28. 裏ビデオ(非売品)
「その力の使い方が知りたい」
「おしえないです」
マスターは誰かから記憶を買ったのでしょうか。
『その時』の、第三者視点からの映像が壁からかかっている白い布に映ります。
両手両足を緩い鉄鎖に巻かれ、首は天井からのロープできつく縛られています。
自力で立たねば首が締まる。気絶すれば恐らく首が折れて死ぬ事でしょう。
雷遁を受けるシルキー。
その威力はガラスが割れるような音がしてレジストされます。
微妙に残った雷撃が、絹のような彼女の肌を撫でました。
「ぇあ、はぁっ」
かなりの威力があるのでしょう、横隔膜が痙攣し、肺の中の空気が押し出されて声が出ます。
「数あるスキルの中でも、最強と名高い忍術と遁術。ここに技術盗みの力が加わったら、全ての職を極めることも可能になるだろう!
強いというのに蔑まれ、数が増えなかった忍者。この実験が成功した暁には様々な忍者が生まれ、忍者黎明の時代が始まり、そして黄金に輝く忍者の世界が広がっていくのだ!」
忍者が黄金に光ったら忍んでないじゃないですか。
なんですかこれ、若干セリフ改変されてませんか?
周りのみんなは見入っている様子ですが……まぁいいです。
新たな攻撃がシルキーを襲います、それは炎。
またもレジストの音が響きますが、妖精族は炎が苦手です。
「あう、ぐ…………」
服が燃え、皮膚が、羽が焼けていきます。
そこに水遁。物凄い勢いの水がシルキーを襲いますが、レジストされます。
「げ、げほっ、ぅぇ……」
責苦は続きます。切り傷や打撲の跡が増えていきます。
……周りを見回すとハラハラどころではない様子。
フィルはハンカチを取り出して食い千切らんかの勢いで噛んでいます。
シルキーだけは楽しそうです。なんでですか。
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「貴様など手段の一つでしかない。吐かぬなら死ぬまで続けるだけだ」
こういうのは吐いても殺されるので限界まで耐えるのが奴隷の常識。
「ますたぁが……きてくれるので……」
「来ない。位置の特定はできまいし走ってもここまで4時間はかかる。
来たとして、貴様を連れて再び逃げるのに2秒あれば足りる。
……そうだ、貴様と子供を作って、子に聞けばいい。
育て上げてもいいな。忍者と技術盗みの子、一体どんな禁忌が……」
「……げどう」
黒尽くめの男は、装束を脱いでいく。全身に黒い昇り竜の入れ墨。
足には『黒法師』の文字。
鍛え上げられた肉体は、シルキーと比べると三倍以上、体積に差がある。
皮膚の色すら黒い。文字通り黒尽くめだった。
黒法師はシルキーの水色髪を掴み、お尻を突きださせる。
左手でマスターとの隷属の証である首輪を掴んで無理矢理引く。
もうほとんど役目を果たしていない下着を、右手で横にずらし。
あわや。消え入るような声で助けを求めた。
「ますた……ぁ」
「呼んだかよ」
その1秒間、1000本を超えるナイフがシルキーだけを避けて部屋を飛び交った。
壁にくぎ付けになる黒法師。二宮金次郎も斯くやと言わんばかりの、遁術巻物、書物の山も、ナイフの襲撃で穴だらけになった。
「ま、ますたぁ……!」
「こんなちびっ子相手に前戯もなしたぁ男の風上にも置けねえな」
「……!!!!……!!!!!!」
黒法師は何か喋りたそうにしているが、喉に刺さったナイフのせいで声が出ない。
移動中、ありとあらゆる刃物を買い込み異次元倉庫に突っ込んで、飛行機で建物にぶつかる寸前にその運動エネルギーと位置エネルギーを購入。
全てをナイフに乗せて売却した。飛行機は位置エネルギーを失った事で、落下せず地面に存在する事になった。
建物の中へ移動したのは、『遠距離売買』を利用。
建物内の机の『位置を購入』、自分の『位置を売却』する事で侵入を果たした。
『その品ならばなんでもいい』という条件があれば遠距離売買に距離の制限はないが『特定の何かを売買する』という場合は『視界内』が範囲となる。
一応神託の泉付近で遠距離売買を試した時も視界内だった。
移動時間の15分、自分に無詠唱で何ができるかを考え続けた結果のこの攻撃であった。
「いい恰好だな、興奮してきた。
…………嘘だよ、よく耐えたな。――――全快治療」
頭を撫でる。同時に、シルキーに刻まれた全身の傷を見て、マスターは暗い決意を瞳に秘めた。
「ま、まずだあ! ごわかっだですぅぅう!!」
気丈に振る舞っていたシルキーの涙腺が、安堵によって決壊する。
その辺に刺さっていたナイフを掴んでシルキーの首に巻きついたロープを切る。
シルキーを抱いたまま黒法師の喉のナイフを抜く。血飛沫が舞うが、簡単な治療だけで済ませる。
「この忍者である黒法師が、金銭術師如きに」
「驕りっつーんだよそれを。俺はアリが相手でも容赦しねえ」
確かに、マスターは警戒をしていた。それを逆手に取られてシルキーを攫われただけだった。
しかしこの一件で、警戒をしすぎるという事は逆を取られるという考えを身に沁みさせたマスターは『普通』である事を第一に考えて動くようになる。
「次はアリにも容赦しまい」
「次があると思ってんのか」
腹に刺さったナイフを捻って引き抜く。臓器に空気が入り込んでいく。
そのままでは死ぬ、というところで治療をする。
ナイフを捻って抜く。断末魔の叫びを上げる。治療をする。
捻って抜く。叫ぶ。治療。
抜く。叫ぶ。治療。
「まだ生きたいか?」
「……」
「どう生きたい?」
「ま……」
「その逆で殺してやる」
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そこから殺人映画が始まりました。
シルキーはキャッキャ言いながら喜んでいます。
残りは私も含めて全員胃の中のものを戻しそうになりました。
マスターの気持ちはわかりますし、借りにマスターがそんな目に遭ったのなら私もそうしたい気持ちはありました。
本当に行動してしまうと、こうなるんですね。
マスターは、最悪です。
でも、それは誰かの為に負い被っている最悪なのです。
ムービーは、目も耳も鼻も口も手も足も頭がい骨すらも外され、内臓をほとんど取り出され、正面から心臓も脳も見えるくらいにパーツ取りされた黒法師が映ります。
彼は無い唇で無理矢理言いました。
「殺してくれ」
「ああ。
……シルキーに目をつけるあたり俺とおめーは、会うところが違えば盟友だったかもしれねえな」
返答は、ない。
「いつか地獄で会おうぜ黒いの。お疲れさん」
マスターがナイフを脳と心臓にそれぞれ突き立てたところで、映像は終わりました。
私たちは、絶対に人を殺す事はしない。と心に刻みつけるのでした。
……終わった、かと思われたムービーには続きがありました。
『ひぃ!ひ、あぁ、んん、ひぅ!ぁん!』
『大丈夫か?もっと動くぞ、シルキー、俺の大事な……』
『いい、です!ますたぁ!もっとぉ!』
二人っきりの運動会。
汗が光って飛び散る。
薄い服に汗が染みて張り付く。
声を掛け合って、動きを合わせていく。
真っ赤になる『こっちのシルキー』
慌てて映像の前に立ちふさがる私。
別に何をしていると言っているわけではありません。
これはただ仲良く運動しているだけです。
勘違いしないでくださいね。
『きもち……いいですぅますたぁぁ』
そうです、汗を流すのは気持ちいい事です。
みんな、そんな顔を真っ赤にしなくてもいいんですよ。
私も汗かいてくるじゃないですか。
『俺も、いいぞ……すぐにでもイきそうだ』
ど、どこへ行くんでしょうね?
どうやって止めるんでしょうこの映像?
『もっとぉ……もっとついてほしいですぅ』
ぱちぱちと鳴る水音と共に、甘ったるい声が響きます。
もうダメです。言い訳のしようがありません。
とぼとぼと映像から離れ、何も言わずにすとんと椅子に戻りました。
……あわあわするシルキーは珍しいので、その可愛らしい様子を心に留めて収穫としましょう。
その映像は9時間34分後に止まり、嬌声の響くその間、誰も何も言いだすことはありませんでした。
睡眠と食事は取りました。