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31. 暖かさ(銅貨50枚)



 76階。

 全力ダッシュして、階段を見つけたら即降りる。

 それを繰り返すだけの作業をしている。


 それ以外の全ては無視だ。

 もう誰も助けん。胸糞悪い。


 リタは結局カードにしてしまった。好きにしていいって言われたし。

 シルキーみたいな服を着せてやろうか。好きにしていいって言われたし。

 めちゃくちゃに抱いてやろうか。好きにしていいって言われたし。


 もはやそれだけを楽しみにダンジョンを駆けている。


 疲労しないとは言え、変わらぬ風景の室内を延々走り続けるというのは苦痛でしかない。

 前世で運動場を延々走らされた忌まわしい記憶が蘇る……。


 前の世界の事はぜってー思い出さないようにしてたのによ。

 トリアナもめちゃくちゃにしてやる。全力でバラバラにしてやる。


 はー。小休止すっか。


 足を止める。ボスはうさ耳のついたカンガルーみたいなやつ。

 めんどくせえからナイフを5.6本倉庫から出して適当に投げる。

 こんなんでも倒せるだろ。


 そんなナイフなどなかったかのように回避され予想外の速度で肉薄される。

 俺が油断をやめたのは、腹にうさ耳カンガルーの拳が触れてからだった。


 本当にギリギリで盾を買う事に成功した。拳と腹の間に無理矢理割り込ませたので、肋骨にダメージがある。

 この階でもうこんなつえーのか。本当にトリアナに追いつけんのか?


 メタルバレットを盾から一発発射。見事うさ耳カンガルーの眉間を射抜き、撃破に成功した。


「やっぱ強さを見る為にシルキーは必須だよなぁ……」


 独りごちても妖精の姿はなし。

 でもやっぱ頼りっぱなしはよくないよな。俺が慢心しなきゃいいだけだ。


 58階でリタをカードにしてから休憩なしでここまでだ。

 1階から58階までまる1日くらい。そこから半日で76階まで来た。

 このペースで降りられれば早くて2日くらいで120階には着けるだろう。


 流石にそこからは1人では無理だ。最悪シルキーとフィルと火力が1人欲しい。その火力役はいつもならトリアナなんだが……。


 トリアナとフィルは、歪み過ぎてて正直戦わせたくない。

 消費したエネルギー以上の現象を起こせてしまうというのは俺の神名騙りと似ている。だが俺が使ってやらねばストレスを溜めるだろう。

 むしろ禁忌の連中全員連れてくるか。

 前衛にフラン、俺、アリス。後衛にシルキー、フィル。

 ……ドラゴンくらいなら対応できるが強い鎧兵が10体くらい出てきたら死人が出るな、やっぱトリアナは要る。


「難しいところだよな」

「え?あれ?ここはどこだ?」

「76階。寂しくなったから話し相手になれ」


 カードになっている間は意識も記憶もない。

 まるで瞬間移動したように感じるだろう。


 テーブルを買う。テーブルクロスを買う。椅子を買う。

 ティーポットを買う。買ったお湯でポットを満たす。

 買った紅茶の葉を入れる。ティーカップは二つ買う。

 テーブルの真ん中には買った砂糖とスプーン。


 誰もが羨むガンパール社のクッキーを山のように。

 一応紅茶用のジャムも買ったぞ。


 マジシャンのように小休止の準備をする俺をリタは目を丸くして見ている。

 いい反応だ。


「座って待ってろ。先に食うなよ」

「わ、わかった」

「わかりました、マスターって言うんだ」

「わ……わかりましたマスター」


 初心だねぇ。

 ドジっこメイドとかが似合いそうだ。犬耳とかつけさせて。

 実際はライオンみたいだけど、あれはなんの術なんだろうか。


「よしオッケー『手を合わせてください!』」


 びっくりしてあわてふためきながら手を合わせるリタ。


「いただきます!」

「い、いただきます!」


 初見で言えるヤツを始めてみた。やっぱり逸材なんじゃないか。


「どうぞ食べて飲んで。欲しいもんがあれば買ってやる」

「あ、ああ、ええと……」


 俺は足を組んで椅子に限界までもたれて紅茶を啜る。

 別にそこまで紅茶が好きってわけじゃねえが、この『休憩している』って感じが好きなんだ。


「あちいから気をつけろ」

「わか、わかりました」


 ふーふーしながらちょっとずつ啜ろうとしているようだが『あちっ』と言ってカップを離してしまい、なかなか飲めない様子。


「ちょっと貸してみろ」


 右手でカップを受け取って、左手の指先から銀貨を出す。

 それだけでも驚いたみたいだが、ぐっと握って開くと、手の中から50枚の銅貨が出てくる。


 リタは両手を合わせて鼻と口を隠す仕草をしていた。

 乙女かよ。ライオンっぽくねえな。

 カップをリタに返し、飲ませる。


「熱くない、あったかい」

「丁度いいか、よかった」


 熱を買った。

 上がった微妙な体温は壁に押しつけた。

 50枚の銅貨が1枚の銀貨に戻る。


「……このお金はなんなんだ?俺は今まで見た事がない」

「お、金銭術(メルケミー)を見るのは初めてか?」


 リタはこくりと頷く。

 そりゃそうだ、金銭術師は数が少ない上に俺の金銭術は特別性だ。

 こいつはいい話題ができた。


「金銭術ってのはな、なんでも買える素敵な能力でな――」




---




「ふぅ、こんなもんでいいかな」


 シルバーケイヴの地面を覆っている不溶雪の数ヶ所を20メートル程度掘り下げた。

 落とし穴だ。


 地面に手をかざす。氷の大地に穴が空いて、どんどん深くなっていく。

 穴の底に『仕掛け』を施して完成。


 できた穴の壁に手をつけ、つるつると登っていく。

 傍から見たらジャンプして飛び上がってるように見えるかな。


 こんな仕事もできるのに、マスターはボクをあんまり使いたがらないんだ。

 歪みが出るからって。

 そりゃそうだよね、だってボクは世界に干渉する。


 歪ませるのが能力みたいなものだもの。


 でもまぁ、ちょっとくらいだったら大丈夫なんだ。

 他の禁忌の子たちも、能力の結果歪みは絶対出るんだから。


 鶏が先か、卵が先かだよ。

 現象を起こした結果歪みが出るか、歪みを起こした結果現象が出るか。


 ……あんまり違わないよ、ね?




 シルキーに頼まれた作業が終わったので、アジトへと戻る。

 アジトは、不凍水が流れる噴水の管理室から入れる。この水は飲めない。


 マスターはシルバーケイヴのあちこちに土地だけ買った。

 その土地にオブジェを作ったんだ。

 更にそのオブジェの一部に、アジトへと繋がる道がある。


 地下や壁の向こうは完全に未開発だったし、不溶雪の氷だけでできていたから加工も簡単だったね。


 地下一階にはホール、寝室が。

 そこから降りた二階には食堂や会議室が。

 更に下の三階には倉庫がある。


 二階への階段は真っ暗。侵入者に備えての事らしいけどちょっと不便かな?


 と。まぁとりあえず食堂でごはんでも作ろうか。

 マスターが居ると全部買って済ませちゃうからこういう時くらい作らなきゃだめだよね。腕が鈍っちゃう。


 茶髪のロングヘアを頭の上でお団子にする。

 普段着はひらひらしてて動きづらいから割烹着に着替える。

 ちょっと寒いけど料理の時はそれくらいが丁度いいんだ。


 お魚とじゃがいもがいっぱいかぁ、焼こうかな?煮ようかな?

 お野菜もあるし、シチューと……ムニエルかな。

 マスターが言ってたほくおー風とやらに挑戦してみよう。



 ……シルバーケイヴは南端もいいところだけどね。




---




 149階。

 私の天敵の一つが立ちはだかりました。


 ……屍食鬼(グール)

 

 動く死体(リビングデッド)の上位種で、最低限の知能を持つ魔物。

 人の死体から発生して、人を食す事で強化されます。

 生殖機能は失われていないため人間と子を成す事ができます。


 しかしグールの雌雄に関わらず生まれる子は禁忌となる上に短期間で死ぬ。

 死んだ恋人をグールにして子を産む話をいくつか聞きましたけど、大体悲劇に終わりますわね。


「グ……グぐぐ……」


 でも、グールですか……。

 リッチくらいになっていてくれたら私でもどうにかなりましたのに……。


 最下位種なら精霊魔法でどうにか倒せる。最上位種でもアドバーサーの力で難なく倒せる。

 中位種にのみ『この状態では』手も足も出ないのが私。


「こんな下層でグールなんか作らないで欲しいものですわね」


 グールはもうすでに私を狙うような仕草を見せています。

 低い知能の代わりに動きは素早く力強い。組み伏せられたら1人での脱出は不可能でしょう。


「マスター以外に殺されるのはごめんなんですけど、150階が近いですし1回死んでおいても(・・・・・・・)いいかもしれませんね」

「ガがぅ……」


 折角手に入れたビスチェと帽子が破壊されるのは嫌だったから、自ら脱ぐ事にした。畳んで側へと重ねていく。

 グールは紳士なのか、警戒しているのか、わからないけど私が素肌を晒し切るまで待ってくれていた。


 いい子ね。


 必要ならば、肌を見せるのは恥ずかしい事じゃないですわ。

 今からするのは当然の事。

 最後の一枚を下ろし、膝を曲げてつま先からそっと摘み取る。


「お待たせ、さぁ、愛し合いましょう?」


 死臭とよだれをまき散らしながら、牙を剥いてその緑黒色の人型は飛びかかってきます。

 ラットを転がすより簡単に、私は押し倒されました。


「貴方には手も足も出ないの。どうせなら激しく、壊して」

「グルるルルルル……がァウ!」


 首元と下腹部に、貫くような痛みが同時に走った。

 私の身体と命が、蹂躙されていく。

 すぐに意識が朦朧とする。毒かしら。


 即死の強毒にも耐える私の身体がこうまで弱いなんて。




 ……征服されるというのは、快感。


 それも弱きものに征服されるというのは。

 自分が最低であるというのを実感できる。

 それがまた怖気が走るほど甘美で素敵な感覚なの。


 ああでも、この感じはもう終わりなのね。

 そう、死んだら終わり。


 響く血と粘液の水音。

 前後に夢中で激しく動くグールと、目が合った。

 心臓がキュンキュンする。


 ああ、私はなんてダメなんだ。

 マスターという人がありながら。

 こんな程度の魔物に抱かれて。


 顔が迫る。

 心臓が高鳴る。

 恋にも似た感情が脳裏を迸る。


 そして。


 ガリッ

 と喉の骨が砕ける音が聞こえた。


 素敵なキスだわ、と消えゆく意識の中で思った。



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