40. 三人分の武器(金貨1155枚)
「こんなもんか」
水音と、振動音と、くぐもった嗚咽、必死な呼吸音が地下の一室に響く。
研ぎ澄まされた集中力で精神防御を増すという刀剣士のアビリティ
『一意専心』を突破するのに時間がかかっている。
誠心誠意心を籠めて話せばわかってくれると思ってるんだが。
「これはわたしにはやってくれないのか?」
やっていいの!? と全力で食いつきたいところだが、アリスとロズの視線が痛い。
もう一人の俺よ、チーム分けを少し間違えたのではないか?
……そんな事はないぞ。
ロズがそっちに居るべきなのは火を見るより明らかだ。
守護という点ではアリスも必要だろう。
だよなぁ。
と、こうやって頭の中でやりとりするのも、もし傍から見れるのであれば、牛と蛙の人形を一人で喋らせるのと何も変わらない。
空しさに心を曇らせつつ、隷属の詠唱を始める。
「契約者の名の元に、汝の未来を買い受けん!『絶対服従!』」
手元の銀貨がきらきらと瞬き、引き締まったその肢体へと纏わりつく。
が、首元で形を成そうとした瞬間に、再び弾かれてしまった。
涙と鼻水とよだれに塗れたその目から、まだ意思の光は消えていない。
しかし、契約を弾いた弊害か、全身から汗が噴き出るのが見える。
うなじから、細い首元から、薄い胸筋の上に乗った僅かな脂肪から滲む。
じわりじわりと、ステーキ肉に火を通した時の油みたいに液体が染み出す。
あたりに50枚ほどの銀貨が散らばる。
「まーだ何かしらの能力か技能を持ってるのかねおめーは」
ぶんぶんと首を振る侵入者の女。じゃあその精神障壁を解け。
口を割らせるより精神を覗いた方が正確な情報が手に入る。
だからこそ必死こいて隷属させようとしてんのに、無駄に頑張られてんだ。
「安いのによく耐えるわ……。
この間にも金貨は減り続けてるし勿体ぶってる場合じゃねえ。一気に『200倍』行くぞ」
異次元倉庫から溢れ出る金貨が山を作る。
止め処なく涙の流れる眼が驚愕に見開かれる。
「耐えたら辛いぞ、身を任せていーんだぜ」
「ぅぅ……!」
キッと睨まれる。女騎士ってこんなんばっかだな。
もう一度詠唱。
『絶対服従!』
今度は成功した。載せすぎた掛け金の余りが、鼻と口と耳以外の頭部全てを覆い隠すラバー素材の覆面になり、そのまま全身に纏わりついて拘束具となる。その上から首輪が巻き付いた。
……あー、そこは隠さないんだ。……そこも避けるか。
「……ワァオ」
「……なんでそういうところばっかり露出させてるんですか」
俺の深層心理に聞いてくれ。
ちょっとテレビでは放送できない感じになった。
あ、いや、元々か。丸出しだったし。
……しかし載せすぎた掛け金は戻ってこないんだなぁ。
その分サービスは利かせてくれると。ホテルのチップみてーだ。
チップにしては高くついたが。
*
こいつら、籠絡部隊というらしい。14人メンバー。
各職業のスペシャリストを集めた集団だそうだ。
こいつの職業は刀剣士。通名サーティーン。本名はエディクト=ヘイネス。
さっき持ってた刀はなんと一等級魔法武器。
銘は消し飛ばすもの。
アリスが、テーブルに立てた普通の剣に向かってこの刀を振ったところ。
「え?」
「あ」
「ちょっ」
10メートルくらいに渡って全ての物質が5センチ幅で削られてしまった。
もちろんテーブルは真っ二つ。剣も真っ二つ。
刀に膨大な魔力を吸われたアリスは頭を抱えてへたり込んだ。
大丈夫か、俺に寄りかかれ。
マクロボックスから、さっきお持ち帰りしていた魔力をアリスに注ぐ。
少しの間頭を撫でてやるとすぐ元気になった。
「拒絶追放を使った時よりきついです、これ多分100%の力は出てません」
マジかよ。
……これは誰にも持たせられないな、強すぎる。巻き込んじまう。
このクラスの戦闘力を持つ奴らがあと13人も居るって?
「……半分に分けたのは失敗だったな」
と思ったのだが。
「……いえ、マスターの判断はいつも正しいです」
「なに、わたしひとりいればなんとでもなろうぞ」
「私に……できる事なら力になります」
言ってくれるじゃねーの。
とりあえず、普段持たせない魔法武器を引っ張り出す事にした。
相応の戦力が必要だ。
このサーティーンとか言う奴を捕まえられていなければ拙い事になっていただろうな。フィルにはあとで色々買ってやらねば。
「異次元倉庫の中に入って見せるより、ここに出した方が手っ取り早い。
欲しい武器を言ってくれ。都合に合うものを出そう」
「私は盾が欲しいです。武器は出せますし」
との事なので、魔法防具保管室をひっくり返してやっとこ聖王の護身を引きずり出した。
立てると俺の身長より高くなる。これでも170センチくらいあるんだが。
だがこの盾の防御力は一級品だ。
概念系攻撃すらトップグレードの半分程度まで弾く。
「……大きすぎませんか?」
「重さを買って別のところに売り捨ててあるから見た目より軽い。
……小回りは効いた方がいいな、小さくしようか?」
「お願いします」
大きさも売れる。……小ささは売れない。
これもベクトルの問題だろうな。
概念的エネルギーに方向が加わると取扱いできなくなるか視界制限がつく。
『何を言ってるかわからんだろ』
『ああわからん』
『大丈夫だ、俺もわからん』
『お前がわからんなら俺もわからん』
著しい空虚感を感じつつ、盾をアリスの腰くらいのサイズまで小さくする。
「こんくらいか?」
「ありがとうございます、この盾はどの程度まで防げるんですか?」
そこの刀ならギリギリ耐えられると思う。
能力や技能を乗せられたら怪しいかな。
「なるほど、過信してはいけない程度なのですね」
「俺が居れば、まぁあとちょっとしかないけど貯蓄してる魔力を渡してやれるから、ヤバイ攻撃が来たら出し惜しみしないで盾に魔力を注いでくれ」
アリスは、わかりました。と言った。
*
『矛盾』という故事がある。
矛と盾を売る商人の存在は今からする話に関係ないので置いておく。
なんでも貫く矛で、絶対に貫かれない盾を突くとどうなるか、という話。
この世界に於いては『少しでも能力の発揮度が高い方が優先される』のだ。
例えば、トップグレードのなんでも貫く矛で、ハイグレードの貫かれない盾を突いたならば、矛の勝ちだ。貫かれて終わり。
グレードの差は使い手によっては埋まらない。基本的には。
では、等級が同じ場合はどうなるのか。
それは、使うものの魔力や能力、技能を総合して、より能力を発揮できた方が勝つのだ。
「わたしの能力に『完全発揮』がある。
どんなぶきでもかんぜんにあつかうことができる。
まりょくがひつようなものでも、まりょくをつかわずにはっきできる」
「歪んでんなぁ。つまり、魔力を食いまくる武器を渡せば効率がいいんだな」
「そうなる」
万能戦士とは、なんでもでき、なんでも扱える戦士の事らしい。
フランは最初からなんでもできるからジャゼウェル元族長ハクラは将来がないと勘違いしたのではないだろうか。
生まれつきレベル100なんだもんな、そりゃしょうがないってやつよ。
そんなわけで、刃が爪の先くらいしかない長剣『月高架橋』と……。
「しゅくちのときにつかえるぶきがほしい。
いままではこえをおいてくるくらいしかできなかったしな」
との事なので、手造り短剣を渡した。
小さな模造ナイフが5本かかったキーホルダー。
それを、フランの首輪にくっつける。
ちゃりちゃりと音を立てるそれを見てフランは無邪気に笑った。
「プレゼントのようだな。このおんはかならずやたたかいでかえそう」
むろんからだでもいいが……などと言いながら顔を伏せるフラン。
個人的にはそっちの方が、と思ったが案の定アリスの視線を感じる。
「あー……頼むぞ。フランがよければだが好きな時に寝室に来い」
濁した感じで誘った。アリスは……まぁいいでしょうって感じの顔だ。
やったぞ!
フランはと言うと、上機嫌な様子だ。
「わかった! まいにちかよわせてもらう」
それは死んじゃう。嫉妬とか疲れで。
*
「ロズも剣なんだよな?」
「はい、一応剣士の家系です」
みんな剣好きだな。男のロマンだ。男俺だけだけど。
剣と盾とかで戦うのか聞いてみると、細剣一本でいいと言われた。
「巨大な敵と戦うのは厳しいです。ただ、相手が人間ならばそこそこの腕だと自負して……いました」
砂漠での一件で自身を失くしているようだ。
ならばロズはこれかな、『必中の細剣』
振れば必然レベルで何かの物質に当たる。
因果を無視するほどのグレードはないので、下手すると地面を斬ったりする。
サイフに一定量の金しか入れられないように、一つの武器にあれもこれも付与する事はできない。
そこでレイピアには硬さを与えてみた。
仮に銃撃を受けたとしても、振る速度次第で全弾防ぐことが可能だ。
ロズに戦わせるつもりはないので、これがいいだろう。
「ありがとうございます。家族以外から何かを受け取るというのは初めてだ」
「これからも精進するがいい」
さ、準備は終わった。サーティーンのカード化も済んでる。
とりあえず、ウェンド達に手を出されても困るし、街の警備に出よう。
「みんなで行くぞ、ついて来い!」
「おー!」
「了解です」
「わかりました」
留守番はリタに任せよう。多分大丈夫だ。
俺の部屋で大人しくしていてくれるだろう。
ま。ベッドが水浸しになってなきゃ、なんでもいいや。




