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54. 最悪なりの愛

 買えた買えた。6桁は覚悟してたけど意外と安かったなー。

 トリアナより安いじゃんこの城。ウケるな。


 ここのいいとこは俺のお気に入りの人種、ジャゼウェル族がすぐ見に行けるところだな。

 気温は……まぁシルバーケイヴとは真逆だけど寒いより暑い方がよくねえ?


 あーフラン……お前の私室には氷の精霊いっぱい用意してやるから我慢してくれ。あと薬もちゃんとあげるから。

 いやいや、やったあじゃなくて。白い粉じゃなくて。

 塗る方。命がけのボケをするんじゃねえ。


 さて、王族たちは屋敷にお引越しだ。もうここは俺の城なの。

 お金あげたでしょ。新しい城でも10年くらいかけて新築したら?

 わかる? この城はもう俺のもんなの。

 アトラタ城改めマスターキャッスル。如何か。


 納得した? うんじゃあ出てって。

 そ、これからはご近所さんとして仲良くしましょ。

 名刺居る? 要らない、じゃもう用は無いよ。お疲れさーん。


 さ、こんなもんか。とりあえず会議室でも見に行こーか。

 …………うん。まぁまぁかな。模様替えとかはあとでしようぜ。




 ……え? 話の続きが気になるって?

 しょーがねえなぁ、俺が話した方がいい? 映像で見たい?


 あーうん、じゃあいつも通りで。




*




 あと1分ちょっと……でリザンテラとガルドネリ両方を殺せるか、と言ったら、多分無理でしょう。

 2人ともかなり離れた場所に居ます。拒絶追放は魔力的にもう使えません。


 どちらかのみしか狙えないのなら、狙うべきはブレインであるリザンテラ?

 いいえ、スナイパーを放っておくのは今後の事も考えると嫌ですね。


 ……マスターの全身に傷を負わせたのも主に彼ですし。

 許せませんよね。

 絶対に。


 地面に転がる二人の亡骸を見やり、少しだけ憐れに思いました。

 確かに、この手でとどめを刺したのです。私が。

 しかしすぐに切り替えます。二人とも、相容れない敵だったのですから。


 今の私の体からは、水蒸気のようにエネルギーが迸ります。

 エプロンは放り脱ぎ、カチューシャは振り捨てて、スカートは破ってスリットを作りました。

 これで、オーバードライブ状態でも動きやすいです。


 ……シルキーを狙う銃弾が発射されたのが見えました。

 もはや破れかぶれです。

 そんな攻撃が今更通用するとでも思っているんでしょうか。


 そっと、屋根を砕かないように跳躍します。

 銃弾に追いついて摘み取ります。

 投げ返そうかとも思ったのですが、コントロールに自信はないのでその場に捨てました。

 街への被害も考慮して。


 フレイとルビィがシルキーのすぐ近くで受動的に守ってくれています。

 なればこそ、私は能動的に守るだけです。

 

 リザンテラが恐らく居る方向から、赤い閃光が走りました。

 何か、仕掛けてくる?


 あと1分、撤退するなら今しかない。

 けれど、ガルドネリを殺せるのも今しかない。


 一瞬の逡巡の後、私はずっと私たちを悩ませ続けてきたスナイパーの方向へ駆け出しました。

 屋根に足をつけ、跳ぶ。それを6回ほど繰り返すとすぐに、ベランダに腰掛ける銃を持った男のところまで来る事ができました。


 余裕そうに構えるガルドネリの首筋に、確かに冷や汗が流れたのは見逃さなかった。


「驚いたね。歪みの力を二重に使ってるのかい?」


 それが、彼の最後の言葉でした。

 潰しの棒を乱暴に打ち振るっただけで、彼は赤い水溜りになったのです。


 そこで、私のオーバードライブは切れました。

 崩れるようにして倒れ、もう動けません。

 マスターは……? 私がやった事は無駄じゃなかったのですか?


 そんな考えを粉々に打ち砕く声を聞きました。


私たちは(・・・・)正義の味方です(・・・・・・・)


 疲労とペナルティで異常に重たくなった体を無理矢理動かしてそちらを見ると、全く無傷のクロスボウ使い、オミッサの姿がありました。

 さっき確かに殺したはずなのに。


 セットされている金属の矢(クォーラル)は、最初に放たれた水色と青色のもの。

 夢でも見ているんでしょうか。


 遠く離れた空では、ルビィがスラテリと再び交戦を始めました。


 蘇生能力……? そんな事、どんな現象よりありえない。

『存在』が、そんな事を許さない、はず。


「お前たちが自ら命を絶ってくれれば、私たちが手を汚さなくて済むのに」


 この台詞は。


 ……巻き戻っている?

 やはりリザンテラを先に潰すべきでした……か?

 ガルドネリの死体の方を見やると、赤い水溜りのままでした。

 巻き戻りに条件は、ありそうですね。


「何か言い残す事は?」


 この期に至っても、私は心に余裕がありました。

 マスターが絶対に助けてくれると。

 そう信じていたから。


「それはこっちのセリフだが」


 ほらね。

 マスターが。

 無傷の(・・・)マスターが、現れました。


 オミッサは少しだけ驚いた顔をしています。

 私は、笑みを押さえられませんでした。

 よかった。

 安堵と、嬉しさと、期待通りの安心感。


「ガルドネリは押さえた。これで、もうおめーらには負けなくなったぜ」


 ずっと考えてたんだ、とマスターは言葉を続けます。


「拒絶追放を、金を使って俺が操れたら最強なんじゃないかってな」


 そうそう、……って、え?

 私の技能(スキル)を、マスターが?

 それはどういう……。


「密かに身分偽装(ディスガイズ)を研究して新たに開発した能力(アビリティ)

 名づけて、技能借用(スキルバロウィング)金銭代用(サブスティテューション)

「何を言ってるか、わかんないよ!」


 とりあえず、首だけそちらに向けて見守る事にします。

 もう完全に動けないので好きにやっちゃってください。


「アリスの名に於いて命ずる!

 神聖なる槍よ、我に危害を与える者を世界より弾き出し給え!拒絶追放(リジェクト)!」

「そんなもの、無効にしちゃ」


 マスターが放った槍は神々しい光を放ちながらオミッサと、彼女が放った矢に吸い込まれるように飛び、一瞬光り輝いたあとどこかへ消えてしまいました。

 私の拒絶追放と全く同じです。流石はマスターです。


 それに。

 あんなトップグレード程度の無効で『私の』『マスターの』拒絶追放が無効になりますか。


 オミッサの敗北を見届けたリザンテラとスラテリは、屋根伝いに跳んで逃げていきます。

 マスターは追おうとしましたが、私の方をチラッと見て、止めました。


 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ複雑な気持ちになりましたが、私を思って追わずに居てくれたのです。それは素直に嬉しいと思いました。


「終わったぜ、待たせたなアリス」

「……それはいいんですけど、……一応聞きますけどどうやって生き返ったのですか? 確かに心臓に穴が」

「命を買った。傷が概念でつけられるなら命を乗り換える(・・・・・・・)しかないと思って」


 もはや何を言ってるのか理解ができません。

 でもそういう事なんでしょう。


「発揮度が高い命ならば傷よりも優先して修復に充てられるので……」

「む、難しいのでまたあとで優しく教えてください」


 その言葉に、マスターは何を勘違いしたのか。

 突然態度を豹変させました。


「教えて……ほしいのか?」


 動けない私の顔の横に手をついて、真っ直ぐこちらを見てきます。

 首元に吐息がかかります。

 ふ、不意打ちはやめましょう。

 目を逸らしますがまだこっちを見ている気配がします。何を、いきなり。


 髪の毛をぐしゃぐしゃっと撫でられました。


「また後で、な」


 その瞬間に、全身の痛みが消えました。

 私についていた傷は、マスターに移動しました。


「またそんな事を……」

「ん、アリスの痛みは俺の痛みだぜ。苦楽悲喜哀歓全部俺のもんだ。

 誰にも譲らねえ。絶対に誰にも。

 だからお前も、終わりの時まで一緒に居てくれ。」


 ぼっ、と顔から火が出ました。

 傲慢なまでの愛の告白です。

 お前だけを愛する、とかじゃなくて。あくまで上から目線で。


 でも、それでもいいんです。

 シルキーも居ますし、イフリータ達も。

 家族同然なんです。


 歪んでいるなりの、最悪なりの、不器用な愛なのです。

 不意に涙が溢れました。

 私はどうにか、感情の波で歪んだ声を、絞り出します。


「一緒じゃなきゃ、嫌です」

「わぁってるよ。みんな一緒だ」


 マスターは自分の右半身に刺さった矢を抜き、治療をした後壁を買い、そこに傷を売りつけました。

 またかさぶたまみれになったマスターは右腕を掻きながら言いました。


「合流するか。しばらくリザンテラは襲って来ないだろ。

 普通の生活をしよう。ごく普通に生きよう」


 マスターはそれを自分に言い聞かせているように思いましたが、私もそんな生活は長く続かないだろうなと思っていました。

 でも、当面の危機は去り、お金もちょっと前と比べればありえないほど貯まっています。


 位置交換法でみんなと合流しました。

 私はマスターの腕に抱かれたままの移動となりました。

 このまま時間が止まってくれるなら……なんて、ロマンチックな事を考えてしまうのは私だけなのでしょうか。


 シルキーは無傷です。フレイも大丈夫そうです。

 ルビィはちょっと傷を負っていましたが、マスターが買い取りました。


「……いたくないのか?」

「痛てえよ。けどお前らも同じように痛かったんだろ。だから平気だ」


 あとは、と言いながらマスターはフレイとルビィに向き直りました。


「とりあえず、俺の心臓か脳を潰してくれ」


 きょとんとするイフリータの二人。

 私は、ハァと深く息を吐きながら『言葉が足りなすぎる』と目を細めながら独りごちました。

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