6. アリスの身柄(金貨150枚)
俺はそん時、アリスの背に乗って森を駆けていた。
華奢に見えて力がすごいんだ、この木の棒みたいに細い腕のどこにそんな力があんだよって思ったね。
いや褒めてんだよ。悪く言ってるつもりはねーんだ。
そんなに怒るなよ。
……なんで走ってたかって?そりゃあ……なぁ。
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「居たぞ!」
「また逃げやがって!森からは出られねえんだから無駄だっつってんだろ!」
「ばうわう!」
『今回ばかりは無駄じゃない』
その眼はそう言わんばかりの決意的な碧色をしていたのを見た。
俺の能力もまだ説明してないし、この子に何ができるかも聞いてない。
そもそも自己紹介されてねえからな。
後先考えないで行動するタイプは嫌いじゃないぜ、なんたって俺がそうだ。
「もうちょい左」
「わかりました」
地図を見ながら支持を出す。
街道にほど近い、森の出口へのナビゲートをしていた。
真っ暗だが地図がぼんやり明るいしアリスは夜目が効くようだ。
問題はない。
ナビ以外他にすることもないし。
する事と言ったら、こっそり首元の甘ったるい女の子の匂いを嗅ぐくらいだ。
問題はないぞ。
後ろから追いかけてくるのは、山賊然としたオッサンが二人と、犬が一匹。
前方に、丸太が6本山型に積み上がっているのが見える。横へ回らねば。
それが犬にとっての仕掛けどころだったのか、一気に加速し猛然と肉薄してくる。ちょっとヤベェんじゃねーのかって思ったね。
「後ろッ」
「任せてください」
俺が魔法で追い払ってもいいんだが、任せる事にする。
まだ何がどこまでできるかわかっていねーし、コストもどんだけかかるかわからないからだ。
「神聖なる槍よ、私に危害を与える者を世界より弾き出し給え!拒絶追放!」
今まさに飛びかかろうとしているその犬に向けて、空中から神々しい光を放つ槍が放たれる。
槍が飛ぶ、と言うより犬に槍が吸い込まれるように動いた。
当たった部分に槍は侵入していき、光はどんどん大きくなっていく、そして……。
犬が居なくなってんだよ。どんなマジック? って感じだったね。
そんなんできるならとっとと逃げ出せよ、って思ってたけどやっぱ森からは出られなかったんだろーな。
「なんすか今のは」
「守護魔法、って言うらしいですが詳しい事はわかりません」
そーなんだよな、こん時知らなかったんだよなアリスは。
いや、そのうち話の流れで解説してやるから待てって。
あぁ山賊風の男は、世界から消えて行った犬の様子を見て、及び腰になっていた。
振り切るのは簡単だったな。
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『存在』が言った
「犬だ」
「犬?」
『運命』が聞き返す。
そう、そんなものがここに居るわけがない。
でも確かに存在した。
「ばうわう」
「迷い込んできたのか?」
「人間ならたまに来るけど」
「犬は初めてだ」
「元の世界へ返しましょう」
『原初』が言った。
『無』が続ける。
「僕が取り込もう。歪んじゃっても困るし。」
「ううん、僕は大丈夫。送り返そう」
『歪み』がそう言って、犬はいなくなった。
何事もなかったかのように、静かな扉の世界に戻った。
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「はぁ……はぁ……」
「なんか……足ガクガクだけど大丈夫か、降ろしてくれ」
俺は口調がどんどん素に戻っていったんだが、気取っててもしょうがないって気持ちになったからだ。
それによって別に何を言われたわけじゃねーし、砕けた口調は信頼の証でもある。だからお互いなんも言わなかった。
敬語を使えないわけでもねーしな。使い分けだ。
森を抜けたあたりでアリスの調子がおかしくなった。
聞けば、守護魔法を使った事により体の魔力がなくなったらしい。
身体強化に回す分の魔力も枯渇して、俺の重さを受け止められなくなったとか。
魔力ってーのは……あ、わかる?じゃあ飛ばす。
おいおい一発しか使えないのかよとも思ったんだけどよ、一撃即死が一回でも使えるんなら強いよな。
「おーい、聞こえないのか? 降ろしてくれー」
「ごめんなさい……」
そう、申し訳なさそうな感じだったんだよな。街までそのまま行こうとしてたようだ。
並んで歩いて行こうと思ったんだが、危なっかしい足取りでフラフラしてたから今度は逆に俺が負ぶってやる。
でもこいつ、急にもじもじし始めて遠慮してんだよな。ずっと俺を背負ってくれたじゃん。今度は俺が背負う番だろっつって。
それでも遠慮するもんだから別にいいかっつって歩き始めたんだけど、アリスは歩くのもつらそうだった。
まどろっこしいから無理矢理負ぶったんだよ。ぼーっと歩いてたからその前に座って、腕を回して腿あたりを持って。
よいしょって持ち上げるじゃん、まぁ自然にスカートの中に手が入っちゃうじゃん。不可抗力で。
それで気づいたんだよ!こいつさ、奴隷になってたからかしらねーけど下着を
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マスターが不慮の事故で気絶してしまったのでここからは私が説明しますね。
えぇシルキー、えっちな事はするなとは言いませんけど、雰囲気は大事です。
こんなデリカシーのない人になってはいけませんよ。
……違います。食べ物ではありません。気配りの事です。
私はそのままマスターに負ぶわれて、街道に出るまで道なき道を往きました。
ナビゲートは私がしましたが、地図が高性能すぎて方向を大体指定するだけで事が済みましたね。
これが銀貨2枚で買えるなんて、どんな世界からいらっしゃったのでしょう、と思っていました。
買ったというから商人の伝かと……まさか金銭術でそんな事ができるとは、と驚愕したものです。
マスターの背中は、心地よかった。同じくらいの身長とは思えないほど体つきが違っていました。
殿方はこの頃からもうすでに、広い背中をお持ちなのですね。
マスターが特別なのかもしれませんけど。なにせ他に男性経験などありませんでしたから。
こほん。
そして私たちは街道に出て、そのままカントカンドの街まで無事に到着できました。
その頃には夜は明けて日が昇り始めていましたね。
この時はやっと逃げ切れた、自由になったんだと思っていたんですけど、そう甘くはいきませんよね。
まだ日が昇り始めたばかりで肌寒いからか、外には人っ子一人居ませんでした。
町の入口には警備隊詰所があります。駐在員は居ませんでした。
しかし、そこで驚きの張り紙を見るのです。
私たちは指名手配されていました。逃げてから1日と経っていない朝っぱらだと言うのにですよ。私に金貨1500枚の価値があると思っているからこそ急いで情報を飛ばしたんでしょうね。
金額は、私が生存限定で金貨150枚。マスターが生死問わずで金貨1枚でした。
私の方は写真つき。マスターは風貌のみ。ですが、私たちを見ればすぐにそれとわかるような特徴が書かれていました。
しかも名前まで割れていたとは驚きです。
『アリス。金髪碧眼、コケット社製使用人服を着用。奴隷の首輪にステータスカードがついている。権利者イァラムダ=オウェンス』
『マスター=サージェント。黒髪黒目、薄汚い皮の服を着用。アムニ村出身』
私は絶望しました。やっぱり逃げられないのだと。森を出ても同じ事だと。嘆き悲しみました。
でも、マスターは諦めた顔をしていませんでした。
そしてこう言ったんです。
「俺たちはもはや悪人だ。普通に生きる事なんてできねえ。
でも、俺たちは『同じ』だ。共に往こうか、最悪の道を」
とても、同じくらいの年の子から発せられたとは思えないその言葉に、私は魅了されてしまったのです。
悪い意味ではありませんよ?
その時差し伸べられた手を取るのに、迷いはありませんでした。