23. イフリータ(総使用金貨7800枚)
三人の禁忌の子が契約で繋がった事による共鳴は、三人の能力を強化した。
……より歪んだ方向に。
マスターは商人の力、情報を得る能力を。
シルキーは、母親から引き継いだ、共有共感の能力を。
そして私は……。
これちょっと内緒にしてもいいですか?
ふふふ、またあとで見せ場があるのでその時にお話ししますよ。
ここで起きた現象は、シルキーの共有能力の自動発現と、この異次元倉庫の特性、マスターの情報取得能力が混ざって制御できなくなった事が原因でした。
やっぱり『禁忌』の名前を冠するだけの事はありますね。
……フラン、やっぱり気づきました?
マスターと契約した時能力に目覚めていた事に。
汗ばっかりかいて大変ですって? ……そういう事もありますよね。
マスター? フランを励ますのはいいですけど、それ以上彼女の汗を舐め取ろうと言うなら私の能力を片っ端から披露する事になりますよ。
そういうのは夜に一人だけ寝室に呼んでやってくだ……わ、私!? 今日ですか!?
えと、あの、うんと、はい。わ、わかりました。あとで存分に、可愛が……今からですか!?
わ、ちょっと、お姫様抱っことか、ときめいちゃうじゃないですか!
あのあの、ご無沙汰なんで、や、優しくお願い……あっ……。
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別に昔話くらい別日にしたっていいじゃねーか。
男ってなぁな、スイッチ入ったら止められねー時があんだよ。
アリスの能力は、あとで俺の口から話すか。
全く、仕方なかった。
タバコが吸えるならポーズ取りながらカッコよく決めるところだが生憎俺は煙に弱い。涙が出る。
ハードボイルドよりハードなエッチだな俺は。
アリスは都合により一日お休み。
……え?最悪だって?
もっと言うがいい。
それが俺の力になる。
話はここからちょっとしんどいぞ。
あ、誰かが死んだりとかはねえ。ま、見ててくれ。
ゾルの街からある程度離れた草原。
そのど真ん中に異次元倉庫を固定して一泊した俺たちは、外に出て驚いた。
まるで焼野原だ。草木の一本も生えてねえ。
あたりを見回すと、羊が一匹だけ視界に入った。
その反対側を見ると……。
そこに、群れがいた。
……牛?
にしては見た目がおかしい。顔は霊長類のようだし、足には金色の鉤爪。
胴体は牛やバッファロー、虎のよう。何種類か居るように見える。
薄く浮かんだ肋骨と太い血管、動物にしてはありえないほどの筋肉を纏ったその体躯は、まるで小山のよう。
尻尾には鱗が生え、先の方には目と口、口の中には牙がある。
……鵺?
こいつらを借りに鵺としよう。
それは、20~30頭の塊を作り、こちらに視線をやる。
首を傾げる。時計回りに首を回していき、時計盤で言う8時の位置で止まる。異常だ。
続々と鵺がこちらに気づく。次々と首が240度回転する。怖い。気持ち悪い。
『歪み。粛清』
『殺し。食事』
『殺害。食し』
『滅す。必死』
『禁忌。必滅』
『存在。不許』
『三体。食す』
『穢れ。犯し』
『殺し。殺す』
「殺す。殺す』
殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。
その声は少しずつ統一されていき、荒野を響き渡る大合唱となった。
首をぐりぐり回しながら金色の爪と毛皮を煌めかせて俺たちを囲む。
倉庫に逃げ込んでも移動ができないからどうしようもねえ。
戦うしかないのか。
「ぬえ。そうすう26。たいきゅう力32。ま力を持たない。
『とう化』『へん化』『ひ行』『水、土、かぜにつよい』」
ここで言う耐久力とは、あとで聞いた話俺が1回死ぬほどのダメージを1とした時の値らしい。32っつったらかなり高い。
「シルキー。……それはもしかして」
「さっき、ますたぁからもらった力です」
左手を膝につけ右手で顔を覆い、人差し指と中指の隙間から赤く濁った目を細めて奴らを見る。左目は閉じている。
足を広げて中腰なので突き出したお尻がセクシーだ。
……いかん、こんな時になーにを。
命令をしなければ。
「シルキー、倉庫から共有でサポートしてくれ。アリス、拒絶追放は使わないで戦えるか?」
「いえすまいますたぁ!」
「わかりました」
シルキーは倉庫に消える。アリスは詠唱をして盾と剣を出す。
俺はどう戦うか。やはり精霊からか。
荒野に唯一、一匹だけ取り残された羊がめぇと、剣呑な鳴き声で鳴いた。
大丈夫、魔力たるお金は金貨10万枚以上あるんだ。
上位精霊を呼ぼう。
「炎の魔神よ、此方に来たりて炎を振るえ!汝の力を買い受けん!」
『わが声はあるじの声なり。
われの言ばをふたたび聞きとどけよ!複製詠唱!』
「来ます!」
俺とシルキーの詠唱が終わると同時に、辺りを囲んでいた鵺のうち三匹がこちらに突進してくる。
空中から炎を纏った、不定形の存在が徐々に大きく現れてくる。
……遅い上に上位精霊では力が足りなさそうだ。
『あと二つ詠唱させろ!』
『りょーかい!です!」
『お任せください!』
共有によって声を出さずに会話する。
『そんざいかいきゅうが高いのでじょうほうかくらんができないです」
『足止めだけでも!』
『私が二体止めます!』
『りょーかいです、ますたぁ!」
アリスが光の大盾を構えて鵺の突進を止める。物理による攻撃をほぼ無効化する守護魔法で作られた盾だ。
だが止められなかった一匹が迫る。
『その体はめいれいをきょ否す! 行動取消!』
勢いの乗った鵺は、一瞬体を硬直させると、そのまま転んで地面を削りながら俺たちの横を通り過ぎた。
骨の折れる音が響き、鋭すぎる足の爪が自らの胴を裂いた。
そのわずかな隙を突き詠唱を終わらせる。
「その力、我マスター=サージェントとアリス、シルキーに向ける事を禁ず!」
完全に姿を現した大小二体の魔神は、顔の位置にある不定形の『それ』をこくりと頷かせる。
中位精霊なら正式な詠唱でなくても命令を聞くことがあるが、上位ではそうはいかない。
続けて詠唱をした……のだが。
「祝福神イルネイドの名に於いて遂行す!
彼の者たちは力と正義に目覚め、『主』の為成し遂げる勇気を持つ――――」
神名騙り。
実験のつもりもあったし、必要も感じた。
だがそれは、大きな正解と中くらいの不正解を同時に孕んだものだった。
「――――神の祝福!」
シルキーのスキルとアリスの盾に守られながら長い詠唱を終えると、召喚したイフリート達に輝きが集まる。
いつもの、金貨を消費した時に出る光だ。
その光は、徐々に不定形を型に収めるように動く。
頭が浮かび上がり、体が作られ、手足が生え。
顔立ちが作られて目には知性が宿り。
人型を取った。
先に召喚した方は俺好みのナイスバディなロングヘアの女性の姿を取ったが、もう片方はシルキーくらいの背丈で止まった。
でかい方は普通の炎色をしているが、小さい方は薄紫がかっている。
外見に趣味が反映されるんだろうか。
二人とも燃え盛るような炎の髪に、筋肉質なように見える体。
薄ら脂肪がついた女性形質に炎を纏っただけの格好で、悠然と浮いている。
「主よ、なんなりとご命令を」
「ごめいれいを」
名づけは後にするとして、下す命令は一つ。
「鵺を殲滅せよ」
二人のイフリータは返事をしながら即座に鵺たちに向かって行った。
外見が女性ならこの呼びだ。
「了解」
「イエス、マイマスター」
紫の小さい方が、俺に肉薄せんとばかりに猛進する鵺の一匹を片手で捕まえると、紫色の染料をこぼしたかのような濃密な炎を出す。
そいつはものの10数秒で骨ごと地面の染みになった。
俺は、とんでもないもん呼んじまったかなぁ等と思いながら、本格的な戦いが始まるのを見てた。こっちの方はあっという間だったんだがな……。
傍らの羊が、ギギギ……と軋むような声で呻いた。