42. ハーブティと軽食(1人400エリー)
この街には、ウェンド族しかいないわけではない。
が、変わり者が多い。
世界の最南端、最低気温はマイナス40度にもなろうこの地で生活しようと言うのだ。偏屈か事情持ちしか居るまい。
割合はというと、女性のウェンドが一番多く70%ほど、続いて男性のウェンドが20%。それ以外が10%ほど。
男性のウェンドはアニヒレイターとイージスの襲撃によって数を減らした。
今やシルバーケイヴ人口1500人のうち300人程度しか居ない。
絶滅危惧種もいいところだ。もはや消滅してしまったがアニヒレイター達の悲願は近いうち勝手に達せられるだろう。
女性のウェンドだが、成人でも130センチ程度しかない。ウェンドに変装しての潜入調査は不可能だ。
ならば普通に旅人を装って酒場にでも行くしかないだろう。
そういった考えで残った籠絡部隊を斥候隊6人、潜入隊7人に分け、前者は隠密しつつ外的な調査を。後者は3チームに分かれ店などの調査を行う事になった。
街に入るのは危ない、そんな甘えた考えはもう捨てた。
私ことラフレシアは、スリーとセブンを連れて街の真ん中の広場へ堂々と足を踏み入れたのである。
どんな格好をしているかは調査済みだ。ジャケットではなくコートを着用。
武器は持っていない、拠点に置いてきた。怪しまれでもしたら本末転倒だ。
旅人に見えるようわざわざ大荷物を持って、宿を取ってからの調査。
「……今のところ完全にやってる事が旅人と変わらんな」
「その分怪しまれなくて済みますよ」
それもそうか、と坑道の入り口らしき木枠を見ながら酒場のドアを叩いた。
迎えてくれたのは、巨大な体躯。2メートル50くらいはあるだろうか。
私も女性の中では背が高い方だと思っていたが、ここまで見下ろされるのは生まれて初めての経験だった。
上半身はネックレスのみ。下はだぼついた作業着のようなズボン。
ベルトがボロボロだ。長い間使っているのだろう。
この外見で獣人でも亜人でも魔人でもなく人間と同じ種族だと言うから驚きである。角があったり髪の色が違ったりする程度ならよくあるんだが。
店内に入ると、そこそこの賑わいを見せていた。
6つあるテーブルのうち5つが埋まり、カウンター席も一つ飛ばしで全て埋まっている。
カウンターの後ろにはこれでもかというくらい酒瓶が並ぶ。
キープのタグがかかっているものもまばらにある。
客は女性が多いが冒険者も多い。ウェンドの男性は店主を含めて3人だ。
比率的には少ないが空間占有率はなかなかのものだ。
壁には共通言語で『前払い』と書かれている。
「いらっしゃい。3人か」
「ああ、店主。暖かい飲み物と軽食を人数分頼む。これで足りるか?」
そう言いながら金貨を1枚出す。
毛むくじゃらの店主はもさもさの眉の奥で瞳を訝しげに動かした。
「両替商が目立たないのは問題だな。またマスターに替えてもらうか」
ぽりぽりと頭を掻く毛むくじゃら。
受け取ってくれはしたが、手が巨大だったので扱いづらそうにしていた。
「む、独自の通貨があるのか」
「冒険者に見えたが何も知らないんだな。
ここは雪に埋もれてるから、通貨を発掘するのが骨なんだ」
そう言って、ほらと見せてくれたのは、大きさもまちまちな木や貝の化石。
それに加えて宝石なども貨幣として扱われているらしい。
木のもの1枚で1エリー、貝は25エリーと言うらしい。骨が100エリーだ。
貨幣に名前があるのも不思議だなと思った。
会話の中で、マスターの名前が出た。
一応情報収集の一環として質問を投げておくか。
「最悪の……か。お前たちウェンド族にとってそいつはどんな存在なんだ?」
興味本位で聞いた風を装って話しかけた。
マスターは有名人だ。それこそ『最悪の』と言ったら通じる程度に。
そんな彼の庇護を受けているウェンド族はどんな視線で奴を見るのか。
「マスターは、恩人だ。最悪などと呼ばれてはいるが、誰より未来を見ていて誰より人を案ずる、誰よりも優しい奴だ」
こと女には弱いがな、とガラガラ声で笑う。
奴はウェンドから絶大な信頼を得ているようだ。信仰と言ってもいい。
それはこの店主だけって事はないだろう。カウンターに居た老ウェンドも頷いている。
真っ向から精神を操ってマスターにぶつけたりなどは厳しそうだな……。
空いていた最後のテーブル席に案内される。
椅子が8つ置いてある一般的なものだ。端には調味料や食器が並んでいる。
料金が前払いになっているのは席を移動してもよいようにだろう。
部屋の端には情報屋らしき胡散臭さを放つ『人間』が陣取っていたり、なんのマネだろうか『用心棒』の看板を背負っている大男がビンで酒をかっくらっている。
そこまでの実力は感じない。
観察を続けていると、男性3人女性1人、ウェンドの女性2人のパーティが、店主に挨拶をして、ビン入りの薬を人数分受け取って出て行った。
テーブルの片づけをしている店主に声をかける。
「今のは?」
「ああ、薬か? 俺は何でも屋でな、薬の注文もやってる。ダンジョンに行く冒険者向けにな。頼まれれば出すだけだ」
ダンジョンか、やはりそう言ったものが無ければこんな辺境の地に住む理由はない。
ここのダンジョンについては調べてある。
浅い階層から魔物が強く、まだ17階層程度までしか探索が進んでいない。
だからこそ寒さが気にならないのが前提だが、ウェンドに偏見を持たない、強い冒険者に小さな人気があるのだ。
産出されるのはその魔物達の素材なのだが、ワーム系が多い。
青棘蠕虫の皮膚で作られた肌着。
内側は柔らかで暖かいが、外側は他人が素手で触れると棘が突き刺さる。
他にも杖やローブなどの素材が手に入るとか。主に後衛職向けだな。
「いらっしゃい。6人か? ちょっと待て、片づける」
声をかけて片づけを中断させてしまった事に僅かな罪悪感を覚えながら、これからの行動に頭を巡らす。
すると。
「おーーーーっす! フランキスカ! 俺が来たぜ!」
「こんにちは」
「きたぜ」
「お、マスターか。丁度いいところに……う、フランカレドも居るのか……」
必死に目を逸らす。まずい。
さっきまで必死に探しても出てこなかったのに……。
こんなタイミングで鉢合わせるとは。
は、早く出ないと……。
「お待たせしましたー!ホットハーブティと軽食です!」
タイミングの悪い事に、厨房から出てきたコックらしき女性ウェンドが料理を並べ始めた。ここで席を立っては不自然すぎる……。
スリーとセブンが『ヤバい』と視線を送ってくる。ええいわかっているわ!
と、とりあえず平然としておけ。顔だけで何がわかるわけではあるまい。
「席は……悪いな。相席になっちまうがそこで頼む」
落ち着こうと口にしていたハーブティを吹きそうになる。
確かに4席以上空いているのは我々のテーブルしかない。
「すまねえな、しかし女三人でこんなとこまで来るなんて珍しいなー。
籠絡部隊だったりする? なんつって」
ハーブティを持つ手が震える。なんで名前まで漏れているのか。
サーティーンは行方不明になったのではなく、捕えられてしまったのか。
我々の行動が遅かったわけではない、はずだ。
返答できなくなっていた私の代わりにスリーが割って入る。
「何を仰っているのかわかりませんね。……私たちはこちらに寄るのでそちらをどうぞ」
「おお悪り、……んー? どっかで聞いた事ある声だな」
籠絡部隊は訓練と魔法によって、私以外のメンバーは外見から声帯まで同一に揃えられている。
サーティーンが捕えられているのはほぼ確定したが、こちらもまずい事に。
スリーとセブンはぐっとマフラーで口と鼻を隠した。
「他人の空似じゃあないんですか?」
「かもな、……フランキスカの飯はうめーからちゃんと食えよ」
「これたべてもいいか?」
「フラン、それはこの人達のだからダメだ。注文しろ」
マスターと一緒に居るのはアリス、ロゼッタ、それと薄着の子供だ。
我々の相手になりうるのはマスターだけ。
しかし事を荒立てた場合、この店を全滅させねばならない。
「どうした? なんで食べない?」
もうやるしかないか。覚悟を決めろ。
はっ!? 何故店の中に人が残っていないんだ? いつの間に。
……そこで、マスターの後ろで黙っていた侍女服姿の女が口を開いた。
「……マスター、これで何人目でしたっけ?」
「8人目だな。その真ん中の奴が頭だ」