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60. イフリータ達の時間(金貨1900枚)

「緊急クエスト発令中! 大破壊の主を調査し討伐せよ! 繰り返す―――」

「貴族区にお住まいの方は直ちに王宮もしくは広場まで避難せよ!」


 警報と、避難指示と、鐘と、人々のざわめきが広がっていく。

 今はまだ日も昇りかけの早朝だ。

 あの大破壊からまだ15分とて経ってないというのに、仕事が早い。


 全くご苦労なこった。指示を出しているのはルードの冒険者組合員か?

 ……いや、それも居るが。あの騎兵達は……。


 神殿守護騎士。


 あいつらがこっちに来たら面倒な事になる。

 この戦いがグダグダなものになってしまえばまた取り逃がす事になる。


 神名騙りを使ってでも、リザンテラと決着を付けねばならない。

 殺さねばならない。

 そう思っていた。


「……これはもはや、戦いの体を成す事が難しい。悔しいが引かせてもらう」


 片手を上げ、リザンテラは仲間に支持を出す。

 僅かに生き残っていた奴らの仲間はすぐさま四散し遁走を始めた。


「そうは問屋が卸さねえよ。商人としててめえの命、高く買ってやる」


 勝手に襲撃しといて、旗色が悪くなったら引くって、そりゃたりめーだが。

 そうそう都合のいいようにいかせて堪るか。


「戦の神ジョザイアの名に於いて遂行す!

 我が力は何より猛く、何より剛い――――」

「……神名騙り(ゴッドインポスター)の使い手か」


 知っているのか。

 無視して詠唱を続ける。


 が。


「……歪ませてでも俺を倒そうという根性は見上げたもんだが。

 そこで倒れてる二人の傷を治す為に使った方がいいんじゃないかね」


 俺ははっとした。

 フレイ、ルビィ。

 リザンテラから視線を一瞬外した、その瞬き一回にも満たない時間で。

 奴は俺の眼前から姿を消した。


 そのついでに角の生えた白馬も、亜空間に引きずり込まれるようにして消え去った。


 ……後悔しても仕方がない、治療を……。

 と思いつつルビィに駆け寄り、その傷を見て驚愕した。


「ル、ルビィ、お前これ……」

「……」


 進行は極ゆっくり。

 しかし傷そのものが少しずつ回転する文字列に蝕まれている。


「――治癒促進(ヒール)! ……――解呪(ディカース)! っ……ダメだ」


 神名騙りで治すか? いや、何が有効かわからない。

 とりあえず買い受けて……。


「……っ、それだけはやめてくれ。ボクはしんでもいいがマスターはだめだ」

「そんな事言うな!」


 傷を買い受けようとした、が、権限が足りないようで弾かれた。

 数枚の金貨が散らばる。

 俺の金銭術で、買えないものがあるなんて。


「フレイも、そんな槍くらい……ッ……」


 フレイの槍にすら、回転する文字列が幾重にも折り重なって存在している。

 抜ける事を拒んでいるかのように。


 文字列がない部分を買い受け倉庫にしまって切断。

 呼吸による揺れで傷口が抉られないようにしてやったが、このままでは幾許ももたないだろう。


「なんで、なんで治せないんだよ」

「……お別れの時なんだろう」


 ごふっと血の塊を吐きだしながらフレイが言う。


 ……なんだよ。まだ、数年……一年ちょっとじゃないか。


 手持ちの金全てつぎ込んでも傷を買い受けて……。

 買い受けて、どうする? その後、俺はただ死ぬだけか。

 金がなければ金銭術は使えない。

 ……知った事か。


 パキィン!


 俺の視界が金貨で埋まる。

 倉庫の金全てつぎ込んだ傷の買い受けが、まるっと弾かれたのだ。

 ……。


 金貨をしまう。もう、成す術がない。

 シルキーが駆け足で合流してきた。

 トリアナも、接敵していた白馬が消えるや否やこちらに来ていた。


 二人とも、驚愕に目を見開いた。


「……治せる……の?」

「……じょうほうは……あんのうん。わからないです。

 ひょっとしたらこの世かいの法そくじゃないかもしれないです」


 治らない。

 ……治らないんだ。


 俺の心臓が激しく鼓動する。

 俺の体が血流を脳に送れば、考えが回るとでも思っているのか。


「体が(ほど)けていく。これは治すとか治るとか、そう言ったものではない」

「……てきは、もういないのか」


 俺は、ルビィを抱きあげた。

 熱くはない、高い体温が伝わってくる。

 フレイも、抱きしめた。


 二人の思い出が蘇ってくる。

 見るもの全てに感動していた、彼女たち。


 時に素っ気なく、時に真摯に、俺たちの仲間として同じ時間を共有した。

 苦楽を共にしたその時間は、掛け替えのないものだった。


 ルビィが俺の手を離れ、まず立ち上がった。

 傷口から血が滴り、文字になって消えていく。

 フレイもどうにか、立った。


「マスター。私たちが生まれた理由はなんだ?」


 なんだよ、こんな場所で、……いきなりそんな質問。

 生き物に生まれた理由なんて、あるわけないだろ。


「いや、ボクらにはある」


 ……最初は、鵺と狒々を倒す為だったか。


「そう、ボクらは」

「戦う為に生まれたんだ」

「それは、たがためか」


 ……。


「最後の刻まで、この命」

「たたかいのためにつかいたい」

「マスターを守る為に」


 …………。


「じかんをかってくれ」

「遠い未来にでも、我らの力が必要な時が来るかもしれない」


 時間を買う? ……どうなるんだ、それは。

 ふと見ると、シルキーが泣きじゃくりながらルビィに抱き着いた。


「うぁ…………るびぃ……うぇぇ……」


 シルキー、ルビィより余程お前の方が年上だろ。……泣くなよ。

 俺だって……我慢してんだ。


「……短い間でしたけど、共に学んだその時間はとても楽しかったですわ。

 私は、貴方たちと過ごしたこの半年間を、一生忘れません」


 トリアナが声をかける。

 ……そんな、今生の別れみたいに。

 こんな感覚は初めてだった。


 前世でも味わった事はない。

 社会に出る時、家を飛び出したから、その後どうなったのか知らなかった。


 親の死に目にすら遭ったことはなかった。

 こっちの親は……そんな感慨はなかったし。


 辺りがよく見えない。水だ。水が俺の目を覆っている。


「マスター、我らの為に、涙を流してくれるのか」

「しあわせだ。ボクらは」


 その時、異次元倉庫からアリスが槍を杖代わりにしてふらふらと現れた。

 無理するな、なんて、そんな言葉もかけられなかった。


「……出てきてよかった、と言うべきでしょうか」

「アリス……」

「そうだな、さよならだ」


 アリスもトリアナも、フレイを抱きしめた。

 共に学び、共に戦い、共に遊んで、共に過ごしたその仲間と。

 未来永劫のお別れをする為に。


「我ら火の魔神や精霊は、死する瞬間最も強く燃え上がる」

「ボクらならば、やきつくせないものはないだろう」

「いつか、勝てない敵が現れたなら、戦いのさ中に我々を呼んでほしい」


 ……それでいいなら、それがいいなら、俺は、そうするだけだ。


「シルキー、ボクを生み出してくれたことには、かんしゃの気もちしかない」

「マスター、我を頼ってくれて、嬉しかったぞ」


 召喚したばかりの頃とは比べものにならないくらい、仲良くなった。

 人だとか、魔神だとか、禁忌の子だとか、そういう隔たり無く付き合えた。


 いい友人たちだった。


「もう、あまり時間がない」

「『そのとき』まで、ボクらのじかんをかってくれ」


 電車に乗って去る大切な人を見送る時って、こんな感覚なんだろうか。

 なんて、こちらの世界にないものに例えてみる。

 そもそも、それは前世の俺の命を奪った凶器だ。


「……わかったよ。……言い残した事はないか?」

「……ふふ」

「それは、『向こう』でいう」


 なんだよ。もう。こんなタイミングで笑いやがって。

 でも、しんみり送り出されるのも、俺だったら嫌だな。


「名残惜しいな、詠唱を始めるぞ」


 声をかけてから、言葉を紡ぐ。一言一言大切に、感謝を表すように。


「フレイ・イフリータ、ルビィ・イフリータの最期の刻を買い受けん!

 鍵の管理者マスター=サージェントの名に於いて其の力、我が未来の……」


 声が震える。鍵も扉も現れてるんだ。今ここで詠唱を止めたら、二人の時間がなくなってしまうかもしれない。

 堪えろ。二人の為に。


 アリスがそっと傍に寄ってくれた。それだけで心が安定した。

 きっと、俺と同じ気持ちでいるから。 


「未来の為に、振るわれんことを願う!」


 扉が開く。向こう側は真っ暗だ。

 この中に、彼女らは入って行くのだ。

 ……俺らの思い出と共に。


「これで本当にさよならだ。

 ……またひょっとしたら精霊として会えるかもしれないが」

「ボクらは神のもとへかえるよ。また、あいまみえよう」


 シルキーをルビィからそっと離してやる。

 普段の立ち居振る舞いからは想像できない、やだやだ、とまるで駄々っ子のように泣きじゃくる。


「……ルビィが困ってるだろ、見送ってやろう」


 シルキーに声をかけると、しゃくり上げながら言葉を紡いだ。


「なにもできなくて、ごめんなざい……」


 扉に入ろうとしていたルビィは振り向いた。

 そして、締まる瞬間、笑顔を作ってこう言った。


「しあわせだった。それだけで」

「それだけで充分だ」


 ぱたん、と驚くほど軽い音を立てて扉は閉まり、すぅっと消えて行った。

 大声を上げて泣きじゃくるシルキーを抱きしめてやった。


 神殿騎士たちがこちらへ歩いてくるのが見える。

 仕方がないので、全員で異次元倉庫に入りやり過ごす事にした。


 この戦いで、失ったものは多い。

 あれだけ心に誓ったと言うのに、リザンテラを取り逃してしまった。

 次会う時は、対策も立てられているだろうし、手ごわくなっているだろう。


 だから、これからはこちらも対策を立てて行かねばならない。

 これまでのように場当たり的に生きていく事はしてはならない。

 是正者とはなんなのか、リザンテラとは何者なのか。調べる。

 そして、仲間を増やす。


 更には、トワ。

 奴らの目的はなんなのか。知らない事ばかりだ。

 これから時間をかけ、調べて行かねばなるまい。

 その為にはシルキーの力が不可欠なのだが……。


「うぅぅぅ……うぇぇぇぇ…………ぇぇぇん……ひぐっ……」


 立ち直るのには、……俺たちも含めて時間がかかりそうだと思った。



第五章 イフリータと最大の危機、これにて終わりです。

33話の後半を是非、読みなおしてみてください。


明日から六章に入って行きます。

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