55. ふくろ焼き(1つ銅貨70枚)
さ、2軒目行くか。
え? 城だよ。城。3軒買うって言わなかったっけ?
3軒もどうするかってそりゃ決まってるだろ。
普段用、観賞用、保存用。
当然だろ?
……常識無いってお前が言うかリタ。
俺の常識は俺だけのもんなの。俺に慣れてくれ。
んでさ、エレニアの城を買ったのって本当にパック? あの『最低』の?
って言うか俺の店で働いてたってマジ? 金貨4枚盗んで逃げたって?
頭ん中ハテナだらけなんだけど。
正直アイツには関わるだけ無駄だから無視しよう、ホントに面倒くさい。
ん、パックが誰かわかんねえのはフランとロズとリタ?
フィルも知らねえっけ?
まぁー、いつか、いつか話すわ。
パックと俺との関係? そうさなぁ……。
は? ライバルじゃねーよ。
アイツが勝手に『最低の奴隷商人』名乗ってるだけだろーが。
いいか? 最悪と最低はちげーんだ。つまりだな――――
*
マスターがトリアナ相手に大人げない解説を始めてしまったので、こっちはこっちで昔話をしましょうか。
ええと、ルードで生活を始めて、一年くらいは大きな戦いはありませんでしたね。一番平和だった時期かもしれません。
あ、学校へ通ってる時は別です。
あの頃も、今と同じくらい楽しくて充実していましたね。
マスターはなんでも買えますけど、服屋を巡ったりとか本屋へ行ったりとか食堂へ行ってみたりだとか。
それらにはそれらなりの趣があると、あちこちを連れまわしてくれました。
世界の情勢に置いて行かれてはいけないと、新聞も取っていました。
読み書き算術話術理科地理常識はマスターがシルキーとフレイ、ルビィに教えているのを横から聞いて復習したりしました。
歴史と魔法、能力と技に関してはみんなで勉強しましたね。
マスターが真っ白な紙を作って配り、それをノートにしたのを覚えてます。
マスターのノートは端から端まで真っ黒になるほど書き込まれていました。
金銭術について、技能について、概念について。
今もあるんじゃないですか? アジトか異次元倉庫か……マスターに頼んで出して貰えば読めると思います。
初めて街へ出た時の事ですか、そうですね……。
感動が詰まっていた、と言えると思います。
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「俺たちの自宅がある貴族区を出るとすぐクライン街だ」
「このおっきい門の外からがすぐまちです?」
「不思議な感覚だ。喧噪とはこういう概念か」
「うるさいほどでなく、心ちよいていどのざわめきがある」
会話がキャッチボールになってませんけどいつも通りです。
みんなマイペースなんですよね。
シルキーだけが質問系なので私が拾ってあげましょう。
「そうですね。一歩出ればもう街です。色々見て回りましょうか」
「はぁい! ありす、一しょにいこう!」
「俺の見える範囲から出るんじゃねーぞ、はぐれたら大変だ」
はいと、私とシルキーに手を出させたマスター。
私たちの小さな手にちょんちょんと硬貨を乗せられました。
私とシルキーは、お小遣いとして金貨1枚ずつ受け取りました。
ちょっと多すぎるんじゃないかと思ったのですが……。
「足りなければ言えよ」
マスターは何を買うと思ってるんでしょうか。
こんなにあったら本ですら3.4冊は買えます。
本屋はあとで行きましょう! 行くべきです。
本は、いいものです。
……私に合わせてくれたんでしょうか。
「あまいの! がたべたいです!」
「それじゃ、出店のありそうな広い通りに出ましょうか」
その言葉を聞いたマスターは『出ろ!』と唱えて地図を出しました。
詠唱によって、地図と一緒に物凄く縦長のステータスカードも出てしまい、シルキーと私はけらけら笑いました。
「ダ、ダメですよそんな短い詠唱に二つも効果を入れたら……ふふふ……」
「こんな人、ますたぁい外にいないです……いひひ」
マスターは赤い顔を片手で隠しながらカードをぴぴっと振り、消しました。
「茶化すのはやめろ」
ぐしゃぐしゃっと水色の髪の毛を撫でられ、舞い上がったシルキーは出店に走って行きました。元気いっぱいですね。
私もシルキーを追って石畳の床を駆けました。
砂糖の焦げる香りが漂います。
シルキーはその、パン屋の前にある出店の商品にくぎ付けになっています。
「ふくろ焼き?」
「いらっしゃい、パン屋ガルザード名物ふくろ焼きだよ。見るのは初めて?」
はい、と返事をするとパン屋のおじさんはその串に刺さったものを渡してきました。無論シルキーにも。
「え、あ、えーと、おいくらでしょう」
「お嬢ちゃんたち可愛いからサービスだ。
常連になってくれたら嬉しいしな。ま、食ってみ」
「ありがとうおじちゃん!」
しげしげとその串に刺さったこぶし大の団子のようなものを眺めます。
カステラ状の生地に砂糖がかかって、カリカリに焼かれているようです。
サクサクと食べるシルキーの目は星のように輝いています。
私も一口。
それは、知らない世界でした。
外側はカリカリでサクサク、内側はふわふわでふっくら。
真ん中は空洞になっていて、これがふくろ焼きという名前の由来になってるだろう事がわかります。
カラメルの甘みがふわふわとした生地と相性抜群、甘すぎるという事もなく次々に食べれてしまいます。
「おじちゃん、もう一こ!」
「うーん、次からはお金をもらうぞ、一個70銅貨だ」
それをシルキーが金貨で買ったら、お釣りで潰れてしまいますね。
マスター達も合流してみんなの分をマスターが追加で買ってくれました。
「こ、これは。美味い。甘みというのはこうも疲れの不快を癒すものか」
「おいしい。カリカリとふわふわのコントラストによさをかんじる」
フレイとルビィも欲しいもの言えよ、とマスターが言うと。
「い、いえ。我らは使役されるもの」
「おこがましいというものだ……」
「うるせー! なんでもいいから好きなもん選べ!」
イフリータ達はマスターに細腕を掴まれ、あちこちの店へ連れて行かれました。
悪りいな、とマスターは私たちに声をかけましたが、たまにはフレイとルビィにも日頃の労いをしたかったのでマスターをお貸しする事にしました。
ただ勿論私たちもついていきましたけどね。
5人で服屋に入り好みの服を見つけては買って倉庫に放り込み。
靴を買っては、装身具を買っては、腕輪を買っては放り込んで。
それはそれは楽しい時間でした。
あとのお着替えタイムを楽しみにして、買い物を続けました。
本屋では、教科書になりそうな本や歴史の本、精霊魔法初級の本などを買ってもらいました。
貴族街にある自宅に戻った時には、みんなへとへとでした。
みんな、今日はどうだったか? とマスターが声をかけます。
もちろん、楽しかったに決まってます。
「ますたぁ、またお出かけしよーね!」
「私からもお願いしたい」
「どうしてもというならついて行っても……いや、ついていきたい」
こんな感じで、少しずつイフリータの二人とも馴染んで行ったのです。
*
この晩は、大変でしたね。
ファッションショーを期待していたら着せ替え人形でしたから。
……悪くはないんですけどね。
服を変え品を変え、入れ替わり立ち代わり……はっ。
い、いかがわしい話ではないんですよ!
そのままの意味で、って、マスター……その映像なんですか?
あの、人が折角誤魔化そうとしているのにそれはあんまりじゃあ……。
そ、その服は……見覚えあります。
そんなところに穴が空いてる服なんてなんの意味があるのかと……。
え、私こんな大きな声で……。
ちょ、ちょっと音量下げて貰えませんか!?
じ……自分のこういった声を聞くのはあまりいい気分はしな……。
あ、え!? こんな事されてたんですか!?
よ、4人纏めて? ええ!?
ああ……リタのスイッチが入っちゃいましたね。
もう収拾付きませんよ。
位置交換法で下着を取られたところで細事だと思えてしまいます。
え? ……あ、え、そんな服は、細事じゃないです。
ちょ、ちょっと勘弁してください、シルキーに、シルキーにお願いします。
私は、位置交換法に抗う術を考えるべきかな、と、シルキーがふだん着ているような羞恥心を煽り続けるが如くの服に着せ替えられて、思いました。
ほんとに、やれやれです。