41. 骨喰い(金貨19枚)
145階。
マスターが居なくなったっす。
「……ちょっと!?」
楽勝だと思ってた矢先の事っしょ。
襲い来る巨大な犬たちを処理していたところ、ふっと掻き消えるようにしてどこかへ行っちゃったっす。
「ますたぁ!? ……いしきはんぶんしょうめつ、こうどうふのう。
し、しらせさん、どうすれば!?」
う、うちっすか!? 確かにフィルとシルキーだったら、戦闘面を考えると選択肢はないっすけど……。
慌てるんじゃないっす、こんなの修羅場のうちに入らない。
とりま、犬を片付けるのが先……っすね!
二人とも近くに来るっす!
「……地伝衝戟!」
「ぬぅ!」
「揺れに気をつけろ!」
……この犬喋るんすね、キモいっす。
骨喰いの広い面を地面に叩きつける。
厚みがあるのに撓むその鋸のような剣は叩きつける事で衝撃波が発生する。
人を守る可能性がある傭兵用心棒稼業の人間にとって必須のスキルっす。
「かーらの、嘶き叫べ、骨喰い!」
足を取られて動けなくなっている大半の犬たちを薙ぎ払う。
当たったものはまず立ち上がってこれない。
命中部位の骨が完全に断裂しているのだ。
「140階台でもこいつらは対処しやすい方っすね。魔力も要らないっす」
シルキーを落ち着かせる為に喋りながら戦う。
金貨300枚も貰っちゃってるっすから、心配りくらいはサービスっすよ。
まぁお茶らけすぎるとやらかすっすからやり過ぎないよう適度に……。
「ねッ!」
飛びかかってくる筋肉質の黒犬を、能力を使わないで頭から切断した。
ただ骨を斬るだけがこの剣の本質じゃねっす。
骨ごと斬る。骨だけ斬れる。
シンプルなその二つの力しかないからこそ強いんす。
トップグレードの武器にもそう負けはしないっすよ。
「さすがますたぁのよーじんぼーさん……」
水色髪の半妖精に拍手された。紅葉の葉みたいな手で頭を撫でられる。
これは、悪い気はしないっすね。
一通り片づけ終わったところで部屋を見回すと、小さな穴が地面に空いているのに気が付いた。……マスターここに落ちたんすか?
器用っつーか不運っつーか。あんだけ強いのに抜けてるっすね。
ま、用心棒としちゃ護り甲斐があっていいっすけど仕事までが長いっしょ。
「マスターは気絶してるんすよね? ここから降りるのは厳しそうっす」
「そうだね、ボクは時間がかかっても普通に降りるのがいいと思う」
あとちょいっすからね。ただこっからはワープで楽勝とはいかないっす。
「ワープができないだけで、シルキーがマップ見えるし、ボクが壁抜けさせられるから時間的にはあんまり変わらないけどね」
……やっぱずるいっすこのパーティ。
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おおもう一人の俺よ。気絶してしまうとはなさけない。
……酸素が足りなかったんだな、買っといてやろう。
意識は繋がってるから『意識的に起きる』という謎の行動が取れる。
酸素が部屋に十分拡散しきったのを見計らって起きる。
「げっほげほ……あー、やられたわ。酸欠で気絶しちまうとは」
穴から落下したところまでは覚えている。ここはどこだ?
あたりを見回しても真っ暗だ。
とりあえずスプライトを飛ばして明るくする。
見回すと、白骨死体の山が現れた。
……マジかよ、なんだこれ。
「ここに着地しちまったのか、ちょっと気持ち悪りぃな……」
そこは犬たちと人間の骨が山のように積み重なった死体安置所。
人為的に積まれ、そして火をつけられたという印象を受ける。
「わざわざ火ぃつけてったのかよ、余計な事しやがって。
もしそいつが女だったらぐっちゃぐちゃに犯しながら蝋燭垂らしてやる」
火には火を、ハンムラビ法典にもそう書かれている。
部屋を改めて見回すと、漁られて半開きになった宝箱が目に付いた。
まぁ目ぼしいもんはないだろう。
しかし、戻れそうにないな。落ちてきた穴には『返し』がついてる。
下から飛んで戻ろうとしたら全身血まみれになって死ぬだろう。
それに、多分あいつらは追ってこないだろう。
シラセとシルキーが居るから別ルートを選択するはずだ。
ここからは一人か。情報系の能力が欲しい……。
そこでマクロボックス、感覚強化を使う。
他の攻撃用ボックスみたいに限界まで詰め込んだわけではない。
強化用に調整した量を入れてあるので、感覚が暴走したりはしない。
普段から強化状態にしておかない理由は、煩わしいからだ。
要らない情報や好みでない情報まで全て拾ってしまう。
感覚が馴染んでくるのと同時に、嗅ぎ慣れた残り香に気づく。
これは……トリアナの匂いだ。
こいつを追っていけば合流できるぞ。
ついに、と言った感じだ。
連れ帰れたら絶対夜は寝室に呼ぶぞ。
そうと決めたら兵は神速を尊ぶ。ダッシュで行く!
と思ったが、その部屋を出ると走れるほどの広いダンジョンではなかった。
こ、こんなところを通ったのか?
ここからがまた長そうだ……と思った。
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150階。
現状。
あたしは、魔王と相対していた。
紫色の肌に巨大な角が2本。リングの真ん中に鎮座している。
肉体も巨人のようだ。黒基調の礼服に、白いマントを羽織っている。
さっき猫道が操る何かが言ってたオウって、こいつの事か。
歪み塗れ、穢れ塗れなのに、是正ができない。
概念防御が分厚すぎるんだ。
「我は魔王。ダンジョンメーカーから授かりし名は『サタナキア』
……貴様は何を求む」
「あたしはティナ。この体のもう一人の住人が、マスターの為になれる力を欲している……はずだ。それが望み」
「よかろう、ならば戦って勝ち取るがよい」
やっぱそういう展開だよな、このフロア入ってすぐ気づいたわ。
ここは戦うための構造にしかなってねえ。闘技場もいいとこだ。
……どーすんだ。トリアナに交代したいところだがまだ復活していない。
あたしは是正以外まともに戦う力を持ってない。
「……戦うってどうやってだ?」
「なんでもいいぞ。殴り合いやリング形式での戦闘でも構わない。
王は寛大だ。貴様のルールで戦ってやろう」
……なんでもって言ったな。
「じゃあしりとりだ。あたしからな。しーりーとーりー『リサイクル』」
「…………………………『ルーペ』」
魔王サタナキアの驚愕、痛恨、苦悩、諦観と移りゆく表情を見れただけで、来た甲斐があったかもしれない。
「あたしが負けたらどうなんだ?『ペンシル』」
「殺す。『ルート』」
「……はぁ、クソが。『トライアングル』」
「それくらい賭けられないのであれば来るべきではなかった。『ルビー』」
「ご尤も。『ビームライフル』」
「……光線の小銃だと? ……『累積』」
「知らねーのか? 『キャラメル』」
「知らぬ。『ルーキー』」
「そうか。『ギャンブル』」
トリアナが復活してくれれば。
マスターが駆けつけてくれれば。
何かが起これば。
そんな事を期待しながら『る』を紡ぐ。
正直あたしもしりとり強いわけじゃねえんだ。
精神と命を削っていくような、ギリギリの戦いが幕を開けた。
誰でもいい、早く来てくれ。
この、戦う力を持たない、あたしを救ってくれ。