律の事である』
いきなりさっぱりわからないが、詳しく聞くとどうやら是正に近いものだとわかった。
アレだよアレ。リザンテラとかティナのアレ。
大陸のあちこちに生まれた歪みを、調律師が一気に是正する。
その時に生まれる莫大な魔力を利用して転送魔法を使ったり、趣味や修行に使ったりするのがカロン族のみならず西大陸の習わしなのだとか。
「フィルは知らなかったのか?」
「うん、ボクが西大陸を廻ったのは10年以上前だから……
調律師なんて今初めて聞いたよ」
調律師が現れたのは今から4年前だと言う。
4年前っつーと、まだ学校に通ってた頃か。そりゃわからん。
上空にある障壁と雨雲の発揮度の高さは共鳴のせいなんだろうな。
「オッケー、わかった。んじゃあ、カロン族ってどんな種族なんだ?」
「そうだな……」
聞けばカロン族とは、骨格の一部が皮膚より外に露出している種族らしい。
帽子代わりに被っている骨はお洒落だとか。それが外骨格じゃないんかい!
ワニ頭はどこの骨格が露出しているのか聞いてみると。
「……ちょっと店閉めるから待っててくれ」
と言って、屋台の布製シャッターを閉めはじめた。
何事かと思いつつも待つ。戸締りを終えた彼女は俺たちの前に立った。
「金は受け取ったから、ちゃんと契約は守る。……あんた商人か?」
「そうだが。……『契約者』の事か?」
「……今受け取った、この金貨一枚。触ってくれ」
あー。痛いのは嫌だが……それで信用が『買える』ならば安いもんか。
がまぐちを開け、一枚の金貨を取り出すワニ頭。
それを指でつまみ、こちらに向けてくる。
俺は迷わずそれを中指と親指で挟み取った。
皮膚と肉の焦げる音がする。指先が泡立つ。
「お、おい! 軽く触るだけでいいんだぞ! 離せ!」
それを聞いてぱっと離す。
キーン、と音を響かせてテーブルに金貨が転がった。
ワニ頭はあわあわしながら屋台の奥から水を取り出す。
「冷やせ! 痕が残るぞ!」
「……信用は買えたかい?
その金貨を俺が騙して取り返す手段はねえ。続きを話してくれ」
痛みは地面に売った。傷痕はあとで何かに売りつければ治る。
ちょっとズルいがダメ押しの信用を得る為にやってみたのだ。
彼女は目を細めながら金貨を拾った。
「……痛いだろ」
「痛くないね」
本当だ。格好つけて強がってるだけに見えるのが玉に瑕か。
「……わかったよ。家族以外に見せるのは、これが初めてだ。
勘違いするなよ、金に釣られたわけじゃねえからな。信用の対価だ」
はいよ、と返事をすると、被っていた頭骨を外す。
髪は灰色。肌もようやく見る事ができたが、小麦色だ。
瞳は透き通るようなスカイブルー。
ふるふるっと頭を振って、髪の乱れを整えた。
フードを外し、ゆったりとした麻のローブを脱ぐ。
ショートの癖っ毛が可愛らしい、ごく普通の少女だ。
服装は、正面から見ると普通だが……。
「ぅほ」
感嘆の声が出てしまったぜ……。
背中がVの字に、お尻のあたりまで大きく開いている。
み、見え……セクシーすぎかよ。
……それは置いといて。
背骨の一つ一つから、角のような白い骨格が露出している。
ステゴサウルスみたいだ。
ウェンド族のような特殊形質を持った種族なんだなぁ。
亜人系に分類されるんだろうか。
「……本来のカロン族は腕とか肩とか、そういうところに外骨格ができるはずなんだけど、私は何故か背骨に発現してしまったんだ。
爆発も溶解液も満足に扱えないからこうして屋台をやってる」
ホントは発掘とかダンジョンへ行ってみたいんだけどな。と続けた。
焼けた鳥の内臓が刺さった串を二本渡してくる。
「なるほど。ありがとう。
……うぉ辛ぇ! これもスパイスたっぷりなのか」
「臭みがあるからな。……あとはライトーン城の話か?」
さっきのスープも相まって汗がじわじわ出てくる。
こっちの料理はこういうの多いみたいだな……。
そうそう、パックって商人が城を乗っ取ったって聞いて来たんだが。
と返答しながら受け取った串をフィルにわける。
フィルは懐かしげな顔をしながら、串の横から食いついた。
あーあーそんな食べ方すると……あぁ、案の定。
落下しつつある食いかけの焼き肝に浮力を買い与えて浮かせる。
全く世話が焼けるぜ。
フィルはふよふよ浮いているそれを、あぐ! とか言いながら食った。
行儀悪いからやめなさい。
「……お前、魔法使いなのか?」
魔法か、使えなくはないけどそんな高尚なもんじゃねえんだよなこれは。
驚く店主に向かっておどけながら俺は言った。
「ただの、しがない商人だよ」
「……しがない商人?」
灰髪の少女店主は少しだけ首を傾げ、何かに思い至ったように声を上げた。
「……まさか、マスター=サージェント?」
わぉ、正解だ。こっちの大陸にまで俺の名声は轟いているのか?
少女の顔つきは怪訝なままだ。
「ライトーン城を占拠したパックとか言う商人が、そいつを連れてきたら金貨10枚やるって触れ回ってるみたいなんだが……」
「相変わらず」
「ケチだね」
俺とフィルは顔を見合わせた。
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「えーと、現在主人であるマスター=サージェントは不在です。
また後日いらしては貰えませんか?」
「こっちも俺がいない時に金だけ出されて売る事になったんだ。
金なんか要らないから城を返せ」
ちょっと面倒くさい事になりましたね……。
目の前に居るのはグローリス=アトラタ。アトラタ国の現国王です。
マスターは侯爵位を持っているとは言え王族の城を勝手にどうこうする権利など……。
実はあります。書類もバッチリですしお金も金貨で75万枚渡しました。
これだけあったら城すら新築できます。
『まぁ何年かかるかは知ったこっちゃない』とはマスターの談ですが。
「今なら穏便に済ませてやる。明日までに明け渡さないようなら、こちらにも用意がある。そっちは女ばかりたった数人だろう。蹂躙されるのが嫌なら……」
「言いたい事はそれだけですか? お引き取り下さい」
グローリスはギッと歯噛みすると、踵を返し城の階段を下りて行きました。
それを見て、城内からからころと涼しげな音を響かせながら一人分の人影が現れました。
この音は、氷の浮いた果実水ですね。という事は彼女でしょうか。
「なにかもんだいはあったか?」
「いいえ、ただ明日恐らく城攻めをされるのではないかと」
「なんぜんにんこようともわたしひとりいればじゅうぶんだ」
まぁ、それは彼女が背中に背負ってるロズの姿を見ればわかります。
フランは月高架橋で一度たりとも斬りつけていないと言うのに、ロズは疲労だけでボロ雑巾のようになってます。
良いように乗せられてしまったんですね、
喋りは幼いけれど、口車に乗せるのはとても上手いと思います。
「そうほめるな」
口に出してないのに。
……しかしロズは明日地獄でしょうね。
「きんにくつうでしばらくうごけまいな。
じゆうになるにしてもいまのままではいきてはいけぬ。
けいこをつけてやらねば」
倍以上年の離れた子供に稽古をつけられる大人とは滑稽な図ですが。
この世では実力がないものはただ取って食われるだけなのです。
「マスターもはやいところ『こまして』やればこうまでなやまぬものを。
……まぁみずからしてきめさせるというのもマスターなりのやさしさか」
フランはどうしてこうまで老成しているんですかね。
まるで百年の修業を終えた僧のよう。
人の気持ちを察するのが上手です。
「うまれつきかんせいしているからだろうな。
しゅぎょうもいらぬ、おとろえもせぬというのはかえってたいくつなもの」
なればこそ、と言葉を続けます。
「でしがほしいとせんにんやこうそうがおもうのもしかたなきこと」
「かもしれませんね」
ただ、ロズの体で隠れて見えなかったのですが。
「いくら暑いとは言っても裸で出歩くのはどうかと思います」
「しかたなきこと」
彼女はそそくさと城内に戻って行きました。
「ふぅ……」
明日から忙しくなりそうです。マスターも戻ってきませんし。
ご飯でも作って、みんなで相談しましょう。
あ、もちろんロズも交えて、ですね。




