29. とある店舗の人選ミス(金貨-4枚)
ただ今地下58階。
周囲はオーソドックスな迷宮型。直角の通路のみで構成されているやつだ。
予想より早く降りられている。
出てきた魔物も、金貨をほとんど使わねーで空気砲のみで倒せるから楽だ。
魔物の顔面の前に圧縮した空気を出すだろ?破裂音と衝撃波が出るだろ?
大体気絶する。強ぇーでしょ。
57階と58階で魔物の強さはいきなり2倍くらいになってるみてーだがまだ通用するようだ。
魔物は、殺さなきゃ素材は取れねえが興味もねえ。気絶でいい。
っつーか宝箱やアイテムも全部無視。
スペシャルグレードの武器でもあったら寄るつもりはある、が、宝箱の中の映像を買えば開ける必要はない上にスペシャルグレードなんてこんな浅え階層にあるわけがない。
常にダッシュする『疲労』は全てそこらへんの壁に少しずつ売っている。
こう言ったものを売ると逆に金が減る。引き取り料だろうか。
と。
「あ!?スライムウォールに引っかかったアホが居るのか?」
道を、巨大な半透明な物質が完全に埋めていた。
盗賊一人居りゃー回避できるでしょこんな罠。
どーすんだよこの先に階段あったら。
どーにでもできるっちゃできるけど一番はえーのはなんだ?
……あー、操るのが一番か。
「魔獣使いの名に於いて命ずる!スライムよ、溶け消えろ!」
グズグズになっていく透明感の少ない青緑色ゼリーを見ていると、嫌な予感がしてきた。
……。
消えたのはいーが、獣人系か?中からなんか出てきてんじゃねーの。
俺は急いでんの。この『最悪』が助けるとでも思ってんの?
「ん……けほっ……」
オイオイ、呼吸ナシで生きてたのかコイツ。
しかも声と胸からして女の子だな。
オラ、吐け。生きてるだろ。起きろー。
掌返しもいいとこだが、これを無視したら寝覚めが悪りぃ。
「あれ……俺は……」
「おい。立てるか」
「…………っ! お前最悪の……!」
いきなり元気だな。俺も有名になったもんだ。
……顔こえーな。メスライオンと人間のハーフみてえな外見だ。
辺りには半分溶かされた全身鎧が転がってるし。タンク系だな。
メスライオンは、四つん這いに近いポーズで瀟洒に構えた。
先手を取って話しかけてやる。
「わーったから早く帰れ」
「え?」
「俺は急いでんだよ」
「……」
帰れねーのか。
コイツあれだ。捨て石にされた奴だ。
「仲間に置いてかれたんだな」
「……かもな」
「外に出れたら生きていけるか?」
「……アイツらが居ないと、ダメだ」
尻尾が丸まる。
クソ。
本当にムカつくぜ。
実力もねえ。ショボい罠にかかる。
俺の手を煩わせる。
いい加減にしろよ。
「てめー、名前はなんだ」
「……リタリノ」
「……合流させてやるからもう二度とダンジョンに入るんじゃねえ」
「俺はダンジョンの中でしか生きていけねえ」
ざけんじゃねえ。プツンと来たぜ。
「グダグダ言ってんじゃねーぞ!俺が今度こそ土に還してやろうかッ!」
大声を出しながら異次元倉庫のマクロボックスを開いた。
恐怖、畏怖、絶望、頓挫。マイナスの感情を溜めこんで詰めておいた。
またスキル、威圧や超存在、掌握なども発動直前のものをもフリーズさせて詰めた。
そいつを、目の前の獣人に向けて爆発させてやる。
炸裂恐怖。
これは空気弾を思いついた頃から使ってるもんよ。
これで失禁しなかったやつはいねえ。
……おぉ?
足は震えまくってるがこっちを見返してくる。
欲しい。
じゃねえ、外見が好みじゃねえし俺の事は嫌いだコイツ。
畏れろ。俺を。マジで。
「怖くなんか……ねーぞ」
「クソ」
マジでなんなんだよコイツ。
もはやどーでもいい。
ホントにどーでもよくなったから歩き出す。
バイバーイ。シーユーアゲン。
……ついてくる。
全力で走る。
…………ついてくる。
本当にクソだ。これ以上早くは走れねえ。でも俺に疲労はねえ。
まだ、ついてくる。
「ツンデレかよ!なんで逆を取るんだよてめーさっきから」
「置いてかれたら死ぬ」
寝覚めはわりーが自業自得だろ!
いや、こう言う奴に限って必要な人材の可能性が……聞いとくか。
「……一応聞くけどリタ、お前『禁忌の』じゃねえだろうな」
「禁忌の職かってことか?安心してくれ、俺は普通の重戦士だよ」
じゃあもう余計に用はねえ。
「俺は真っ直ぐ最深層を目指すけどおめーはどうすんだよ」
「最深だって?」
「とりあえず120階まで行ったら出るから、来るんならそこまでなんとかついて来い。守ったりとかはしねーぞ」
一回帰るのもバカバカしい。
それに、トラップにかかってまだ生きてたんだからすぐそこにパーティが居るかもしれねえしな。
気づかず追い抜いちまったらそん時は仕方ねえっつー話よ。
絶対服従からの人間標本でカード化してもいいが、俺の奴隷にするって事はこいつに責任を持たなきゃならなくなる。
それは、……まぁ御免ってわけでもねえし無理なわけでもねえけど、いい加減めんどくせえんだ。
しっかし視界が開けたフロアならテレポート紛いの移動ができるってーのに。
周りは壁だらけだ。位置の売買交換法による瞬間移動は使えない。
壁を壊して進んでもいいが、崩れてしまう可能性が高い上に、壊し過ぎるとたまに『ダンジョンが死ぬ』
死んだダンジョンはただの洞窟だ。なんの価値もねえ。
魔法武器からも魔力が抜けるし。ガラクタになる。
一等級ダンジョンが死ぬかは試した事ねえけど。
先行しているパーティの後ろで通路を壊して殺し、ダンジョン探索を阻害する輩も居るが、是正者はこういうのも狙って殺しに行く。
と言うわけでダンジョンへの攻撃は憚られるのだ。
まぁ破壊しようと思ってもありえないくらい硬いんだけどな。
「お、開けた」
遠くまで見える。そして階段がある。
手前に居る一つ目の巨人はモブみてえなもんだから見えないフリをする。
そのモブにやられて倒れている5人組の集団も見えねえ。
俺は進むんだ。
「みんな!みんなが!」
聞こえねえ。
「なあ!お前マスター=サージェントだろ!?助けろよ!力あるんだろ!?」
あるけどおめーの為に使う力じゃねえ。
トリアナを連れ戻さなきゃならねえんだ。
一人でバカな事やってんじゃねえっつって。
「道楽の道案内はここまでだ。俺の貴重な時間を割いて助けろって言うなら、それなりの対価をよこせ」
当然の要求だ。金か武器か。体はー……あー……好事家にでも売るか。
「……獣化解除」
ライオン娘は光に包まれて、体躯が縮まる。
ぺたん、と女の子座りになって現れたのは、ライオンカラーの女性。
向こうを向いている上に前髪がかかって表情が見えづらいが、童顔で可愛らしい。『マスター100点評価』なら少なくても90点はつけてやれそうだ。
……こいつは。
「……俺を好きにしていい」
光すら流れていくかのような美しい背筋のライン。
そこにふわりとかぶさる、煌めく栗色の超ロングヘア。
もこもこの毛皮がなくなり、人間と同じ肌色の皮膚が露出する。
背中を向けているがこちらからでもわかるほどの胸の膨らみ。
……逸材か?
目鼻立ちは整っているが、どこか野生っぽい荒さを感じる。
美人だ。さっきと比べたら雲泥の差に思える。
それはまぁ俺がケモナーじゃないってだけの話だが。
しかしこの、最悪の奴隷商人を前にして『好きにしていい』だと?
「そうこねーと」
完っっっ全にいつものパターンだがもうどうしようもねえ。
ロズ、フラン、リタと、スパンが短くなってる気もする。
……はぁ。
んじゃ、どうすっか。あのでけぇモブをとりあえず片づけたらいいのか。
なんも抵抗なさそうだし溶かしちまおう。
「精霊使いと天候使いの名に応じて来たれ海嘯――――」
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「おぉ、最悪んとこの……アリスちゃん?いらっしゃい」
「こんにちは……『清純の』でしたっけ?」
「よーく覚えてらっしゃる」
ロズこと私たちは、アリスと傭兵家とやらのシラセと共に、魔法都市エレニアへ来ている。
丸ごと国が森に覆われていて、建物は樹と融合している。
主な一般住宅は樹の中と地下。
地上が商店や出店、宿泊施設や貴族の住処となっている。
勿論貧民街もあり、地下の最奥に存在している。
シラセは濃緑色の装束を白い帯で留め上げ、胸当てと腰当をつけている。
腰には小剣が数本。背中に柄と釣り合わないくらい幅の広い鞘の大剣を背負う。
身長は高め。髪は短め。筋肉は、多め。
そんな女性だった。
私たち奴隷を男と一緒に行動させたくないというマスターの気遣いなのか。
それとも女性しか使う気がないのか。
もし後者なら考えたくもないほど最悪だな。
とりあえず挨拶回りをするようだ。
情報を仕入れるには信頼関係がないと話にならない。
アリスは、何か変わった事はありませんか?と話しかけた。
「そうだな、変わった事か……」
清純の、と呼ばれた商人は、顎に手を当て、その手の指で鼻を掻きながら思案する。
「最近塩の流通が少ない。カントカンド付近の鉱山が次々落盤で潰れてんだ」
「カントカンド……」
マスターの故郷、アムニ村の近くだ。
岩塩鉱山は、掘りやすい為に効率よく金貨が手に入る。
更に塩も高値が付く為に、短期間で金が欲しい人間に人気がある。
ただし、落盤や場所により洪水がよく起こるために死んでしまう者が多い。
ハイリスク&ハイリターンな命がけのギャンブルである。
「あとはそうだな。レクティフィアーを名乗る集団が、大きな歪みの是正に備えて力を溜めているという話があるな」
「リザンテラを倒してから全く噂を聞かなくなってたのに……今更ですね」
これは重要な情報だ。しっかりメモっておく。
その他にも、相場の変化や高額な魔法武器が入荷した店の情報などを聞いた。
国王交代の話もした。
アトラタ国の王がどうなったのか知っているのは私たちだけだ。
アリスは情報の対価として金貨一枚を差し出した。
清純のはそれを受け取って軽く頭を下げた。
「ありがとうございます。情報屋より余程有意義な時間でした」
「いやいや、最悪のには世話になってるからな、また来るといい」
アリスは丁寧に、軽くスカートをつまんでお辞儀をした。
さっき行った情報屋は酷かった。やはり『表』は使えないと思っていい。
「さ、あとは店を見回って書類を回収したら帰りましょう」
「もう用事はいいんすか?やけに早いっしょ」
「エレニアにあるマスターの店は4軒です。いつまでも情報収集してたら日が暮れてしまいますよ」
「あー、それはそうっすね。りょーかいっす」
シラセはにへらと表情を脱力させる。
この用心棒、強面なのだがノリが軽いし話しやすい。
待機中は真面目な顔をしているが、話を始めたらすぐ笑顔になる。
他の『常識外れ』の人達と比べたら余程仲良くなれそうだ、と。
思っていたんだけど。
「金貨4枚分決算書と計上が合わねえッすよ!?失くしたとかで済むと思ってんすか!?っていうか書き方間違ってるッすよ!?」
「すいません……雇った新人が売り上げを盗んで逃げてしまいまして……」
マスターの商店は全国各地にある。『マスター』や『最悪』の名前は伏せられているので、この話を知ったものは大概驚くだろう。
運営は直接マスターが店長を育て、あとは全部任せる形式だ。
時々見回りにも来る。
アリスはその新人とやらのステータスの写しを拝見させてもらっています。
「……パック=ニゴラス……って別の国で指名手配されていた気がしますよ。
確か食い逃げ、ひったくり等。余罪多数」
「そんな……」
知らなかったのでは仕方ないかもしれないが、雇った者を信用しすぎていた店主にも問題があります。
「パックはこちらでなんとかしますんで、埋め合わせになるくらい売上を伸ばしてください。誠意の見せどころですよ」
「甘いっすよアリス先輩。こういうのは痛みがなきゃあ学習しないもんっす」
びくびくしている店主。
演技ではない。本気で震えている。
そりゃそうだ。シラセは背中から巨大なノコギリのような武器を抜き放って構えているのだから。
ハイグレードマジックアイテム、骨喰い。
斬撃が当たった部位の骨を綺麗に断つのが能力だ。
「いいっすか店主の人。アリスやマスターは許すかもしれないっすけど、うちは許さないっすよ。それこそ次はないと思ってほしいっす」
「わ、わかりました。気を付けます」
その言葉に反応するシラセ、……シラセさん。
「気を、付けるっすか?気ぃつけてどうにかなるんだったら今までは気をつけてなかったんすか?舐めた事言ってんじゃないっすよ」
「申し訳ありません」
シラセさんは少しだけ黙って、返事を返した。
「……わかったらいいんすよ」
彼女はガラッと雰囲気が変わって、ヘラヘラした笑いに戻る。
骨喰いをしまって、右手で店主の頭をぽんぽん叩く。
マスターの手のものは何故こうも変人奇人が多いんでしょうかね……。
「じゃ、ロゼッタさん行くっすよ」
「へ?は、はい!」
突然声をかけられて声が裏返ってしまった。
走って合流した私に、アリスが話を続けます。
「用事を思い出しました。残りの3軒をささっと回って、貴族区へ向かいましょう」
「お、ついに買うんすか?」
「とりあえず見学ですね、他の国のも見たいですし」
何の話をしているのかわからないが、どうやら買い物の話のようだ。
「他の国、ですか?一体何を買うんでしょう」
「ロズは知りませんでしたっけ?」
何の話でしょう。
「この前城を、3軒ほど買おうかと言われまして」