3. 時間貸しサラマンダー(銀貨68枚)
あー、そうだな。
どこから話そうか。
まぁ、俺の事は一通り全部教えとくか。
うん、必要な事だしな。
よく聞いとけよ新入り。
……商人の父と錬金術師の母の間に生まれた俺は、金銭術師だった。
知っての通り、職種の違う者同士で子供を授かる事をしてはならない。
神々に禁忌とされているからだ。
何故かって? そんな事も知らねえのか。
まぁ俺を見てもらえばわかるだろ。
能力が混ざっちまうんだ。
どちらの力も満足に振るえない半端者になる。
普通はな。
俺だけ特別なの。
例えばだ。
魔法使いと剣士の間に、魔法剣士が生まれました。
魔法剣士は魔法を使う才能と、剣を扱う才能の両方を持っていました。
けれど、魔法使いには魔法で勝てません。
剣士には剣で勝てません。
……じゃあ誰に勝てんだ?
……そう。そうだ。
それぞれの職が一人ずついたら事は済むんだ。
たりめーだろ。
そんなもんだ。
……っつーわけで、俺は生まれた時からアムニ村……ってとこで生きてきたんだけどな。俺はその村での爪弾き者だった。
生まれてから12年間は筆舌に尽くしがたい、悲惨なもんだったんだが、割愛させてもらう。
そんなの聞きたくないだろお前もよ。
物心ついた時、前世の記憶と扉の世界の事を思い出した。
『脳』が『記憶』に追いついたんだ。
ここらへんの公用語は、前世の世界の日本語と英語って言葉が混ざった感じだ。
共通語って呼ばれてるよな、それが前世で使ってた言葉とほぼ同じなんだよ。
都合がいいって?
バカ言え、あの扉の世界は無限が無限に連なってできてたんだ。
『日本語が通じる世界』で絞り込んだとしても『そんな世界』いくらでも出てくるだろ。
無限から選べるんだぜ、俺にとって都合のいい展開になるのは当然だ。
何言ってるかわかんねえ?
まぁそのうちわかるぜ。な、シルキー。
ガキの頃は俺特有の金の稼ぎ方とかも思いつかなかったし、常識に囚われすぎてて苦しい思いをしたんだけどな。今や笑い話だ。
俺の力が常識外れだって事に気付かなかったんだよ。……自慢かって?
自慢でもいいよ別に。
ま、なんだ。話を進めようか。
……俺は12歳までに世界のなんたるか、また能力のなんたるかを研究して、どうにか生きてきたんだ。
能力に関しては金がないからさっぱり進まなかったが、詠唱を見る機会はあった。だからこんな感じってのは大体わかってた。
この世界の金は、神か何かが作る。
コイン型の金貨、銀貨、銅貨が、そのまま自然から産出される。
以前に掘り返したところからでも物理法則を無視して産出される。よって鉱山業がとても流行っている。
1日掘って金貨1枚出ればしばらく食えるし、10日掘って10枚出れば1.2ヶ月は余裕で持つ。いくら世間知らずとは言っても、それくらいはわかるだろ?
銀鉱山なら銀が、塩鉱山なら塩が売れるから実際の効率はもっといい。
後者は洞窟内で洪水が発生しやすいからリスクがより高いんだけどな。
まぁそれだけ発掘は大変だし、毒ガスや落盤で死ぬヤツも多かった。
場所に寄るが100人が10日も発掘に潜ったら10人くらいは死ぬな。
だからこそ村から大量の金貨が出た日には、発掘したものは英雄になる。
ダンジョン……魔宮ってやつだ。聞いたことあるだろ?
……とかからも金貨は出る。
ただうちの村は普通の鉱山だったぜ。主な産出は銀と銀貨。
身体を張って命を削って、神から直接金貨を賜る鉱山夫は一番尊敬を集めてんだ。
だから、貴族を除いた一般人の中で最も位が高かったのは鉱山夫。
次に薬の調合や、コインでない金属の精錬ができる調合師や錬金術師。
その下に商人。
その下がそれ以外だ。剣士とか魔法使いとか盗賊とか治療師とか、そんな感じの冒険者階層。
『生きるための生活をしない者』がここに入る。
……医者も下の方ってのがずっと納得行ってないんだけどな。
一番下が奴隷。混職種もここ。
ここに分類されている者は金銭で取引できる。誰でもな。
ただ例外はある。
『誰にも所有されていない奴隷』は勝手に取引できない。
俺? 俺は別だ。誰でも金さえ積めば買える。
話しを戻すぞ。
さっきの職業の位を横に並べるとこんな感じになる。
貴族>鉱山夫>調合、錬金>商人>冒険者>奴隷って風だ。
俺はと言うと。まぁ、本質的には奴隷だ。
当時の所有者は親父。ジョニー=サージェント。
マーチャントの癖に、アルケミストのロメリアを手籠めにし、神をも恐れぬ行為の果てに子供を作り、結婚もせずそれを隠して日銭を稼ぎ、風の向くまま気の向くまま、ただただ生きていた。
最終的にはロメリアとも別居し、俺はジョニーの所有物だったのでジョニーと二人クソみたいな生活を送っていた。
飯はたまに母さんが持ってきてくれた。半泣きで。
まぁ、材料がありゃ俺も作ったよ。
どうにかこうにか餓死せずに生きてこられたってわけだ。
元の世界で、学業は大学まで行っていたからこっちでも行く必要はなかったとは言え、お蔭でこちらの常識を知らずに育った。
友達も居らず、もらった能力すら使えず、金も与えられず、ただただ生きていた。
こっそり親の財布からお金を抜こうとした時もあったんだが、他人の所有物である金に触ると電撃とか炎とかが出てきて怪我するんだ。
盗賊の能力を持つ者はこれを回避できる。
素早いだけとか『ぬすむ』が使えるとか、そんなゲーム的なものじゃねえんだなって思ったよ。
ゲームって何かって? こっちの話だ。
話を戻すぞ。
……これじゃ強盗やらをして一発逆転すら狙えない。
何が『お礼がしたい』だ。ここまでの人生苦痛しかなかった、って思ってたよ。
あ? つらい? バカ俺もつれーから聞いてけ。もうちょっとでよくなるから。
まぁ、日課は裏庭を掘り返す事だったんだけどよ、他にやる事もねーし。
大体銅貨がちょこちょこ出るかなってくらいだったんだよな。
ごくまれに銀貨が出るとスゲー喜んだもんだ。元の世界にしてみたら100円くれえなんだけどさ。
マジで、これが出ねぇんだよ。
そんなある日、銀貨出ねぇ出ねぇ言ってたのに、出ちまったんだこれが。
金貨。
親父から自分の額は銀貨10枚くらいだって言われてたから、なんとかそれだけ集めたらすぐにでも家を出ようと思ってたところだった。
親父に、誇らしげに金貨を見せた。よくやったって言われたわ。
「俺がしばらく稼ぎに行かなくて済む。よくやった」
ってな。
俺の手から金貨をむしり取ろうとした親父は、電撃やらには襲われなかった。なんて不公平なんだ。
強盗やら窃盗にはあたらんからな。
『俺のものは俺のもの、奴隷のものも俺のもの』って事だ。
いつか俺の座右の銘にしてやる、って心に決めた。
あとちょっとで金貨が俺の手を離れる、そう思った瞬間に、俺は全てをわかった。
そう、『殺せばいいんだ』
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「炎の精霊よ、汝の力を借り受けん!」
親父と俺が持ってた金貨は、90枚くらいの銀貨になって部屋に散り散りになった。
あわわ、とか言いながら床に散らばっている銀貨を夢中で集める親父の姿を見て、少しだけ憐れに思ったんだ。
しかしその憐憫は一瞬だった。
「ごあぁ!」
火を纏った『コモドオオトカゲ』くらいの大きさの爬虫類が浮遊しながら現れた。
火がどこでも起こせるように、火の精霊はどこにでも居る。
そのうちの一匹を呼び出して時間契約で使役できるようにしたわけだ。買い切りでは金が足りなさそうだったし。
「ひ……ひいいいいい!! しょ、召喚? ただの奴隷が?」
「ごあ?」
ただの奴隷じゃない。召喚でもない。
金がなくてずっと使う機会が無かった、金銭術だ。
火蜥蜴はこちらを見る。命令を待っているようだ。床の銀貨が少しずつ消えていく。
俺に迷いはなかった。
「そこのクズ親父を、殺せ」
「がぁぁああああ!!」
「やめ、やめろおぁあああああ!!」
親父はなんの感慨もなく黒こげになって死んだ。
火蜥蜴を送り返した時、床に残っていた銀貨は32枚。時間貸しで召喚するのは効率が悪いんだなって事をここで知った。
*
1回呼び出して火吐くだけで6800円だぜ?たけーって。
円がわかんねえ?68銀貨だよ! 銅貨6800枚だ。俺はたまに円っつって間違えるからお前の方がちゃんと覚えろ、いいな?
よし。
じゃあ続き行くぞ、最初の奴隷の……そこに居る、アリスと出会った時の事だ。
よろしく言っとけ。