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64. くすねたお金(金貨4枚)

「……これ、まずくねーか?」

「非常にまずいかな」


 一晩明けて外に出た俺たちは、大嵐と言うべき雨に襲われていた。

 雨具も意味を成さなそうなので、とりあえず防寒コートを着る。


 外に出て、宿屋を探しながら歩く。なるべく屋根のある道を通って。


 道往く人は少ないが、確かに居る。

 そしてその殆どが、獣の頭骨を被っていた。


 こいつらがカロン族、ね。

 魔法を使わない爆発能力を持つとか。

 ナトリウムを溜めこんでいると言うのに雨の中歩いて平気なんだろうか。


 まぁ、自分の能力で爆発させられるんだから、雨に触れた程度なら大丈夫なんだろうな。


 しかし、振り続ける雨粒のせいで水煙が上がって、非常に視界が悪い。

 視界が悪りぃという事は、俺の能力が大幅に制限されるっつー事だ。


 そんで、多分この雨は天候使い(ウェザリスト)によるものだ。

 雲の厚さからして相当の手練れが数多く魔力を注いでいる。


 発揮度が高すぎて俺じゃ手が付けられねえ。どんだけ金貨使うかわからん。

 ……本気じゃねーか。


 ワクワクはしてこねえけどやる気を感じるな。

 あんだけ殴ったのに懲りてねえのか……、逆に怒らしただけだったか?


「……止むまで待つのも手じゃね?」

「賛成だね。正直流動するものは操るの大変なんだ。泥とか」


 驚愕の事実。

 実質フィルも戦力にならなくなったんじゃないか。


 こんな雨一つで……と思いながら空を見上げるとそこに、嫌なものが見えた……気がした。

 キラリと光りつつ空全体を覆うそれは……。


 レンズ?


「なぁフィル」

「なんだいマスター?」

「……大陸を覆うくらいでっかいレンズとか障壁を作ろうと思ったら、どんくらい魔力要る?」


 それを聞いたフィルが上空を見上げてちょっと驚いた顔をする。


 んんん、と赤髪を抱えて丸くなるフィル。いいぞ。かわいいぞ。

 フィルは右手を出して魔力を具現化し始めた。


 電流が走るような音が鳴り始める。

 これ、触ったらヤバイやつ?


「んーと、これが魔法使い10人分くらいの魔力。

 アリスにちょっと満たないくらい」

「ほうほう」


 その電流が球形に覆われ、大きさを保ったまま密度を上げていく。

 雷鳴が聞こえて来る。……それを放つだけでかなりの威力になるんじゃ。


 見ていると、青白い雷光を上げ始めた。かなり耳に痛い。

 これくらいならまだ雨の音と混じって違和感ないが……。


「これで、大陸を覆うくらいのガラスを生成する分の魔力」


 そんでこれが……と言いながら更に魔力を込めはじめる。

 ちょ、ストップストップ!

 音が本格的にヤバイ。再現までしなくていいから!


「はぁ、ビビった。お前なんでそんなに魔力があるんだ?」

「前教えなかったっけ? 聞いてなかったの?」


 むう、と言いながら腕を組む。

 多分、聞き流してたか居眠りしていたかだと思う。

 ……聞いたような気はするんだが。


「んーとね、じゃ同じ事もっかいやるよ」

「頼む」


 宿屋が見つからないので歩きながら講義を受ける。

 とりあえず俺は、フィルの両手に見入った。


「まずね、ここにはプラスマイナスゼロの魔力があります」

「……何もないな」

「ゼロがあるの」


 ……数学的な話? 哲学的な話?

 概念使いなんて頭おかしい職業もたまに居るし、最近脳みそ使いすぎるぞ。


「それでね、このゼロ魔力から、プラスの魔力とマイナスの魔力を生成する」


 ぱっと両手にエネルギー体が現れる。

 プラスの方は、先程見た電流のようなエネルギー。

 そしてマイナスの方は……。


「……これ、歪みじゃねーか」

「そう。この二つのエネルギーを操るのがボク、世界の渡り人(ワールドウォーカー)

 無から有を二つ作り出して、世界に干渉する。

 こんな大事な事、絶対どっかで話した事あると思うんだけど……ん?」


 だよな。……ん?


 ……もしかして、記憶を消されている?


 誰に?


 んな事しそうなやつ、1人しか知らない。

 フィルも思い至ったようだ。


「……聞いたのがウラリス時代だったなら、忘れてる原因に1人だけ心当たりがある」

「奇遇だね、僕も丁度その人をパンチしに行きたいと思ったところ」

「契約も無しに記憶を消せる奴なんて1人しかいねえだろそらよ」


 ……丁度いいぜ、消されてた記憶がフィルの能力だけなわけがねえ。

 こいつの能力なんて常に見てるから、記憶がなくても違和感なかった。


 何が消えてるのかわかんねえから、全部丸ごと返してもらおう。

 確証はねえが、絶対アイツだ。

 ツケてたアリスの記憶共々、取り返しに行くぜ。


 『最低』なアイツの元へ。




---




「ぶえっくし!」

「……パック、大丈夫か」

「アァ? くしゃみが出ただけだ」


 んだよォ、誰か噂でもしてんのか?

 ギャランクの仏頂面に顔を覗きこまれる。

 めちゃ腫れてんだからあんま見んな。クソが。


 ……つかその金ピカ鎧鬱陶しいんだよォ、あっちいけ。


 マスターに殴られた傷が痛む。

 湿気のせいもあるだろうな。まぁこの雨は俺の命令で降らせてんだけど。


 豪雨に見舞われているカラク。

 その中心に位置するこのライトーン城からは、全方位が見渡せる。


 大陸全土を覆う雨雲と障壁は、外部からの侵入と内部からの脱出を防ぐ意味合いがある。

 いくらマスターでもこれを上書きしたりレジストするのは骨だろうぜ。

 なんせ100人体勢だからな。


「風邪っすか? 伝染さないでほしいっす」

「うっせえな小百合。くしゃみ位でガタガタ言うんじゃねえ」

「……そっちで呼ばないで欲しいっすね」


 あぁ、元の世界(・・・・)での名前の方は捨てたんだったっけ。

 白瀬(シラセ) 小百合(サユリ)


 何度でも呼んでやるぜ?

 もうこの名前を知ってるのは俺しかいねえんだからよォ。


「シラセって名乗ってんだっけ? 目的の金額までもう達したのか?」

「あんまつまんない事言ってるとマジで帰るっすよ。

 ルードから来たばっかでスゲーしんどいんすからね」

「契約料払ってんだから、帰りやがったらお互い困るだろォ?」


 契約者(コントラクター)は人の金に触るだけでも痛てえんだから金貨200枚の契約破ったらどうなるか。

 よくて記憶を失ったり廃人になったり、悪くて死んだりするだろ。


「契約のペナルティは金を倍返せば受けないっすよ」


 そりゃ初耳。まぁ試すアホはそういないだろうから知らなくて当然だな。

 しかしそんな事より。


「準備はできてんのか? トクスは帰ってきてるかよォ?」

「もう帰ってきてるし準備もできてるはずっすよ。全く、酔狂っしょ」

「城は買えたのか?」

「買えたって言ってたっす」


 ……そう、準備は万全に。

 タイマンで勝てなかった時は、アレで勝負する。

 それでもダメなら……。


 俺の首元に下がる、全てを吸い込むような真っ黒い金属飾りがついたネックレスを見やる。


 それでもダメだったら、引き分けでいい。

 机の上に積まれた4枚の金貨を見て、指を伸ばす。


「痛っ……」


 静電気のようなものが走った。


 この『法則』は要らねえよな。

 いつか、いつかその時が来たら、俺が……。




---




「1位のMaster=Sergeantって人、所持金貨8桁行きそうじゃないか?」

「……そいつは『うち』の所有者だぞ。研修からやり直すか?」

「マジで!?」


 呆れ顔のディーラーが、ワイシャツに黒ズボン姿の男に返答した。


 ここは黄昏の街クィール。

 無法であるクィールが細々とでもやっていけているのは、今やマスターの威光があってこそだろう。


 この街で最も目立つ建物のゴールドゲートがマスターの物になって早9年。

 運営に口を出すわけじゃないし、システム面での補助を手厚くしてくれる。


 会長と言う名の大恩人だ。


 光の精霊と文字パネルを組み合わせた電光掲示板に表示されるランキングが数時間ごとに更新される。

 共感通信士(スピリットリンカー)が金銭に纏わる情報を集め、精霊使いが登録するのだ。


 このシステムをこの場所にのみ作ったのは、自分の所持金貨を誇示したい王や富豪を呼び込む為であり、無駄に30位まで表示されている。


「4位のPack=Nigolasもすごい追い上げだな。どんな汚い手使ってるか」

「王族はあんまり変わらないよな。災害があると一気に減ったりするが」


 『所持している』というのは単に持っているという事ではなく、神との契約で所有権があるという事を指す。

 ランキングに載っている者、以後ランカーと呼ぶが……。

 脱税や窃盗で所有権を奪った場合、それがランカーならばすぐにバレる。


 王族が災害や戦争で金をどれだけつぎ込んだのかも、わかってしまう。

 誠実に振る舞う必要がある人間は、ランキングに載らないよう動いたり、仕方なく金を払ったりするようになった。


「着実に毎日300枚くらいずつ増やしてる21位のSiraseって奴もちょっと気になるよな。名前が一つしかない」

「そうだな、本名じゃないと登録されないはずだし」


 そんな話をしながら掲示板にふと目をやると。

 Siraseの順位が上がっている。金貨の枚数は変わってない。

 ……どこが変わったんだ?


「……あれ? Packが消えた」

「ランキング落ちしたんじゃないか?」

「そんなバカな、100万枚単位で買うものなんて城やら国しかないだろ」

「30位圏内には居ない。死んだかもな」


 2人は気づかない。

 その100万枚単位で所持金貨が増えた王族の存在に。


 この瞬間、パックは3つ目の城を買ったのだ。


 加えて更に、2人は気づかない。

 ランキング争いは熾烈を極める。

 30位の者は死にもの狂いで金を集めるのだ。

 31位との差はとても大きいと予想されている。


 しかし、4位のパックが消えた事で、浮上してしまった男が居た。

 目立つ事を避けたかった為に所持金貨のギリギリの調整をしていた男。

 そこに表示された名前は、激動の国の王。



『Gloris=Atlata』



 アトラタ国の、現国王であった。

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