26. 新しい馬車(金貨13枚)
――――りゃそうさ、フレイもルビィももう可愛い声で息も絶え絶えに……。
……ん?二人を触って、熱くなかったのかって?
おう、普通に暖かい程度だった。
ハリネズミを撫でても気を付けてれば刺さらないだろ?
……なんだその顔? そういうもんなの。そういう風にできてるの。
低温の炎でできた服を薄皮みたいに纏ってる感じでさ。
ベッドに入る時も、何も脱がすもんがねえんだよ。
風情がないよな、とも思ったんだが、よく考えてみろ。
おめーら、俺と寝るだろ。
寝るって、そうじゃねえ。睡眠じゃねえ。
そう、そうだよ。シルキー、その指づかい、いいぞ。
それは置いといて。
寝るだろ。
その恰好のまま、外に出れるか?
無理だろ? いやシルキーはなんか幼女みたいなもんだから別。
こいつら、言うなれば全裸で生活してんだよ。
信じられます? 奥さん。
服みたいなの纏ってるように見えるし隠れるところは隠れてるけど。
風呂に入る時、そのまま湯をかぶる!
トイレ行く時、下着を下ろさない!
布団に入る時、何も脱がない!
体の構造はほぼ普通の人間と同じなのにだ!
画期的じゃないですか。
そこでマスター考えました。
基本的にアジトや異次元倉庫は俺以外の男は入りません。
つまり、全裸で過ごしても文句をつける人はいないんです。
しかし全裸では物足りない。
何が言いたいのか、だと? いいだろう。言葉にしてやる。
今ここに!『アジト内半裸生活宣言』をせ
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実際逆なんですけどね、フレイとルビィには服を買ってあげましたし。
……マスターそろそろ買い置きの命が無いんじゃないですか?
ふざけてばっかりで本当に死んでしまっても知りませんよ?
……ええと、ロズ。私は貴方に危害を加えるつもりは全くありませんのでどうか震えるのをおやめください……。
誰かがやらねばならないのです。
マスターと言う船の舵は取れませんが止める事はできます。
さっきも話に出たでしょう、バランスです。バランス。
しかし、生まれつき守護魔法使いのスキルと身体強化があったからこそ戦えてきましたが、最近ではマスターへの攻撃のせいでスキルの精度が上がっている気がします。
嬉しいやら悲しいやら、難儀なものですね……。
「……なにも言えない。羞恥の感情がある」
「かんどうがあった」
フレイとルビィは独特の言語センスで一晩の感想を口にしました。
愛を囁き、優しく掻き抱かれ。
そして流れるようなその指づかいと口づかいに籠絡されるんです。
見た目は可愛い少年なんですけど……当時の話です。
その技術は、外見からは想像もできないほどの極められたものでしたし、そもそもマスターの『それ』は余りにも……。
……あれ、思えばマスターこの時12歳くらいですよね?
なんか変じゃないですか?
……まぁ何かしてたんでしょうね。マスターですし。
あの手この手で骨抜きにされて、離れられなくなるんです。
でも悪く言ってるわけじゃないんです。なんだかんだで優しいですし。
絶対に味方をしてくれる。絶対に守ってくれる。
信頼と、暖かさと、安心と、ただそれだけでマスターの魅力は十分です。
金銭術だの、見た目だの、最強だの、夜伽のうまさだのは付属品なのです。
そんなこんなで私たちは、異次元倉庫に突っ込まれていた馬車……ではなく新しく買った7人乗りの大きな馬車に乗り、再び精霊馬を呼び出し引かせ。
もちろん馬車はちょっとだけ浮いているので揺れとは無縁です。
向かうのは帝国都市ルード。是正者の襲撃を警戒して、街道を通らず向かいます。
馬車の前を行く精霊は、シルキーが召喚した『先導者』です。
道を先に歩かせて索敵を行い、危険が迫れば情報を伝えてくれます。
本来商人のスキルなのですが……恐らくマスターが発現させた力の中に含まれていたものでしょう。今はシルキーが自分の魔力で操作します。
通るのは目立たない森の中や山。精霊馬に疲労はありませんし、馬車自体も浮いているので私たちも疲れにくいです。
疲れにくいとは言っても日がな一日移動しているのでは限界もありますし、無理をする意味はありませんので夜はしっかり異次元倉庫で疲れを癒します。
この頃でしたっけ、倉庫にお風呂が設置されたのは。
そういえば道に迷う事すらありませんでしたね。方角の出る正確な地図があったおかげですが。
旅とはこんなにも快適なものだったのか、とも思いましたが近いうちにその甘い考えは改められる事になるのです……。
が、まぁその話はまた別の機会に。
「ぎゃくたんちされてます」
「……先導者を引いてもいいが」
「んと、ぎりぎりまで出してます」
帝国都市ルードにほど近い森の中を移動している時です。
何者かが先導者から情報を抜こうとしたらしく、シルキーが反応しました。
危険は小さいとマスターは考えシルキーに判断を委ねました。
それが間違いの始まりでした。
警戒していなかったわけではないのですが、その警戒が仇となったのです。
「人体強奪!」
「マ」
声を出そうとしたシルキーが消え去りました。
マスターは狼狽する様子もなく一瞬で馬車を止めて飛び降り、先導者の方を見ます。
私と二人のイフリータもそれに続きました。
そこには、先導者からシルキーを 引っ張り出す、黒尽くめの男の姿がありました。
「おい」
「……」
「俺のシルキーになんのようだ」
「先に売約していたのは私だ。貴様らこそ強盗しておいて何様だ」
「……!」
合点が行きました。売約していたのはリザンテラではなかったのです。
殺す予定の者を買ったりしませんよね。
そしてマスターと黒尽くめはこんなやり取りをするのです。
緊迫した空気の中でしたが首を傾げないものは居ませんでした。
「もう正式に契約してある。おめー遅かったんだよ」
「精神は貴様のもののようだな。だが用があるのは肉体の方だ。事が済んだら返してやろう。精神だけな」
「……このロリコンクソペド野郎が……!」
「……?」
「?」
「??」
「マスター?」
先ほども言ったように当時のマスターは12歳でしたが、私もシルキーもルビィもそれに近い年か外見でした。
飛び出してきたフレイとルビィ、そして私も含めて全員で首を傾げました。
黒尽くめは強かった。
いえ、マスターの弱点が露呈した形となった、と言う方が正しそうですね。
早い話が、この戦いでマスターは初めての敗北を喫する事になるのです。




