58. 継接の泡沫(非売品)
『……っ、ますたぁ、てきです』
俺は飛び起きた。
いや、目を開いただけだが、一気に覚醒した。
そろそろだとは思っていた。
俺たちを倒す事を後回しにし、レグリス国を完全に滅ぼした是正者が向かう先はやはり、俺たちの元だろう。
今何時だ。枕元の懐中時計に素早く目をやる。朝の3時。
『敵はどこだ』
『まわり、全ぶ……21人です……』
嘘だろ……逃げるか? 異次元倉庫に全員入れて戦うか……?
な、何回死ねる? 命は確かあと14個……。
高い音を立てて窓ガラスが割れる音が響く。
何か、投げ込まれ……、……ッ!
それは、導火線がついた黒い金属片。着火済み。
ルビィとフレイを叩き起こし、寝静まる3人を異次元倉庫に匿うまで2秒。
導火線付近の酸素を買い、遠隔売買で俺の近くに召喚する。
問題なく火は消えた。3秒。
投げ込まれたのは高窓。
その足元、壁の向こう側の映像を購入する。
赤と褐色と黄土色をした街中迷彩の男2人を確認した。5秒。
耳を塞いで隙だらけだ。
壁の硬度を買って脆くし、量産型の槍を後頭部から刺した。
「ほゲッ」
「だばっ」
妙な断末魔を上げた二人の絶命を確認する為、シルキーに共有する。
『やったか?』
『しんではいます、が生きかえるかのう性をわすれないでください」
そうだった。
クロスボウ使いのオミッサと槍使いのスラテリが生き返った術の存在。
未だに謎だ。巻き戻す力なんて聞いたことがない。
それに、そんな力を使えば歪みが出そうなもんだ。
『シルキー、いざって時の為にアリスとトリアナを起こしてくれ』
『いえすまいますたぁ!』
ここまでで10秒。
「おい起きたかフレイ! ルビィ! 敵だ!」
俺が声を上げるとフレイとルビィは飛び上がって手刀を構えた。
いやまだこの場には居ねえよ!
「敵は何処ぞ!」
「ぼくがあいてになる」
こいつらは強いが過信できない。
何故なら、フレイはスラテリといい勝負するくらいの実力だ。
ルビィはそれに劣るくらい。
火炎地獄も、当たりさえすれば人くらいは焼き尽くせる火力がある。
しかし、飛ぶ相手、跳ぶ相手には当たらない。
溶岩のように濃厚な炎を出す火炎融解も対大型の重い技だ。
「生きてるのは残り19人、お前らは生き残る事優先で戦え!」
「承知した!」
「イエスマスター!」
炎が迸り、上位精霊が舞い、数々の武器が飛ぶ。
俺は戦場を瞬間移動しながら、リザンテラを探した。
無論ザコは蹴散らしながら。
銀貨で買える程度の武器の雨を降らせるだけでそこそこ命中する。
上手く行けば殺せる。
強そうな奴のヘイトは俺が集めて、フレイとルビィに負担が行かないように戦う。
その気遣いが仇となった。
「ぐっ……」
「フレイ!」
フレイの肩を、槍が貫いた。
相手は奇しくもスラテリだ。
そこに砲弾と魔法の雨が降り注ぐ。
「フ、フレイ――」
『今だ』
銀貨を地面に落とすような甲高い音が響いて、閃光が視界を包んだ。
俺はまずそこで1回死んだ。
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私たちが着の身着のまま異次元倉庫から飛び出すと、辺りはまるで荒野のようで……。
巨大な掘削機で街を削り飛ばしたかのような惨状。
血と砂と溶けた岩が地面を覆い、斑に彩っている。
その、まさに地獄のような光景のど真ん中に、円陣を組む集団。
『……このげんしょうは、特級魔法武器によるもの。
滅失せし光陰の掌。たてものすらけずりうがつ』
こんな、こんな大破壊を巻き起こす武器が存在するなんて。
……消費する魔力が大きいからこそ出し渋っていたのでしょうか。
ハンドベルのような、甲高い音が荒れ果てた大地に響きます。
倒れている者が立ち上がり、円陣に加わっていきます。
『継接の泡沫、これもすぺしゃる。
生しにかかわらず、にく体を元の状たいにもどす……』
……そんなもの、絶対に歪みが出ます。
是正者の癖に。なりふり構っていられないという事でしょうか。
円陣に集まっていくのは是正者達。総勢20人。
その中心には。
「十」
ツルハシのような武器を、何かの肉片に向けて振り下ろす人間の姿。
その付近にはボロ雑巾のようになったフレイとルビィ。
槍が突き立ち、荒い呼吸でそれが揺れます。
いくら魔人と言えどもこれでは……。
「十一」
「……!! 歪みの力と過剰な力!!」
私は気づきました。そのぐちゃぐちゃの肉片が、マスターである事に。
服の切れ端からそうだとわかったのです。
鈍化する時間の中を駆けました。
しゅうしゅうと音を立てて、迸るエネルギーが私を包みます。
円陣に突っ込むと同時に、魔力の持つ限り武器を生成し、ばら撒く。
嫌な音を立てて、肉を刺し穿つ音が響きます。
幾重にも重なり合うそのコーラスが戦場を陰鬱に染めました。
6人くらいはやれただろうか、と思うのもつかの間。
阿鼻叫喚の血の雨の中、リザンテラだけは冷静にツルハシを落とします。
「十二」
強烈に嫌な予感がします。とりあえずその行為を止めさせねば。
手に馴染む槍を召喚して、リザンテラに攻撃を仕掛けます。
これで、オーバードライブ分を残して私の魔力は尽きました。
その槍の攻撃を受け止めたのはツルハシではなく長剣。
緩慢に見える動きで、且つ最速で私の槍と切り結びます。
受け止めた流れのまま、ありえない身体の動きで2連撃を食らいました。
逆袈裟に入ったそれは大した深さではありませんが、左肩口は健まで達していそうです。ふわふわの寝巻が切断され傷口が露わになりました。
これは、オーバードライブ中の私よりも、速い。
「うぅ……ッ」
「十三!」
ツルハシが肉片に振り下ろされます。
このままでは、拙い。
そう思っていました。
そんな時、突然最大級の歪みが上空に寄り集まっていくのが見えます。
それはそうです。トリアナがマスターに隷属した時の歪みも、継接の泡沫の歪みも、まだ形になっていませんでしたから。
トドメになったのは私のオーバードライブ。
という事は。
憑代になったのは……馬?
……角の生えた巨大な白馬が空から襲撃してきました。
私を目がけて。
これはもう、突破口が見えません……。
白馬はどうしようもない。せめてマスターだけでも。
なんとか割り込んで止めねばなりません。
その白い獣に背を向けました。
私は槍を上段に構え、リザンテラに特攻する姿勢を取りました。
マスターに14回目のツルハシが打ち振るわれようとしていた、その時。
「あなた、それほどでもないけど、私が相手になれるのかしら」
灯火がリザンテラを包みます。……これは一体?
振るおうとしたツルハシは、その炎に焦がれ形を失いました。
「こ……この炎は」
左手に三閃必中、右手に焦げた棒、その両の手には極彩色の手袋。
首からハンドベルを提げた奇怪な男はうめき声を上げます。
攻撃が中断した事によって、肉塊は徐々にうぞうぞと集まっていきました。
……生理的に見続ける事が不可能な現象でしたので視線を外します。
迫ってきた白馬に向けて槍の穂先を叩きつけます。
両の前足を上げて嘶きました。突撃を躱します。
「アリスさん、そちらは任せます」
「……トリアナさん、……戦えるんですか?」
「弱い取り巻きは不可能ですけれど、この男だけなら抑えられるようですわ」
わかりました、と返事をします。
リザンテラ以外全員を5分間面倒見続ければマスターが復活します。
付近に倒れるイフリータ達を見やりました。
二人は、この敵たちを相手取ってマスターを守って、ボロボロになった……のですね。
……よく頑張りました、休んでいてください。
金属の矢が飛んできました。
オーバードライブしている今なら、その魔法効果がよく見えます。
一般的な木の矢の尾羽に当たる部分を摘み、返す手で飛んできた方向に投げ戻しました。
そちら方に残った建物で大爆発が起きます。
まだ、やってない。逃げられましたね。
『おみっさはわたしにまかせてください!』
21人中ただ1人離れているのなら、シルキーにもできる仕事はあります。
多勢に無勢のその戦いの鍵は、この場の全員が握っているのです。
『わかりました。では、私は残り全員を見ます』
願わくば、この最後の槍が敵を打ち滅ぼす前に折れない事を。
また、マスターが復活する前に私たちの誰かが倒れない事を。
二人のイフリータが無事である事を。
祈りの舞を神に捧げるように、踊り狂ったように、戦った。




