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52. 2人分の疲労(銀貨-70枚)

「俺は仕入れの為に貧民街へ向かう。それが終わるまで時間稼ぎを頼みたい」

「……仕入れと言うと?」


 アリスは疲れが抜けきっていない顔を向けてくる。

 体を動かして手足をほぐしてはいるが、大丈夫だろうか。


 ……返答する前にとりあえず疲労を買ってやろう。

 若いうちの疲労は買ってでもしろって言うしな。

 ……言わねーよ。ちょっとちげーよ。


 全身にずっしりと二人分の疲れがのしかかる。

 重さが、だるさが、しんどさが、全身に降りかかってくる。


 ね、眠みぃ……。

 これはやべェ。


「マ、マスター、そんな事されなくても私は大丈夫です」

「い、いや、この疲労をどっかに押しつける方法はあるはず……」


 例えば、生木。

 並木道に生える公孫樹のような木を一本買う。

 そこに全ての疲労を押しつける。


 ……売れた。全身が楽になった。

 ストレスを受けた木は見る見る萎れていく……という事はないが、近いうち立ち枯れするかもしれない。

 この移動で消費した金は銀貨数十枚程度だ。


 疲労を引き受けた時にちょっと金が増えた感じはした。

 価値がマイナスの物を買うと金は増えるというのは実験でわかっている。




*




 概念売買(コンセプトディール)を使う際、『位置』などの所有権が存在しねえ物は、視界内の制約のみで売買ができる。

 けど、土地や植物、生物、建物等々所有権が存在する物は、自分が所持していねーと概念を売買する事はできねえ。


 異次元倉庫内部で同じ空間に居る人間の思考を覗く時、所有権と信頼の両方がないと覗けねえっつーのと似た話だな。

 なんか条件はあると思うんだが、制約なしで売り買いする方法は、この時から数年経った今でもわからねえ。

 ま、金さえ積めばそんな条件やレジストすら貫通して売買できるし今となってはどーでもいいか。


 話しついでに言っておくと、ダンジョン内の壁に所有権はない。

 一応生物のはずなのだが、概念なのだろうか。


 同じようにして、甲殻類の外殻などにも概念売買は通用する。

 エビの殻も概念でできている……?


 なわけねーだろ。

 この辺にも一定のルールがありそうだな。


 続き? へいへい、ちょっと待ってな……。




*




 そうそう、仕入れな。


「まぁ……必要なもんだ。あんまり見られたくないから独りで行かせてくれ」

「見られたくない……?」


 俺は貧民街で、あるもんを買う。多分、買える。

 売った相手がどうなるか、わからないが仕方ない。

 ……カマトトぶってるわけじゃねえがホントに実際やってみねえとわかんねえだろ。薄々わかっちゃいるけど……。


「俺は、お前ら(・・・)と普通に生きて、暮らしたい。けど今は戦う時だ」


 戦わなきゃ、立ち向かわなきゃ、大手を振って外を歩くことすらできない。

 ただ生活するだけなら異次元倉庫に引きこもれば100年は生きられる。

 遠隔売買もあるし、中に農園でも作ったら一生を過ごせるだろう。


 でもそんな生き方望んじゃいない。

 最悪でもいい。正当に生きたいだけなんだ。


「アリス。シルキーと組んで、リザンテラとあと一人を見てくれ」

「わかりました」

「いえすまいますたぁ!」


 返事に力が籠もる。その意気だ。

 まだまだ指示出しを続ける。


「そしてアリスは光の大盾を使って、絶対にダメージを受けないようにしてくれ。一発でも食らっちゃダメだ。」

「それは…………そうですね。私の仕事はそういう事なのですね」


 一瞬顔を伏せたが、すぐに理解してくれた。

 自信無さげな顔をしたが、やるしかないと思ってくれたんだろうか。


 ダメージをちょっとでも受けたらすぐに劣勢になる。治りも遅い。

 だからこそ守り重視の作戦で行かねばならない。

 アリスがわかってくれて助かった。


「フレイ、ルビィ。残り二人を分断してくれ。戦う必要はない」

「はい、わかりました」

「イエス、マイマスター」


 最後にもう一つ。重要な事だ。


「ガルドネリって呼ばれてた銃使い。

 こいつにはタイミングが合えば拒絶追放を使って構わない。

 その場合フレイとルビィは合流してカバーしてやってくれ」


「了解。お任せください」

「まかせておくがいい。ボクがいのちに代えても守る」


 お前らも生きるんだよ。一緒に、ずっと。

 命に代えられちゃ、困る。




---




 最初に飛び出したのはルビィとシルキーです。

 シルキーが索敵を行いました。リザンテラの気配は遠くにあります。

 付近にはオミッサとスラテリの気配を感じます。

 ガルドネリの気配は、今のところありません。


 私とフレイもすぐに飛び出します。

 マスターは別の出口から貧民街へ向かったようです。


 入ってくる情報はシルキーが共有してくれます。

 彼女が一番重要なので、攻撃されないよう守ってあげなければなりません。

 なので私が常に傍についています。


 オミッサはクロスボウ使いの女性。革の服と髪の赤が屋根の色に馴染んで、とても探しづらい。

 スラテリは槍使い。同じく赤髪だが服はタイトなフェンサー衣装の上から軽鎧。羽帽子を被っている。


 銃で狙撃してくるガルドネリという人は、未だ姿を見た事がありません。

 四人とも是正者のようです。


 マスターに命令された『一撃でも受けてはいけない』という指示は恐らく、是正者の能力で歪みの子にダメージを与えると治らないからでしょう。


 ……。マスターは隠したがっていたようですが、バレバレです。

 全身に残った傷を見ればわかります。私たちに入る全てのダメージを負い被って身体に抱えて、必死に治しているところを見ましたから。


 彼自身の能力の強さ故か、70%程は治るようですが完治はしません。

 しているように、見えません。


 外に出る度、不意を討って攻撃を仕掛けてきたり、泳がせておいて油断を誘ってから突然襲い掛かってきた彼らを、今度はこちらから攻撃します。

 勝算は考えていません。でも、私はマスターを信頼しているので、私は私の仕事をするだけです。


「フレイ、槍使いをお願いします。私はシルキーを守りながらクロスボウ使いに接敵します。リザンテラが近づいてきたらそちらへ向かいます」

「わかった。ルビィ、アリスとシルキーに傷一つ負わせるんじゃないぞ」

「わかってる。フレイは気おいすぎないで」


 こくりと頷きあうと、フレイは一人槍使いの元へと跳んでいきます。

 私はシルキーを抱きかかえ屋根の上へ跳躍しました。ルビィも追従します。

 クロスボウ使いオミッサの元へ、最短距離で駆けました。




*




「……胸糞悪いぜ」


 ここは家のない老人たちが集まって生活していた、茅葺屋根の小さな家。

 老奴隷の死体がごろごろと転がる中、俺は吐き捨てるように呟いた。

 薄々わかってただろ? こうなる(・・・・)って事。


「わかってた。けど、必要だったんだ」


 本当にか? ただの保険だろう。

 必要はなかったんじゃないのか?


「……保険だって人生には必要だろ」


 そりゃそうだな。納得できた。

 納得できりゃ、いつも通りの俺だ。

 絶対に無駄にしない。

 手を合わせて祈りくらい捧げてやろう。




 人を殺したくないとか、悪事に身を染めたくないとか、そんなところに俺の苦悩や葛藤はない。

 もうそんなもの親父を殺した時から失くしてしまった。


 二度目の人生だからか。まるで夢を見ているような感覚がする。

 普通の人間とは感覚がズレているのだ。

 俺の自伝が後世に残ったとて、誰にも理解されないだろう。


 でもそれでいい。

 手の届く範囲だけは、絶対に守り通せる力が欲しい。

 矢面に立てる力が欲しい。ただそれだけ。


 だからこそ。

 だからこそなんだ。


 俺は買い受けた『それ』の暖かさを、普通では伝わり得ないそのエネルギーを、確かに感じつつ戦場へと駆け出した。

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