32. 今日の夕飯代(銀貨15枚くらい)
90階。モブ部屋。
草原の中、石で囲まれたミステリーサークルのような空間にて。
いねえかと思ったら丁度湧きやがった。
魔物は、ダンジョンが魔力を使って数時間に1回生み出す。
すでに同じ個体が存在していても遠慮なくどんどん増える魔物も居れば、大部屋に1体のみの条件で湧くやつも居るんだ。
王冠を被った醜悪な顔の馬人間。
シルキーみたいに名づけるなら馬人王ってとこか。
……戦闘が始まると思ったか?
全カットだ。
その巨大な死体に座って小休止する。
「ようやく半分ってとこだ。下へ行けば行くほど広くなるから俺としては楽になるが……」
「速すぎる……」
カードにしたり戻したりするのは面倒だったのでその辺の魔物である豚人から筋力を買った。これでリタを背負ったまま走れるぜ。
普段の俺は細身だ。
だから服は、大きめのスーツを買って着替えた。
ムキムキすぎてキモいから早いとこ降り切りてえ。
ついでにリタの服も買った。
獣状態では服を着れないらしい。
買ったのは俺の趣味全開のぴっちりしたへそ出しシャツにホットパンツ。
下着は買い忘れた。
買い忘れたんだ。
断じて。
俺は筋力を買った結果、脚力も上昇しちまった。
なんで、視界が通らない道でも高速移動が可能になった。予想外の収穫だ。
ラッキーは続く。
一面沼の階とか、草原の階が続いたらボーナスステージだ。
何故かと言うと、周辺視界が開けていて上空から纏めて見えるなら地図が作れる。
そして視界が開けているという事はテレポートができる。
その階はないも同然だな。
そうして70~90階はほとんどぶっ飛ばせた。
91階。
闘技場みたいなところに出た。
……こういうのがあるって事は魔宮製造者が居るな。
ギミックに凝ってるダンジョンは面白いが、急ぎとなるとしち面倒くさい。
しかしやっと出てきたか、これ。
待ってたんだ。
魔力の流れが集まり、魔物の形を成していく。
俺はその魔力の流れを買い取ってリタに与える。
形を成そうとした魔物は雲散霧消した。
「ぅぷっ……な、何した」
「おめー魔力は扱えないのか」
「重戦士だって言ってるだろ!?」
生意気な口を利くので買った魔力を全部流し込む。
ファンファーレが鳴った。魔物を倒した判定になったのだろうか。
「ぅぇえ……お、お前」
「お前じゃなくてマスターって言ってちょ」
頭ガンガンするだろ?
俺も魔力は扱えないから魔酒を飲まされた時そんな感じになった。
これは虐めてるわけじゃねえ。
こいつを本当の意味で使える仲間にする為に必要な行為だ。
二匹目が現れる。
俺はその魔力を買って。
「も、もうやめろ!謝るから!」
リタに注いだ。
「あああ、熱い!!暑くて寒い!?なんだこれ、俺どうなってるんだ!?」
「吐き気は通り越したか、こんなに魔力貰える部屋は珍しいしあと少し頑張れ。ちょっとした実験みたいなもんだから」
はーはーと熱い吐息が背中にかかる。大量発汗による湿り気と、体温上昇による熱と、寒気から来る震えが伝わってくる。
風邪にかかったみてえだな、と思った。
ぱっぱらぱっぱら鳴りまくるファンファーレがうるせえ。
「なんでこんな事するんだ……」
「好きにしていいって言っただろ?」
三体目が現れそうだ。
もちろん買う。
そしてリタに注ぐ。
「はぁ……はぁ……」
とろんとした表情になる。
酩酊から朦朧くらいにはなったか。
魔力量が多すぎて催淫はすっ飛ばしてしまったようだ。ちょっと残念。
四体目、五体目を投与。
ファンファーレが鳴る。
さながらその音は、ゲームのレベルアップのようだった。
……魔力を溜めこむ精神の器には限界がある。
一定以上を取り込むと、それ以上取り込めなくなる。
普通は。
俺の概念売買はエネルギーも概念として取り扱える。無論魔力も。
こいつを溢れそうな器に無理矢理突っ込んだらどうなるか。
魔力が濃くなって、器に留まるんだ。肉体にも影響は出るが。
それを、魔力が臨界するまで注ぎ続けるとどうなるか。
「『学校』で調べた通りなら、ちゃんと歪んでくれるはず」
「ひぃ……は……は……」
呼吸が浅く短い。肉体の限界が近いかもしれない。
だが、こっちの器は半壊させる必要がある。
魔力が臨界に達して、人型と獣型の器を渡す架け橋を作る。
なんでこんな面白い身体の構造していたのか、いつか聞く必要はあるな。
リタの肉体が光を放つ。半壊した器を、もう一つの器が補っていく。
上手くいきそうだ。俺のカードがまた増えた。
「どんなスペシャルグレードの武器よりもいいもん拾っちまったな」
光が収まる。
そこには。
「はぁはぁ…………んん?」
肉球。
尻尾。
獣耳。
猫目。
人間の時のリタの美しさを残したまま、ライオンの時の特徴を反映させた、獣人のような姿のリタが居た。
「ハァ……はぁ……、ちょっと待って」
「成功だ!」
「ちょっと待てェェェ!!!」
爪の不意打ちを食らって顔面が輪切りになった。
オイオイ、主人殺しは禁忌だぞ。
時間がスローに感じる。
自分の頭がバラバラになる光景が見える。
空中で輪切りになった脳みそと頭を見て。
なんかイカ飯みてーだな、と思った。
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エレニア城を見学した私とロズはアジトに戻りました。
シラセはエリニアに残って待機です。
ただの用心棒ですしね。
アジトの食堂で、フィルが作ってくれたムニエルとシチューに舌鼓を打ちながら情報共有をします。
「レモンが効いてておいしいです。この時期の凍鱈は油が乗ってますしソースはさっぱり目なのがいいですよね」
「むぐ……かりっとしてて中はじゅわっとしてて止まりません」
「びみ。たるたるとやらのほうがこのみではあったがこちらもなかなかどうして。ふぃる、うまいぞ」
「えへへ、上手くいったみたいでよかったよ。お魚も安かったんだ。全部で銀貨15枚くらい」
「……元我が家の料理人よりも美味い。小麦粉の焦げ目が絶妙だ」
……情報共有をします。
「ホワイトソースの濃厚さは元より、野菜の甘みを残しつつ鶏の旨味も引き出して一つにまとめ上げた腕は感嘆に値しますね」
「もにゅもにゅ……じゃがいもがほくほくしてておいしいです」
「うまい。ただぶろっこりーはにがてだ」
「自信作だよ。まだまだあるからどんどん食べて」
「そうだな、遠慮なく頂こう。ニンジンとブロッコリーを多めに」
フランとシルキーが驚嘆の目でロズを見ます。
神か、とでも言わんばかりですね、ただ好き嫌いはいけませんよ。
…………情報共有をします。
私は、パックについての話をしました。
対処はマスターが帰ってきてからですね。
次にロズがエレニア城の感想を述べました。
あまり期待できない感じでしたね、ボロかったですし。
フランは荷卸しと領収の集計報告をしました。
彼女、こう見えて数字に強いので重宝しています。
フィルは需要調査の報告をしました。
やはりフルーツ系が強いみたいですね。雪国ですし太陽も登らないので。
次も多めに仕入れましょう。
最後にシルキーが言いました。
「ほーむあろーんです」
「……マスターがいつか見せてくれた再現映画ですか?」
シルキーは言いました。
「いえす」
……よくわからなかったので詳しい事はフィルから聞きました。
なるほど、ほーむあろーんですね。
……5人居るのであろーんではないですよ。
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「いいか、我々は14人で1つの個体だ。1人でも欠けたら負けだと思え」
「イエスサー!」
我々は、1人1人がマスターと渡り合えるほどの実力があると思っている。
だからこそ、14人でコンビネーション攻撃をすれば確実に、着実に、あのにっくきマスターを葬り去る事ができるのだ。
マスターの弱点は、身分偽装による詠唱が必ず必要な事にある。
例えばマスターが精霊魔法で火をつけようと思うと次のような詠唱になる。
『精霊使いの名に於いて命ず、火よ灯れ』
これが素の精霊使いの場合ではどうなるか。
『火よ灯れ』
……これで済むのだ。
何が言いたいか。
それは、マスターが取得している職業のスペシャリストを集めればそれだけでマスターに勝てるという事だ。
魔法剣士が魔法使いと剣士にそれぞれ勝てないように。
それを実行する為には、周りの禁忌の子達を排除する必要がある。
彼女らの情報はすでに仕入れてある。
『守護魔法使いアリス』
名字は捨てたらしく存在しない。
守護魔法と武器召喚を駆使して闘う。
魔力は大した事ないが、身体強化はかなり燃費がいい。
なのでとりあえず守護魔法を使わせれば弱体化する。
拒絶追放を食らった場合この世界のどこかへ飛ばされてしまうらしいので、注意が必要。
魔力を枯渇させれば恐るるに足らず。
『技術盗みシルキー』
アリスと同じく名字はない。
スキルを盗む為には相当厳しい条件を達成しなければならないらしい。
戦闘に於いて使ってくる心配はないだろう。
また、情報系スキルを操る。こちらのデータを抜いた後にマスターと共有されるとやっかい。
妖精族の業により肉体が物理的に打たれ弱い。
戦闘能力はないので孤立させるべき。
『逆境使いトリアナ=レグリス』
レグリス国元王女。
普段は簡単な魔法しか操れないが、魔法を使用する対象が強ければ強いほど魔法も強力になる。
ダンジョン140階レベルの魔物や魔王クラスの者を連れて来なければ何も問題にならない。
強力な歪みを放っている。
殺せるならば優先的に殺すべき。
『世界の渡り人フィル=フォーリン』
歪みを操るらしい。歪み過ぎていて能力がはっきりしない。
この世界にとってはマスターより危険だ。
むしろマスターなど取るに足らないほど歪んでいる。
彼女を殺せれば我々など全滅してもバランスが取れるほどの収穫だ。
最優先殺害対象。
この4人を見て何か思うところはないだろうか。
……そうだ。実際に戦闘能力を持つ者は少ない。
しかも前衛がほぼ居ない。
アリスも本来後衛だろう。魔法使いだしな。
『気を付けるべきスキルは下記の通りだ。
アリスの拒絶追放『リジェクト』
シルキーの情報攪乱『インフォディスターバンス』
フィルの世界混濁『ワールドタービディティ』
アリスは一度きりしか使えない。
シルキーも一人のみにしか使えない。
フィルは一人の時にしか使わない。
これらを意識して対応しろ』
そして、我々は全員イージスのマークが入ったジャケットを着用している。
潜入しているらしいロゼッタ=プレインワールドの協力も期待できるな。
許可は取っていないが我々とイージスは協力関係ではある。
まぁ許されるだろう。
さぁ、理解したか。
お前らは強いんだ。対処を間違えなければ負ける事はない。
まずはマスターのみを誘き出す。これは私がやる。
私が時間を稼いでいる間に貴様らが13人で奴らの住処を滅ぼす。
そうしてから、全員でマスターを叩いてお終いだ。
完璧な計画。
とりあえずマスターの姿を確認できるまでキャンプで待機。
また、13人で偵察や情報収集に行ってもいいだろう。
私は心が躍るようだった。
リザンテラの仇が取れる。
歪みが一気に是正できる。
それを楽しみにして、雨風がなんとかしのげる程度のキャンプの寝床に横になった。
待っていろよマスター。
すぐに目にもの見せてやる。