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56. 通信費(銀貨30枚)

 私は、レグリス国の第一王女として育てられました。


 父は王様。ジェイル=レグリス、母はカトリーヌ=レグリス。

 二人とも優しくて、同時に厳格な、……よき両親でしたわ。


 レグリス国には様々な呼び名がありました。

 境界の無い国(ボーダーレス)優しき国(カインドネス)愛の国(ラヴァーズ)


 この国には様々な人種が集まり、身体の大小、貴賤、肌や髪の色などの差別なく生活でき、結婚して子供を作って、何不自由なく生きていける。

 そんな、理想の国だったのです。

 だからこそ色々な人種の人々に、色々な名前で呼び親しまれてきました。

 そんな、素敵な国だったのです。


 ……たった一つの、常識の欠如を除いて。


 ええ、どんな差別もなく結婚ができるという事は。

 職業が違っていても、この国では結婚ができます。

 結婚すれば子供を作りますわね?


 ……。


 この国はいつしか、禁忌の子で溢れて(・・・・・・・・)いました。


 そんな風に国の体系が変わったのは父、ジェイルが統治するようになってからなので、祖父である前王リバーブル=レグリスの没後からです。

 今からですとおよそ23年前。


 つまりマスターがルードに住むようになった14年ちょっと前からですわ。

 事が公になったのは、先程までの話と同時期。

 つまり今から8年ちょっと前。


 この国では禁忌の子を多く生み出している。

 危険だ。危険な国だ。

 歪みを生む国だ。


 その噂は少しずつ広まっていきました。

 悪い事ばかりではありません。差別によって不当な扱いを受けてきた夫婦が救いを求めてやって来て、幸せを掴んだりしていました。

 しかし、情報屋の間でのみやりとりされているうちはまだしも、禁忌の子達が10歳を迎えて世界へ旅立っていくのに合わせて、新聞に載るようになったのです。


 間もなく、戦争になりました。

 基本的に禁忌の子は、特別な資質があるか特別な人間と繋がらなければ何の戦闘能力も持ちません。

 是正者の襲撃によってボロボロになったレグリスは、隣国ヤファニドに攻撃されて呆気なく陥落しました。


 ……わかりづらいですわね、ちょっと順番に並べます。

 ええと、聖歴はわかります?

 ……フランとリタ以外はわかるようですわね。


 二人には悪いですけど、歴史のお話はまた今度にさせていただきますわ。

 長くなりますし、今神々の誕生の話なんて聞いても仕方ないでしょう?

 というわけで、書いていきますわ。



 2014年11月(23年前)

     リバーブル=レグリス没


 2014年12月

     トリアナ=レグリス誕生 ジェイルが戴冠


 2028年12月( 9年前)

     マスターがアムニ村を飛び出しアリスと出会う


 2029年 3月( 8年前)

     シルキーと出会う フレイとルビィを仲間に


 2029年 8月

     マスターがルードに レグリスの現状が公になる


 2029年10月

     是正者による襲撃 死者多数


 2029年12月

     ヤファニド国軍による攻撃によって陥落 降伏


 2030年 1月( 7年前)

     トリアナ、奴隷商の手に渡りゴールドゲートへ


 2037年10月(現在) 



 ふぅ、こんなものですかね?


 レグリス国は、もう跡形もありません。

 ……仕方ないのです。何の後ろ盾もなしに、世界の理に背いたのですから。


 でも……。でも!

 私は、父も母も、間違ったことはしていなかったと思っていますわ!

 仮に父母が病に倒れ、私が女王になっていたとしても。

 境界なく、自由な、理想郷を目指して同じ政策を取っていたと思います!


 だから、マスターの、禁忌の子を救いたいという気持ちには賛同してます。

 その力がありますもの。


 なので、レグリス国唯一の生き残りとして、またその元王女として。

 マスターの力になりたい。

 それが、私のマスターと共にいる理由ですわ。


 ……ありがとうございます。


 ? ええと、私がゴールドゲートに居た時の話を聞きたい、ですか?

 わかりました、では、……ええと、ここに立てばいいんですね?

 そしてこれを操作して、はい、大丈夫ですわ。


 はい、いつもマスターやアリスがやってるみたいにですね。

 行きますよ。


 ……あれ? 始まりません。えっと、これをこうし




*




「トリアナ嬢ォ、ごー気分は如何でしょう」

「最悪の下ですわ」


 馬車に揺られながらトンネルの中を往く。

 隣に座る鼠色の男、名前は『―――――――』

 上機嫌に話すその態度が、私の機嫌を逆撫でしていました。


「いやはや、こーんなにも早く買い手がつくとは思わなかったぜぇ」

「……」


 一応私は無傷で助け出された形にはなりましたが、この男についていく気にはなりませんでした。

 しかし他に行くあてもない。逃げだしたところで生きる術もない。

 少しでも、少しでもマシな結果を求めた先が、その悪趣味な男でした。


「無傷、穢れなしなら提示金額の4倍を出してもいいと言われたからよォ。

 2倍と言われていたら正直理性を抑え切れる自信がなかったぜ」


 中指と薬指を揃え上向きにして、素早く折り伸ばしするジェスチャー。

 意味はわかりませんでしたが、生理的嫌悪感がしました。

 最低の気分でしたわね。


「そーろそろ着くかね、若者が夢を食いつぶされ、金持ちが夢を買う店。

 ま、俺も若い方か? ゴールドゲート。それがここだ」


 屈強な男たちに周囲を守られ、安全を確保した後に私と―――は馬車を降りました。


 眩い程の黄金の輝きに包まれた、荘厳たる建物。

 金の光に混じって精霊が放つ赤桃色の電飾光が、余計に嫌な雰囲気を醸し出していました。


 私たちが向かうのは、裏口。


 ビリヤードとダーツの音が響く薄暗い遊技台裏を通って。

 若者たちの熱に浮かれた声を聞いて。

 慙愧の念に焦がれる泣き声を耳にして。


 苦しそうな声を放ちながら揺れる女性の姿を遠目に見て。

 ガラスでできたシャワールームとお手洗いを見て。

 血に塗れたベッドを見て。

 点滴や、何に使うかわからない山のような器具を見て。


 最低だった気分が、更にどんどん悪くなっていきました。


「さ、着替えてもらおうかね」

「……こ、……ここでですか」


 辺りには男性の店員がうろうろしています。

 私は冷静を装っていましたが、声が震えました。


「こーれからずっと見られんだよォ? 勢いで脱いじまいな」

「……」


 暴れても、泣いても、死のうとしても、きっとどうにもならない。

 強硬手段を取るなら、もっと早くにもできた。

 けれど今ここに居るのだ。

 抗っても、良い方向に転がる事はもはやありえない。


 受け取った下着を見ます。そのデザインに唖然としました。

 隠せる部分は最小限です。にも関わらずひらひらの布素材が纏わりついて、男性の情欲を煽る効果があるだろう事は一目瞭然でした。

 体の正中線はほとんど全て露出しています。

 その上に、よく調べてみると隠せる部分にすらスリットが数本入ってます。


 身の振りや動作次第で、内側が見えてしまうでしょう。


 元々着ていたドレスで身を隠しながら、下着の着け外しをする。

 首輪のせいで思うように脱げない。

 視線が集まるのを感じる。

 どうにかこうにかホックをつけた。


 パンツにも、ホントに何を考えているのかスリットが入っています。

 ドレスで隠しながら履き替えようと思ったところで、首輪の鎖を強く引かれました。


「あッ!」


 ばたりと倒れてしまいます。奇異の視線が集まりました。

 ニヤニヤとした、下卑た感情の籠もった厭らしい眼に囲まれて、おかしくなりそうでした。

 なんとか立ち上がってドレスを再び着ようとしたところで。


「んなもん着ていいって誰が言ったよ。そのままで出んだよォ」


 だろうとは思っていました。諦めの、薄い笑みが浮かびます。

 そのままの格好で立ち、言葉を待ちます。


「お前はな、穢れていても金貨にして2万5000枚で売れる」

「……そんな値段で買う人が」

「居るんだよォ。

 それにな、穢れていない今なら10万で買ってくれるって話だ」


 正気ですか。レグリス国の金庫にもあったかどうかという枚数です。


「だから1ヶ月だけ様子を見る。それで売れなきゃ俺がお前のおー花畑な頭と体に踏み入って堕としてやるよォ、楽しみだぜ」


 それだけ言うと私からドレスを引っ手繰り、首輪の鎖を引きながら薄暗い通路へ入っていきました。

 私はそれについていくしかありませんでした。


 その先には、物凄い照明と、怒声歓声の嵐。

 

「お前はここで、売れなきゃ1ヶ月過ごしてもらう。

 1日2回のシャワーとォ、トイレの時間以外ずっとここでだ。

 飯も1日2回。そんでな……」


 そこで―――は言葉を区切って、涎を垂らしながら言葉を続けました。


「早く客に買ってもらう為にな、ストリップしたり自慰行為するくらいなら、認めてやるぜ。部屋の隅っこには道具だってあるぞォ」


 さっぱり、何を言ってるのかわかりません。見た先にある道具すらも、何をする為のものなのかわかりませんでした。

 野次を飛ばしてくる客たちにその意味を叫ばれた時、頭が真っ白になりました。私が、そんな事をしなければならないの?


 誰でもいい、優しい人なら誰に助けられてもいい。

 大声を上げる肥え太った貴族や、厭らしい視線を送る老人。

 そんな人が視界を埋める中、はっと気づきました。


 私を真摯な瞳で見つめる若者が居る。


 それが、流離のギャンブラー、エウリオ・ダージ……。




*




 の後ろに居た、マスター=サージェントその人なのでした。


 人ごみに埋もれてはいたものの、たった一人で辺りを値踏みするように見回して、物珍しそうに値札に見入り、辺りの野次に聞き入って。

 私から見たら、逆に(・・)すごく目立っていました。


 私はその黒髪黒目の少年に、心を囚われました。

 視線が合った時、涙さえ浮かびました。

 助けて、と心で叫びました。


 少年は驚いたような表情をし、腕を組んで頭を掻いた後、銀貨を取り出し、その銀貨をどこかへ消し去りました。

 何をしているのだろうと考えていると、どこからか声が聞こえてきました。


『あーあー、聞こえる? 24日間だけ耐えて。迎えに来るから』


 それだけ言うと、気障にウィンクをして歩き去っていきましたわ。

 不思議な能力を操る事、私に予告してくれた事、その立ち居振る舞い。


 人柄はわからないけれど、その『宣言』は信用に足るものだったのです。


 少なくとも、他の誰より希望に満ち溢れた存在でした。

 マスターが来なければ、……いや、考えたくありませんわね。




 因みに結局、ダージの印象は全くないままでした。

 彼がマスターと戦った後、彼への感情はこれ一つになりましたわ。




『可哀想な人』

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