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33. 命の値段

「だってお前何してもいいって言ったじゃん!ずっと探してたんだぞ魔力が手に入る部屋!」

「性行為する程度なら仕方ないくらいにしか思ってなかった!例えばお前、突然自分の体が女になったらどうする!」

「ちょっと嬉しい!」

「また殺すぞ!」

「うわ爪めっちゃ鋭い痛い」




 俺が闘技場の部屋でリタを、死にながら宥めている時それは起こった。

 久々にグラっと来たんだわ。


「……ッ!……歪み!?」

「……いきなりなんだよ、絶対許さないからな」


 新しく禁忌の子が生まれたくらいで歪みが出たりはしない。

 つまりこれは、誰かがどこかで『でかい方の』力を使ったのだ。

 いや『誰かが』とか誤魔化すような事言ってんじゃねえ。


「トリアナがもう死んだのか、……どうやって死んだんだ?」

「無視すんなよ!ホントに最悪だ!」

「ありがとう!」

「殺す!!」


 さっきから殺される毎にリタのキレが増していく。

 3cmくらいしかない爪先で首をすっ飛ばされる程度にはなった。


 主人殺しは禁忌だ。禁忌の子が禁忌を犯せば歪みが強くなる。

 お手軽なレベル上げになっちまってんだよな。

 まぁ信頼を築く前にこれやっときゃ後が楽だ。


 命はあと10個くらいあるけどまた買いに行かなきゃならんなぁ。

 10個。余裕あるっちゃあるけど、ないっちゃない。絶妙な量だ。


「まぁ待て、喧嘩してる場合じゃなさそうだぜ」

「……上階層から唸り声が聞こえる」


 生き返って一息吐く。

 切り替えが早いようで助かる。


 蛇か羊かな(・・・・・)

 歪みの形状を想像していると、そいつはだく足で階段を駆け下りてきた。

 地響きが上がる。闘技場のレンガにヒビが入る。

 相当でかく強くなっちまったようだな、完全に燃やしときゃよかったか?

 4人乗りの馬車が二つ連なったくらいのでかさはある。


 まるで闘牛の入場のように部屋へ入ってきたのは、さっき殺した二足歩行する王冠をかぶった馬……。

 ではなく、二本の捻れた角を持ち、全身に黒いモコモコした毛皮を持つ巨大な馬。四足歩行になっている。


「ブルオオオオオオオオオオオオ!!!!」

「うっせ……」

「なんだこいつ……」


 二人して耳を押さえながらぼやく。

 醜悪な面しやがって。魔力も歪みも計り知れねえ。

 こいつぁ魔王クラスだ。


 こちらにその赤い眼を向ける。もーさっきのモブとは別人だな。

 ……別牛か?


 ちょっと待ってみても口を開く様子はない。喋らない系の奴だな。

 喋る奴は目的があったり気まぐれだったりするんだが、こういうのは近くに居る歪みの原因を延々と狙い続ける。

 首を擡げ、力強く角を天井に掲げた。


「武器は要るか」

「俺は使った事ない。……まだ気を許したわけじゃねえからな!」

「一緒に紅茶飲んだ仲だろ」


 リタと横に並んで、もこもこの牛に睨みを利かせる。

 外見だけは間抜けだな……。


 真っ直ぐ突き立った角の間に金色の電撃が走る。

 天候使いか?

 そのまま雷を放ってくるかと思いきや。


「突っ込んでくるんかい!……リタ!触るな!」

「俺に指図するな!」


 7メートルはあろうかという巨体に真っ向から突っ込む。

 重戦士ってのはこれだから!


 素手で角を受けた。運動エネルギーを完全に0にできたのは賞嘆に値するが、角との接触部位が激しく泡立ち焦げていく。

 それだと言うのに苦しそうな声の一つも上げずに歯を食いしばって耐えている。


 ……お兄さんこういう頑張っちゃう子すごくタイプ!

 甘やかしたいし虐めたい!


 戦闘中にも関わらず後ろでそんな事を考えているとリタは、足を止めたもこもこ野獣に小さな爪で斬りかかる。

 しかし、黒い毛皮に弾かれて全くダメージを与えられていないようだ。


 物理的、能力的防御ではありえない、絶対的な反発を感じる。

 概念的防御力を持っているんじゃねーかと思った。


「角と毛皮には触るんじゃねえ!顔だけ狙え!」


 っつってんのに、角を真っ向から受け止めるリタ。

 腕が、シャツが、腹の肉が焦げ、ホットパンツの金属ボタンが弾け飛ぶ。

 言う事聞きゃしねえ!


 俺がどうにかするしかないのか……?

 正直神名騙りだけを使って出てくる普通の歪みならば、楽に殺せる。

 しかし、巨大な魔物の死体を憑代に生まれた、しかもトリアナが起こした歪み。

 これは神名騙りがないとまず殺せない。


 殺せたとして、神名騙りによってできた歪みが、殺した魔王の残滓に集まってもう一回り強い魔王が出てくるだろう。

 それでは本末転倒だ。


 ……一回退く。一度この闘技場にあの金角野郎を閉じ込める。

 リタと協力しなければ、勝ち目はない。


 テキパキ行こう。


「お、おわ!またお前俺に黙っ……」


 後で聞く。異次元倉庫にリタを突っ込んだ。

 自らを捕らえていた対象が突然居なくなったので、金角の牛は勢いよく地面に倒れた。

 俺はポケットに右手を入れる。冷たい鍵の感触。

 それを手に取り、電撃に包まれている金色の角に向ける。




 ……世話んなったな。

 繋がりはこれで無くなっちまうけど、二人の事は丁度みんなにも話したばっかだ。

 俺らは絶対忘れねえ。


「フレイ・イフリータ、ルビィ・イフリータが最後の炎(・・・・)を解き放たん!

 鍵の管理者マスター=サージェントの名に於いて其の力、対象を焼き尽くす為、終わりの刻まで振るい続けよ!」


 空中に扉が現れ、開く。

 中には、炎の魔人が二人。


『……これが、その時なんだな』

『でぐちはふたつか。ひとりひとつ』


「二人とも」


『何も言うな』

『もうじゅうぶんうけとった』


 フレイもルビィも、見る影もなくボロボロだ。

 それも当然。彼女らの傷はもう治らない。


 ただ、最後は戦って死にたいと二人きっての願いで、時間を買い取った。

 あの時(・・・)扉に入った直後、いきなり扉が開いたように感じただろう。

 未来に跳ぶってのはどんな感覚なんだろうな。

 異次元倉庫の扉を開いて、二人のイフリータにくるりと背を向けた。


「……神の元に戻っても、忘れんじゃねーぞ」

『さようならだ。愛していた』

『またあいまみえようぞ。こんどはせいれいとして。マスター、すきだった」




---




 転がる巨体を見た。

 概念の護りを感じる。


「じかんかせぎをしろと」

「あのマスターの事だ。最悪だな」

「だが、ボクらにはふさわしかろう」

「そうだな。最悪に幸せな数年間だった」


 灯滅せんとして光を増す。

 最後まで働かせたマスターを外道と罵るか。

 最後の舞台を与えてくれたマスターを最悪と讃えるか。

 当然決まっている。


 私たちが生まれた理由はなんだ。

 せめて最後はマスターの腕の中……


 でなく(・・・)


 役に立って散りたい。


「マスター、成長していたな」

「うん。20さいくらいかな……よかった」

「できれば共に、居たかった」

「うん」


 我々は今どんな顔をしているだろうか。

 誇らしく、最後の刻を迎えられるだろうか。

 涙でぐしゃぐしゃになっていないだろうか。


「時間が無い。せめて華々しく」

「さいごのたたかい、せめてかがやかしく」


 斜めに立ち上がる歪んだ塊。

 首を振る衝撃波だけでも転んでしまいそうだ。

 こちらを向いて角を構える

 我らは二人手を合わせて寄り添い支え合う。


「我らが往くは天か地か」

「てんよりいでてちにおつる」


 雷撃を角に溜めはじめた。

 こちらも、同じく、炎を。


「地獄の釜も温いもの」

「ならばむげんのほのおをさずこう」


 電撃を頭に携えて駆け出すは黒羊。

 迎えるのは黒い炎。


「魂焦がす我らが炎」

「うけとめやかれてほろびゆけ」



無限(インフィニット) 地獄(インフェルノ)



 黒炎が飛んでいく。

 黒羊は真っ直ぐ飛び込んでくる。


 馬鹿だな。

 炎を超えた先、既に我らはいない。

 燃え尽きる瞬間の最後の炎をくれてやる。

 共に往こう。






 黒炎は羊にまとわりついた。

 概念防御のない角が真っ先に砕けた。

 白い欠片があたりに散らばる。

 砂に混じって消滅する。


 顔が、尾が、手足が焼ける。

 体重を支えられなくなって、ガザッという音と共に左前脚が、右後ろ脚が、右前足が、炭状になって滅び消える。

 牛のような羊のような姿は、地面に頽れた。


 そして『絶対の防御』を纏った羊毛が『概念ごと』焼かれていく。

 彼の者の纏う羊毛は、『既に燃え滅びし絶対の防御』となった。

 接頭語が付いた事で概念としての防御力は消えた。


 ついに全身を覆う黒炎。

 叫びを上げる黒羊。

 その声はどこにも届くことはない。


 炎は、歪みを跡形もなく、綺麗さっぱり消滅させた。


 風も吹かぬ闘技場。

 そのタイルの隙間に、小さな光るものが二つ。


 赤色と紫色をした輝く結晶が、寄り添うようにして落ちていた。

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