5. アリス(金貨1500枚?)
薄暗く、薄気味悪い森の中、ぽっかりと空いた空間にその建物は建っていた。
高そうな建物だな、と思った。
高さがじゃなくて、値段が。
なんでこんなクソ小さい村のすぐ近くにこんな豪華な建物があるんだよって心中で突っ込んだが、だからこそ発見されづらいんだろっつって納得した。
奴隷は表立って金銭で取引されはする。
しかし奴隷階級だからっつって全員が全員絶対に誰かしらの所有物であるとは限らねーよな。俺もそうだし。
つまり逆に、奴隷階級でなくても奴隷として取引されるやつも居るってこった。
だからこそ疚しくない取引をできる奴隷商館は街中にあるし、そうじゃないところにある店ってのは……。
そーゆー事だ。
何?毎度毎度濁すなって?これは俺の口癖だからほっとけ。悟れ。
煌びやかだとか、豪奢だとか、そういう言葉が似合いそうな、言わば小さな宮殿のような建物。
俺のような薄汚い奴隷は場違いだよな、と思ったが、いやいやこここそ奴隷館。
まさにふさわしいってもんよ。
……ちげーか。野菜は八百屋だが買いに来るのは主婦だもんな。
え?意味がわからんって?
俺が野菜で貴族が主婦だよ! わかれよそんくらい!
比喩っつーんだよ。
野菜の為に綺麗にしてるわけじゃないっしょ?
わかった気がする? それでいい。
木陰から様子を見ても、外からは人が居そうな気配はしなかったが明かりはついている。誰かしら居るだろ。
白塗りの壁に黒い網状の金属でできた街灯が並ぶ。
発電施設もない世界でよくもまぁ電球をこれだけ並べるよな。
……と思っていたが、よく見てみると球状のガラスの中には小さな光の精霊が。お抱えの精霊使いが居るんだろうな。
中の構造を目視で観察してみると、やっぱりと言うか牢屋のような部屋が多そうだ。
ぐるりと反対側へ回ってみたんだが、そこは大きく檻で囲われた一角があるのがわかった。
んでそこは牢屋ではあるんだけど、外に出られるようになっているんよ。
壁は半分くらいガラス張りになってて、中が見えるようになってる。
ペットショップと同じだよなこーゆーの。
んでそのショーウィンドウに居たのが。
金髪碧眼の、今の俺と大体同じくらいの年齢に見える女の子なんだよ。
錦糸卵みたいな綺麗な色しててさ、いや褒めてんだよ。瞳も人形みたいで。
薄手の使用人みたいな服を着ててさ、華奢さがその上からでもわかったんだ。守ってやりたくなる感じ、わかる?
更に不思議だったのは、どこも縛られてたりはしねーんだ。格好に似合わない首輪をしてるくらいで。
そんでまぁ、その首輪についてた名札? 値札?
どっちでもいいか。二つ折りのカードがついてたから見たんだわ。
「アリス……1500G……?」
唖然としたね。1500Gって。金貨1500枚?そんなアホなと思って数え直したわ、いちじゅうひゃくせん……確かに4桁。
Gはゴールドの略だよな。ゴールドは金。金貨1500枚。1500まんえん。
女の子一人に金貨1500枚って誰が買うんだよ!って思うだろ?
俺が買うんだよ!
こん時はまだ買えないけどさ。
カードの内側も、そん時は見えなかった。
そんな感じで檻の近くへ寄ってみると、アリスは外へ出てきてくれたんだわ。
「いらっしゃいませ、如何しましたか……?ってあれ?貴族の方ではいらっしゃらない?」
「初めまして見目麗しい御嬢さん。卑しい身分であります金銭術師のマスターと申します。以後お見知りおきを」
丁寧口調で喋ったのは、見栄だ。カッコつけたかった、ただそれだけに他ならない。
貴族にも見えるその奴隷ことアリスは、金色のその髪をさらりと流しながら返答してくれた。
「メルケミスト……私と同じ奴隷階級なのですか……?お若いのに言葉づかいもしっかりしていらっしゃいます。
不思議なお方ですね。お一人でこんなところまで一体何を?」
迷い込んだんだよ。
その旨と、泊まるところを探している事、着の身着のままな事、年齢、性別、とにかく話せることを話した。
逆に言えば転生者だとか親父を殺して来たとか、話せない事は全部隠した。当然じゃんな。
するとアリスは不思議そうな顔で続ける。
「地図か、迷いの結界を解く魔法がないとここまでは絶対来れないはずですし、外にも出られないはずなんですけど、その辺りは如何されましたか?」
「地図ならある」
現在位置が点滅し、向いている方角がわかる。そんな特殊な地図を檻越しに見せる。
驚愕の表情を浮かべられた。なんだ、この地図がどうしたんだ?たった210えんで買った地図だぞ。銀貨3枚でお釣りは捨ててきたが。
……まぁ超技術的である事はわかる。でも安かったし。
その白桃みたいなほっぺに親指を当てながら思案するアリス。可愛い仕草だ。
俺は返答を待った。
「……森の外へ出ることができる、という事ですか?」
「もちろん」
そりゃそうだろ。
俺一人なら一晩やり過ごした後に街まで行けばどーにでもなる。
でも俺はこの時雰囲気で察した。この子は外に出たい。
うん。俺と境遇は同じだったからわかったんだわ。
このまま人生を浪費して、その力を振るえずに幕を閉じてしまうかもしれない。そんな焦燥感。
わかるぜ、俺にも。
だからなんとなく、してほしい事はわかってた。
「私を買ってくれませんか?」
その言葉が来ると思っていた。
俺はニヒルに笑いつつ、用意していたセリフを言い放った。
「後払いなら」