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36. ダンジョンからの帰還費用(金貨4枚)



 ここはずっと暗く、ずっと吹雪だ。


 街の外はトラップだらけ。

 何故こんなに山ほど罠が仕掛けてあるのか……。

 しかも致命的なものから冗談みたいなものまで幅広く、豊かなセンスを感じさせる。

 匠の技だ。


 雪の中に埋めてあるロープを踏むと山へ石が多数飛んでいき、それが巨大な雪玉となって襲ってきた時は死を覚悟した。

 罠職人なんて職業があるのだろうか。それこそ冗談だろう。


「隊長、前回の探索からサーティーンが行方不明です」

「……この吹雪では捜索は困難だ」


 籠城されてはとてもではないが攻めるのは難しい。

 どこかで情報が漏れていたのか。


「マスターの住処を見つけるどころか、禁忌の子一人すら見つけられない」

「その上この吹雪では……」

「一度出直すべきか」

「いや、出直したところで結果は同じだろう」

「天候使いは何をやってるんだ!」

「一瞬しか晴れないらしく……」


「うるさいぞ貴様ら!」


 大声を上げる。静まり返る簡易拠点の中。


 ここは木と氷でできた建物だ。

 魔法使いと精霊使いがあっという間に作った。

 これ程の実力の持ち主は世界でも有数だろう。


「ウェンドを捕らえる。交流がある者が必ず居るはずだ」


 ざわめきで建物に振動が走った。

 そう、ウェンドとマスターを同時に相手取ったイージスやアニヒレイターがどうなったか皆知らぬわけはない。


「お前らは、何か一つでもマスターを超える才能を持っているからここに居るのだ。自信がないのなら去るがいい。私は一人でも成し遂げてみせる」

「おぉ……」

「ラフレシア隊長……」


 尊敬の視線を集める為に鼓舞したわけではない。


「天候使いの、セブンと言ったか。何故天候が変わらないか言え」

「それがですね……」


 ……セブンの説明をまとめるとこうだ。


 セブンの魔力総量を50程度だとする。

 天候を変える魔法を、10の魔力で操るとする。

 情報に寄ればマスターは天候使いの力を最大5の力しか出せないらしい。

 つまり単純に、同時に天候を変化させようと思えば、マスターは負ける。

 これは実験によって判明したものだ。


 しかし現状について言えば、マスターは天候に『維持費』を払っているようだ。

 500程度の魔力(金銭)を天候に込めてあるとすれば、こちらも500の魔力を込めねば天候は変わらない。

 セブンならば10人分の魔力が必要となる。


「つまり何か、素の能力では勝っていても、金銭術を上乗せされると負ける、と。それも桁違いで」

「恥ずかしながら……」


 あれほど時間と手間暇をかけて情報収集を行っておいて、何故比較対照実験をしなかったのか。


 こいつらは見た目の個性こそ得物の差くらいしかないが、全員実力は折り紙つきだ。

 全員が単騎で龍種を倒せるくらいの実力はある。

 小細工無用でぶつかりあったら一瞬で我らの勝ちだろう。


 だが、その小細工が半端ではないのだ。


 例えば。二つのチームに分かれ、それぞれの陣地からボールを投げて相手にぶつけ、最終的に相手チーム全員にボールをぶつければ勝ちという球技がある。

 我々はルールに則って戦うならば最強のメンバーだ。


 マスターはそこに太陽を落としてそれをボールと言い張る。

 その行為に文句を言える者はいない。

 太陽を食らってはルールもへったくれもなく死んでしまうからだ。




 だから、搦め手には搦め手だ。

 これから作戦を発表しようと思う。

 正面から戦って勝てるならば採りたくなかった作戦を。


「みんな、心して聞いてくれ」




---




「うオおぉォオオオォおぉォォォォ!!!!!!」


 人が動く為には何が必要か!

 それはエネルギーだ!

 しかし運動エネルギーを無から得る事はできない!

 酸素と糖と水! 大体それだけあれば細胞がエネルギーを作り出す!

 グルコースからCO2とH2OとATPを生み出すとかそんな式はうろ覚えだ!

 運動エネルギーをランダムな対象から買う事はできない!

 風車のように単純な一方向への動きならば可能だが!

 詳細なベクトルの指定が必要な場合は不可能だ!

 そう言った対象は視界内に制限される!

 ならばこの体内で作り出すまで!

 ブドウ糖などのエネルギー源を摂取し!

 酸素と水を購入!

 細胞がエネルギーを合成!

 俺の運動能力と無駄に思考能力が向上!

 発生した水や老廃物を壁に売却!

 今俺は満ち満ち溢れるエネルギーの塊だ!


 壁だ!

 避けろ!


 敵だ!

 殺せ!


 障害物だ!

 壊せ!


 ボスだ!

 無視!


 階段だ!

 降りろ!


「ヌぁぁアアァァアあらあァああああァァアアアア!!!!!!!」




――――120階。




「お疲れ様です、チェシャ様」

「……もう動けねえ、筋肉がオーバーヒートしてやがる」


 ぼさぼさ眉毛とグレーの頭髪に、タキシードを着て赤いネクタイを締めた、如何にも執事然とした男性が出迎える。

 こいつは別に俺の仲間じゃねえ。10階層毎に配置された転送員だ。


 こんな方法でダンジョンを攻略したのは初めてだ。

 ザコばっかりな中層までだからこそできる方法か。


 地面にひっくり返ったまま思考する。その頭もかんだるい。

 とりあえず身体の熱や疲労は売ったがだるさが消えない。

 ……ふと思いつき、マクロボックスにこのだるさを突っ込む。


 治った。概念扱いで助かったな。

 ついでに用済みの筋肉もその辺の壁に売った。

 壁がムキムキになった。


 はー、やっぱり普段の体はいい。軽い。


 とりあえず空間魔法で外まで送ってもらう為に金貨を用意する。


 1階から120階まで降りるのに2日かかっていない。

 ワールドレコードだ。賞金とか出ねえのかな。


「マスター、お前すげえな。俺見直した」

「……そうかよ」


 リタもリタでさっきまで殺す殺す言ってたのに、今や平然としている。

 躾の甲斐があった……のか?

 尻尾をパタパタ振っている。ライオンってこんなんでいいのか?

 猫みてえだぞ。


「ま、一回帰って合流しよう。リタ、自己紹介考えとけ」

「おう。…………え、じ、自己紹介ぃ?」


 地上まで、と言いつつ金貨二枚を執事っぽい男に渡すと、シンプルな詠唱と共に扉が現れた。

 開け、扉よ。とかそんな感じだった。


 地上に出ると、目の前に巨大なルード帝国立ホテルが目の前に現れる。

 ダンジョン入口とは違う場所に飛んだのだ。

 やっぱわかってんなここのオッサン。


 リタの手を引きながら真っ直ぐ歩く。

 ホテルの中へ平然と入っていくと、リタはまごまごし始めた。

 半ライオン姿の彼女はごくりと唾を飲み込んで、ひっくり返った声で喋る。


「こんなところ入るのか、き、来た事一度もないぞ」

「なに、すぐ慣れる。その恰好なら違和感もねえしな」


 超絶に歩きづらそうな、純白にレースをあしらったロングドレス。

 二つのライオン耳の間に挟まるようにして乗せられた小さな王冠(コロネット)がなんとも可愛らしい。

 露出は全くないが、鍛えられた肉にぴったり張り付くような滑らかな布地が体のラインを浮かび上がらせていて婀娜やかである。

 高級ホテルにはお似合いの令嬢スタイルだ。


 でもぶっちゃけとんでもなく似合ってない。

 だがそれでいい(・・・・・・・)

 服装の重要なところは、内面をも着飾る事。


『可愛い女の子が美しくも似合わない格好をして恥ずかしがりながら歩く』


 この一文全てを以てして『服装』なのである。

 なんのコンセプトもなく可愛い恰好をさせたり、雅な恰好をさせたり。

 そんなものはナンセンスなのだ。


 俺の奴隷たちにそんな話をしてもまともに取り合ってくれないのだが。

 だからと言って一人語りの力説などしても仕方ない。


 真っ直ぐ歩く。とにかく真っ直ぐ。

 数年前から顔パスなのでカウンターを横目にひたすら歩いていく。

 豪華な絨毯、豪華なランプ。豪華な壁に豪華なプレートがかかっている。

 プレートの内容を見たリタはあたふたしていた。


「ちょっと待って、ここ貴族館だけど!?」

「俺は伯爵だからおめーが気にする事じゃねえ」

「はくしゃく!?」


 概念すら買える俺が爵位くらい買えねーでどうする。

 ひたすら真っ直ぐ歩いた正面の扉には102と刻まれた金色の装飾付き板。

 ポケットから鍵を出して回す。


「ほら、入れ」


 キョロキョロしながら102の部屋に入っていくリタ。俺も後から入る。

 立食会場にも使えそうなくらい巨大な部屋にはダブルのベッドが8つ。

 テーブルやソファが4つずつ。暖炉やロッカーも完備されている。

 ちゃんとメイキングもされているな。いい仕事だ。


「ここは……」

「まぁ俺の住処の1つかな。ルード支部というか」

「このクラスの部屋をいくつも……」


 全国津々浦々にあるから多分リタの想像より多く持ってると思う。


 さて、まぁ用があるのは扉だ。

 ちゃんと『そのままに』してくれているようだ。

 ただ埃くらい落としてくれ。他のところはちゃんと行き届いてんだから。


 この部屋の管理をしてるやつはマニュアル人間だな。

 機会があったらちゃんと教えておこう。


 ま、それはいい。扉に入れる金貨は二枚。

 アジト側でない扉は、偽装の為見た目はただの木の扉だ。

 いつもの詠唱。


旅人(トラベラー)の名の元に命ず!彼の地へ通ずその道を借り受けん!」


 扉が輝き出す。軽く引くと冷たい空気が流れ込んでくる。

 中は板張りの地下空間。2日振りのアジトだ。


 さぁ入って入って。

 煌めく扉へリタをずいずい押していく。


「こ、これは?」

「アジトへ繋がってる。仲間もみんな居るはずだ」

「あ、マスターだ。……新入りさん?」


 入る前にフィルがひょこっと顔を出す。

 お前がこっち来たら金貨1枚減るから気をつけろマジで。


「すぐ紹介するから全員集めてくれ」

「わかってるよー、……にへへ、マスターの顔2日ぶりに見れて嬉しいよ」


 俺も嬉しいぞ、ただトリアナを連れ戻すまで安心はできねえ。

 いちゃいちゃすんのはまた明日以降かな。


 『あの二人』の事も、アリスとシルキーに話さなきゃならねえな。

 と思っていたらシルキーが飛びついてくる。


「さびしかったです、ますたあぁぁ!」

「おぉーよしよし、すまなかったな」


 受け止める。軽い軽い。羽のようだ。

 すべすべの肌に薄いシルクの服。

 まさにシルキー。滑らかな手触りが疲れた体に心地よい。

 別に疲れとか残ってないんだけどな。


 アリス達を呼んできたフィルとフランも飛びついてくる。


「ボクも寂しかったんだよ? かまえよー」

「ふつかもあけるとは、マスターしっかくだな」


 そう言うなよ、スゲー急いだんだぞ。

 でもみんなわかってくれてるはずだ。

 アリスもちょっとずつにじり寄ってくる。遠慮すんな。


 ロズは……まぁ立場も事情も微妙だからまだ距離があるか。


「2日空けるだけで大げさだ。とりあえず報告と……紹介をな」


 リタに目配せをする。

 その場に居る全員の視線が物凄く浮いているドレス姿の女の子に集中する。


「うぇ、ええ!? な、えーと」

「えーと、ダンジョンに潜ってる途中で拾った。

 俺を見たこいつのチームメンバーは、助けてやったっつーのに俺を最悪と知るや否や攻撃してきたから全滅させた。

 こいつは歪んでなかったけど契約で自由を貰ったんで歪ませて戦力にした。

 職業は……獣戦士(ビースタンク)ってところかな。名前は――」


 とんとんっと背中を叩く。ぴくんっと背筋を伸ばして手を胸の前で丸める。

 時々こいつ猫っぽいよな……。

 その手の形のまま腰のあたりまで降ろす。

 キョロキョロしてからアリスの方を見て、言葉を紡いだ。


「俺は、リ……リタリノだ、です。生まれは西ゲランサの工業地帯です」

「西ゲランサって違う大陸じゃん……タンクって事はレコ付近の人かな?」

「お……はい、よく知っ……ご存じだな……ですね」

「……普通の喋り方で大丈夫ですよ?」


 ごめん俺が調教の一環でちょっとだけ矯正しちゃった。

 フランとかシルキーも変な喋り方だけど気にしてねーから普通でいい。


「悪い、俺は粗野なヤツが多い地方で育ったから口調が汚ねぇんだ」

「別にボクらは気にしないよ。レコは行った事あるから偶然知ってただけ」


 よく言うぜフィル。おめーが行った事ない街なんかあるわけねえだろ。

 肘でフィルの胸のあたりをつつく。


「ひゃっ、……言葉のあやだけどさ、そういうとこデリカシーないと思うな」


 最悪にデリカシーを求めるな。

 ……ま、馴染む切っ掛けを作ってくれたと思えばいいか。

 アリスはまとめ役だが、フィルは繋ぎ役だ。

 人と仲良くなるのが早い。人当たりもいいし。


 そんなこんなで報告を受けることになった。


 アトラタが金銭化できなかった件の事後処理。

 土砂降龍の鱗の売れ具合と加工武器の研究。

 それに伴う魔法武器の相場調査。

 ジャゼウェル族のその後。

 塩不足の話。

 カントカンド付近の鉱山が続々崩落している件。

 パック=ニゴラスの件。

 エレニア城が予想外にボロかった件。

 荷卸しと需要調査の報告。


 等々。まぁ大体報告だけで終わる話かどうにでもできる件ばかりだ。

 ちょっと数は多いが。

 マスターメモ帳のリタの性癖について書かれている部分の下にメモる。


 あとはレクティフィアーの襲撃か。

 捕虜は地下3階の牢屋に居るらしい。


「体に聞くのは得意だし、シルキーが居たらなんでもできる。

 抜けるだけ情報抜いてから犯し尽くして薬漬けにしたら送り返そう」

「最悪ですね」


 にっこりとアリスに言われた。

 俺はもちろん、歯を逆光に煌めかせながらこう言った。




「だろ?」

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