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30. ほーむあろーん(銀貨9枚銅貨27枚)


 147階。

 ここまで下りたのは初めてですわね。以前挑戦したのは何年前だったかしら。

 通路はごつごつした岩肌が露出してて、ちょっと屈まないといけないほど天井が低い。ちょっと圧迫感がありますわね……。

 灯りは140階の時点で全く灯っていなかったですが、私のスプライトが、真昼間より明るく照らしてくれているので逆に眩しいほどです。


 分かれ道が複雑に絡み合って、部屋と部屋とを移動するだけで一苦労のはずなのですけど、私にとっては地下1階のようなものです。

 何せ私は、挑む物が強大な程簡単に成し遂げられるのですから。


 ……通路の奥からバチバチと弾けるような音が聞こえます。

 左右へ3回ほど曲がった先、40メートルほど向こう。

 そちらへ視線を向けると、電気を纏うサメのような生き物の映像が脳に直接届きます。


 射線は通っていない、どころか見えるはずがない位置に居るのですが、私にはわかるんです。


「火よ灯れ」


 通路の奥から轟音がして、サメの映像は掻き消えました。

 いつも通り、深層ほど私には簡単なのです。単騎で来て正解でしたわね。


 ととと、ここに隠し通路があります。

 ちょっとだけ寄ってみましょう。マスターへの手土産があるかもしれませんし。

 さぁさ、どんなお宝が……。


 壁の切れ込みに手を向けて、触った瞬間に。


 プシュッと音を立ててえげつない紫色の液体が飛び出し、なんという事でしょう。私の頬から膝にかけて全身に付着しました。

 豪奢な服がシューシューと音を立てて黒く焦げ、溶けていきます。

 肌が露出し、下着にもかかって紐が切れ、……ちょっと収拾がつかなくなりました。


 紫色の液体は私の皮膚に触れると弾かれて煙になります。 

 普通の人でしたら一瞬で全身ドロドロになって蘇生も不可能でしょう。


「あらら、強毒?これは即死クラスのものですわね、困りましたわ……。流石に服の替えまでは持ってきてませんし……」


 裸一貫でも私の戦闘能力に影響はないですが、これでは帰れませんね……。こう言った事態は予想していませんでした。

 あぁ、こんな時宝箱から私に似合うマジックアイテムの服が出てくればいいのですけど。


 半分が溶け落ち、その溶けた縁が黒く焦げてしまったただの豪華な布と小さな手持ちカバンで、胸と腹部を隠しながら隠し通路を進む。

 しばらく進むと、少しずつ開けてきます。



 通路の最奥には、広間がありました。

 そこには、2~4個ずつ頭部のついた筋肉質の黒い犬が群れを成していたのです。

 天井には穴。床には骨の山。

 形の残った女性の死体も居ますが、血液と犬達の体液によってドロドロになっています。可哀想な事ですわね。


 これは上の階から落ちてきた者がここで犠牲になったという事でしょうか。

 さっきの隠し通路はこちらから来るものだったのですね。


「……超強敵だったらいいのですけど」


 私には懸念がありました。この犬たちは、実は天井の穴から落ちてきた上層の魔物なのではないか、という。

 実は弱いんじゃないか(・・・・・・・・)という懸念があったのです。


 犬たちは、私が気づいたのちしばらくしてからこちらに反応しました。


「……女だ」

「生きた肉」

「最初は俺だ」

「傷をつけるな」


 犬たちは言葉を喋ります。私は安心しました。

 共通言語を操る知能を持つ魔物が、弱いわけがない(・・・・・・・)と。


 複数の首を持つ犬たちは、素早く私を取り囲みました。

 彼らからは情欲を掻きたてるオスの匂いがしました。


「あらあら、お盛んなのかしら」

「抵抗しなければ悪いようにはしない」


 ぽたりぽたりと白濁した粘液が流れ落ちる音がする。

 遊んであげてもいいのだけど、『楽しんでいる』といつも痛い目を見る。

 奥まで激しく突かれ、何十時間も蹂躙され、全身を犯し尽くされ動けなくされ、あの鋭い牙で裂かれ、二つの頭に肉を引っ張られ、バラバラにされて飲み込まれる。

 それもいいのだけど(・・・・・・・・・)


 今はそれが目的じゃないのです。肉欲が目的ならマスターに頼めばいいのですわ。こんな犬如きの牙より鋭い刃で斬り裂かれ、奥まで届くモノに貫かれ、胃の中に入るよりも絶望的な仕打ちを与えてくれる。

 優しくも抱いてくれますわ。だからこそ今ここで構う必要はないのです。


「煌めけ」

「ぬ……」


 部屋は白い世界に埋め尽くされました。

 ただでさえ煌々と輝いていたスプライトが、目を閉じていても明るく感じるほどの光を放ったのです。

 さぁ、あの強そうな犬たちはどうなったのでしょう。

 聖なる者たちが闇に弱いように、魔物も光に弱いのです。


 ……光が収まると、犬たちが居た場所にはこびり付いた石灰のようなものが残されていました。

 勿論私はなんの影響もありません。


 やはり私の逆境使い(アドバーサー)の能力が輝くのはダンジョン深部や魔王を独りで相手取る時くらいですね。

 マスターが居れば巻き込んでしまいますもの。

 こんな強敵っぽい魔物が守っていたんですわ、この部屋のお宝はもちろんいいものに決まっています。


 キョロキョロと見回せば橙色に煌めく箱が部屋の奥にある事に気づきます。

 急いで駆け寄り、中を開くと……。


 この部屋で命を落としたらしき冒険者達が残して行った衣装が詰まっていました。

 どれもこれもボロボロ。落下ダメージや犬たちの攻撃で使い物にならなくなったアイテムが多いですわね……。


 私が着れそうで無事な魔法衣装はこのビスチェドレスくらいなものですけど……。こんな透ける衣装を好んで着るのはシルキーだけですわ。


 と言うわけで、緑のビスチェの上から豪奢な布で織りなおしたマントを羽織り、同じく宝箱に入っていた価値の高そうな魔法使い用の帽子をかぶって、一応見られる格好にはなったのです。

 豪奢な布は『扱いがとても難しいので、私にも扱えました』のですわ。


 しかしこのビスチェとセットになっていたパンツ、へその下から、見えちゃいけないところの1センチ上までの布がないですわ……。

 真正面から見ると下着を穿いていないようにも見えます。

 仕立て直してシルキーに差し上げた方がよいですね……。


 部屋に向き直って、改めてその骨の量に驚かされました。

 この人数がこの部屋で最後を迎えて行ったのかと思うと……。


 私はその骨と肉の残る死体を一塊にまとめて、炎を放ちました。

 長い詠唱をして、体のわずかな魔力を必死にかき集めて、どうにかたき火くらいの火を出せました。


 呼吸が乱れます。やはり、禁忌の力が使えない状況ではこんなものですわ。

 乱れた呼吸を整えてから、手を合わせて目を瞑り、祈りを捧げます。


 火はそのまま残しておきましょう。消す意味もありませんし酸素がなくなれば魔物も近寄りづらくなる事でしょう。


 このあたりはもはや1フロアが国くらい広いので、ぼやぼやしている暇はないですわ。どんどん深くへ潜りましょう。

 そう張り切って、隠し通路を後にしました。

 これだけ難易度が『高い』ダンジョンですもの、適当に歩いていたら奥へ辿り着けますわ。

 そう楽観しながら、私はどんどん深く深くへ進んでいくのでした。




---




「何、おまえハーフウェンドなのか」

「そう、みよ。こんなかっこうなのにさむくない」

「おれから見ても寒そうだ。何か、着ろ」


 誰から見ても寒いよ。ボクだってウェンド族達より着込んでるのに寒いんだからあんな素っ裸みたいな恰好で大丈夫なわけない。

 フランは真っ白な水着一枚で寒空の下外に居る。靴さえ履いていない。


 高すぎる体温のせいか小麦色の全身からほかほかと湯気が上がる。

 こっちの地方でも塗り薬は欠かさないようで、皮膚がてかてか光っている。

 かなりエッチだ。ちょっとフランは二つの意味で直視に耐えないね……。


「なに、わたしからすればふだんがあつすぎるのだ。ここはてきおん」

「信じられないなぁ……」


 ボク達は『ランドルド商店』の、ウェンドのおじさんと話をしている。

 シルキーは寒いのが苦手なのでアジトの番。

 ボクことフィルと、フランの二人で情報収集兼荷卸しに来たんだ。


 ここは常夜の世界。明かりはマスターが昔テキシスという光の神の力を神名騙りで呼び出して『地上に星を増やした』為にそこまで暗くないんだ。


 マスターはその星を街灯と呼んでいたっけ。

 立ち話もそこそこに荷卸しを進める。


「これが白菜。これがほうれん草。フルーツ系も要るかい?」

「ああ、思ったより売れ行きがよかった。すまない」


 謝ってきたのは、前回フルーツを卸した時絶対売れるわけがないと言った事だろう。こっちは需要を調査したのだから売れて当然なんだけど……。

 ちょっとだけ悪い事した気持ちになっちゃうね。


「ううん、これからも仕入れ頑張るから贔屓にしてねランドルドさん」

「ああ、わかった。欲しい肉があればすぐに言え」

炭色海豹(コールシール)の肝臓が好きだなーボクは」

「ないぞうはきらい」


 ランドルドさんには『わかってるな小娘』と言う感じのニコニコとニヤニヤの間くらいの表情をされた。

 軽く手を振って商店を後にする。


 さーて、次はダンジョン前かなぁ。酒場と宿屋と雑貨屋。

 とっとと回って帰ってご飯を作ろう。

 マスターとトリアナが居ないのは寂しいけど、すぐ戻ってくるでしょ。




---




 我々レクティフィアー籠絡部隊14名は世界最南の街へついに到着した。

 大穴の中に建物がひしめき合い、辺りは大雪が降る。

 更に太陽は登ることなく常に薄暗い。

 天然の城壁で覆われたこの街を攻め落とすのは並大抵の事ではできない。


 凍りついたジャケットを払い、雪を落とす。

 この程度の寒さ、我々には通用しない。


「ここがシルバーケイヴか」

「この世で最も歪みの集まる街」

「早速突入の準備をしましょう」

「いや、情報を集めてからだ」


 そう、いつぞや騎士団(イージス)絶滅団(アニヒレイター)が手を出して全滅せしめられてしまった街だ。

 奴らは万全を期さなかったからこそ敗北した。


「まずはキャンプを張る。内外から同時に内部情報を収集。マスターの位置を特定し、おびき寄せた後弱いものから順に捕獲及び殺害を行う」


 マスターの能力と、禁忌の子達の戦闘能力は凄まじいものがある。

 だが我々は2年前にあったリザンテラの敗北から学んだのだ。

 何ができて何ができぬのか。何をすれば無力化できるのか。


 二の轍は踏まぬ。


「このラフレシア、命に代えてもマスター=サージェントを無力化させよう」

「リーダー。禁忌の子達とウェンドはお任せください」

「成否は貴様ら次第だ。頼んだぞ」

「イエスサー!」


 籠絡部隊リーダーラフレシア。

 隊員以下13名。


 諸君らと私の命は儚く消えるのか、世界の為に美しく散るのか。

 そのどちらかしかない。


 ならばこそ最善を目指して誇り高く戦おう。

 正義の為ならば汚い手などない。




---




 ぱたぱたぱたと羽ばたく音がひびく。

 さむいというじょうほうを肉たいからしゃだんしているので、少しだけなら活どうできます。


 近くにてきが来たら、まっ先に気づくのはわたし。

 だから、今回もきづきました。


 あじとにはわたししか居ないから、わたしが出た。

 会わも全ぶききました。


 ふふふ、ばかです。

 わたしたちにけんかを売って、ただですむと思ってるです。


 おとうさん(ますたぁ)おかあさん(とりあな)がいなくても、なんとかなります。

 とらっぷを作って、『どろぼう』たちを追い返すです。



「れっつぱーてぃー」



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