46. 合計収支(大体±0)
……気づく道理はないが、概念を操る魔王だからな。
油断しねえでいかないと。
今俺はルードダンジョン地下150階、天井の隅に居る。
身体の重さを0近くまで売ったので、ナイフ一本で天井に居られる。
体重をマイナスまで売れば簡単に浮く事もできるが、人間が浮くという現実と世界の常識との整合性が全く取れないせいで歪みが出てしまう。
この場は節約だ。
俺は先にダンジョンに入ってた方のマスターだ。
148階でアリス達を連れた俺と合流して、さっき突入した。
その時からずっとタイミングを見計らっている。
トリアナがそろそろ動き始めると思う。彼女の攻撃に合わせて、概念防御を解除してやるのが俺の仕事だ。
「かかれ! 月高架橋!」
あぶねっ!?
フランの剣閃は魔王に掠りもせずに俺の太ももだけを掠めた。
血が出た。痛い。
……。
俺天井に居るから気を付けてねって言ったよね!?
って言うか気配が0になってる俺によく当てたな!?
アイツ最近わざとやってるフシがある。
構ってほしいんだな、可愛い奴め。あとでお仕置きじゃ。
……でもフランには全く意味ないんだよなぁ。鞭が鞭にならない。
御しがたい奴だ。そこがまた可愛いんだが。
……遠目だが、魔王は戦いながらもなんらかの詠唱を始めた。
瓦礫が次々に浮いて、紫色の体躯を覆うかのように浮遊する。
それアレだろ。
『絶対貫通』とかを付与して飛ばしてくる奴だろ。
対策はしてあるから大丈夫だ。
……しっかしあの魔王、ほとんど詠唱無いのズルいな。
瓦礫が浮き上がっていくのを見た俺たちは、用意の術の準備を始めた。
「立ち上がれ、舞い踊れ。我が意思の元に集え! 民の短剣」
「くみあがれ。ふきすさべ! 短剣造り!」
「わが声はともの声なり!
その言ばをなんどでも聞きとどけよ!多重詠唱!」
「概念使いと付与魔術師の名に於いて命ず。光り輝ける閃きよ。
数多の刃に宿り、絶対たる其の現象に、必然など無いと云う事を説き給え。
取消付与」
「みんながんばれ~!」
「聞いたことない詠唱ばっかりだ……」
向こうの俺も頑張ってんなぁ。向こうの俺も俺なんだけど。
……トリアナの起動を待とう。もう少しだ。
*
瓦礫を纏うようにしている魔王サタナキア。
それと向かい合うように立つ、アリス、シルキー、フィル、フラン、ロズ。
やや後ろに『俺』と、俺に抱えられたトリアナ。
俺たちと魔王の間には、無数のナイフと瓦礫。
どちらからともなく、お互いを目指して飛び始めた。
ナイフと石ならばナイフの方が強そうに見えるが、能力の発揮度に違いがあれば石の方が勝つ可能性だってある。
飛び交う量が少しずつ増えていく。ナイフはその瓦礫を正確に叩き落していく。
サタナキアは苦い顔をしている。
砕けた瓦礫が、少しずつ視界を曇らせていった。
一頻り、金属と土くれの雨が降り終わった頃。
もうもうと立ち昇る煙の中に、さっきまで居なかった者が立っていた。
煙が晴れる。そこには。
「……お待たせ致しました」
逆境使いトリアナ。
長い長い、ホントに長い道のりだった。
プチ家出どころの騒ぎじゃない。
でも、トリアナが永久に死ななくて助かった。
「お話はちょっとだけ、ティナに聞きましたわ。私、皆に迷惑を」
「いいから。先に魔王をどうにかしよう」
トリアナは、わかりましたわ。といとも容易く答えた。
諦めの苦渋に顔を歪ませた魔王の顔が目に入る。
ロズあたりは、トリアナのこの自信の程を思い知る事になるだろうな。
『炎よ、灯れ』
---
現在、アジトへ向かう道中。
道筋は、リタを連れて帰った時と同じだ。
結論から言うと、トリアナの炎の威力が高すぎて魔王サタナキアの概念障壁をあっさり貫通してしまった。
燃え尽きるサタナキアは、トリアナと二言三言会話をした。
そして、諦めきったような顔で、安らかに姿を消した。
彼は、一本の杖を遺して消えた。
俺は、その杖をトリアナに渡しながら言った。
「これが欲しかったんだろ?」
するとトリアナは、こう言った。
「いいえ? 来たのはただの暇つぶしですわ?」
その瞬間、周辺気温が40度くらい下がったように感じた。
トリアナ、おめーさ。
「俺らを振り回し過ぎたんじゃねーか?」
「来てくれなんて頼んだ記憶はないですわよ?」
「人間標本!」
俺は一旦トリアナをカード化した。あとでみんなで折檻だ。
懐かしの我が家。ホールの地面には6本マジックアイテムが転がり、俺の部屋からとんでもない声が響いてくる。
大合唱だ。
おいおいリタだろーけど何やってんだよ。と言いつつ部屋を覗く。
リタに気配を買い戻してやるのも忘れずに。
「あ、マスター。お帰り」
『ぉ……帰りなさいませ……旦那様ぁ……!」
なんか服をひん剥かれた籠絡部隊の子が5人も居るし、旦那様呼ばわりだし、ベッド水浸しだし。
薬も無くなってるし、酒もめっちゃ減ってる。って言うか首転がってる。
リタ、何やってたの。
「え、なんでもやっていいって言ってただろ?」
「限度があるし最低限ベッドは汚さないようにって言わなかったっけ?」
そうだっけ? と首を傾げるリタ。まぁ仕草はかわいいけどさぁ。
「反省は?」
「してない! けど超楽しかったし気持ちよかったん」
「人間標本!」
*
俺はその後、片づけと事後処理に追われた。
ただでさえ手狭なアジトが、新たに大量人員の増加で持たなくなってきている。
まぁトップグレードの魔法武器が大量に手に入った事と、籠絡部隊がほぼ丸ごと籠絡できたのは大きな産物だ。
金にもなるし、城買った時メイドにもできる。
シラセは、戻って来なかった。ひょっとしたら151階とやらに飛ばされているのかもしれない。
ま、あいつならなんとかするだろ。
トリアナとリタはどうしているかと言うと。
……聞こえるか? アリス。
うん、地下に居る。
『反省するからぁ! 反省してるからぁ! 許してぇええぇぇ』
まださ行の発音がしっかりしてるから余裕そうだし心からダメになるまでそのまんまだ。
反省したら勿論優しくしてやる。
最悪には最悪なりの心遣いがあるのさ。
そう思いながら書類に目を通す。
ん? なんだこの落書き。混ぜたの誰だ……なになに?
『エレニア城は頂いた。パック=ニゴラスより』
どうぞどうぞ。
……エレニア城は別に要らないけど、城は要るよなぁ。
って言うか誰だよ。
……誰だよって事はねえか。記憶が飛んでた。
いや、盗られてたの間違いか?
それは置いといて。
そうだな、とりあえず。
アトラタ城でも買いに行くか。
四章はこれにて終了。読んで下さった皆さま、ありがとうございます。
明日より五章が始まります。
散文具合に磨きがかかってきたので随時修正します。
変なところあったら教えてください。




